225 西より天騒ぐ 05
イルヴァンの怒りは血晶に現れる。
だがそれは、暗い想念を押し固めたようなどす黒さではなかった。
血は水のように青く透き通り、晶は黄金の輝きを放つ。
強い光は青に墨を落とし、まるで夜空のような色となる。
光をはらんだ蒼夜。
「それはまるで雷落ちる夜のよう」
アストルナークの力溢れる世界。
「わたしとご主人様の血の結晶……そうね。名づけるとするなら……」
【雷血葬法】
「とでもしておきましょう……かっ!」
イルヴァンの周りにできていた血晶が粉みじんに砕ける。
「がっ!」
次の瞬間、イルダオラは正体不明の衝撃によって吹き飛ばされた。
「なん……だっ! これは⁉」
「なんでしょう?」
「がっ‼」
次なる衝撃にイルダオラの巨躯が別方向に飛んでいく。
「あらあら? もしかして見えないのかしら?」
「ぐっ!」
「それは大変。だとしたらこのまま、なにもできないまま死んでしまうのかしら?」
「がごぉぅっ‼」
正体不明の衝撃にイルダオラは振り回され、宙を踊る。
そしてそんな巨躯にイルヴァンは離れないまま話しかける。
その物理を無視したかのような超常的不可思議は吸血鬼ならではのように見えるが、飛ばされているのも吸血鬼である。
そのイルダオラが恐怖している。
恐怖している己に怒りを覚えた。
ふざけるな! 我は吸血王イルダオラ! 《神祖》の道を踏み越える者!
そうでなければ!
この忍従の時に何の意味が!
「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅおおおおおおお!」
全身を包んだ血晶で筋力を極限にまで強化し、衝撃による勢いから脱する。
倍加した巨躯でイルヴァンを掴み。
その細身を握り潰し、残骸に叩き付ける。
叩き付ける。
叩き付ける!
叩き付ける‼
「すり潰れろ! 裏切者めが!」
砕ければ別の残骸に叩き付け、さらに叩き付け、さらにさらに叩き付ける。
イルダオラの拳はその内外が血晶の棘によって武装している。
握りしめた痩身の女吸血鬼は吸血王の手の中で振り回され、切り刻まれ、肉泡混じりのジュースとなり果てることだろう。
「その血統を引き戻し! その力を奪い取り! 我は《神祖》を超える‼」
ランザーラ王国と呼ばれる前よりこの土地に生きてきた雪食みの一族。それがイルダオラたち吸血鬼一族の元の姿だ。
それをリストヤーレが壊した。
彼は先住民族だった彼らを吸血鬼に変え、そして討伐することでこの地の英雄となりランザーラ王国を建てた。
その一方で生き残ったイルダオラたちを《神祖》の強権で支配し、自身の計画のために利用し続けた。
かつては一度、その計画は大山脈の向こうより現れた脅威によって打ち崩された。
諦め、死んでくれていればイルダオラたちの自由はその時に訪れたことだろう。
だが、リストヤーレは死なず、諦めなかった。
計画はより周到で強固なものとなり、イルダオラたちの忍従の時間はさらに伸びた。
そして今夜、ようやくその時が終わろうとしていた。
「ここまで来て挫けてたまるものか! 我は!」
「因果は変わらない」
あの女の声が耳元で囁かれた。
「踏みつけられた者が踏みつけ返そうとする。それはごく自然なこと。ならばあなたたちに踏みつけられた者も同じことをしようとする。もちろん、わたしが踏んだ者たちも同じことを企むでしょうね。ならばこの連鎖はどこで止めるのか……止まるわけがない。止められるわけもない。人生の足跡とは、そのまま追跡者に差し出された復讐への道標なのだから」
逃げる者たちは追跡者に慈悲を乞うしかない。
己がしたことを忘れて恥ずかしげもなく。
「それができないなら強くなるしかない」
復讐を果たすために。
復讐者から逃れるために。
「だからあなたは死ぬのです」
わたしよりも弱いから。
「なっ! がっ!」
「実を言うと、もう勝負は付いていたのですよ?」
体が動かない。
その場に膝を突いたイルダオラは自分の体が思う通りに動かないことが信じられなかった。
「生物のほとんどは血で生かされている。けれど生物の体が動くには電気が関係している。思考するのも物を感じ取るのも筋肉が収縮するのも電気。つまり我が主人の力」
動けないイルダオラの視界は地面に向けられている。
その視界に女の足が映った。
右拳で握りつぶしたはずの女が当たり前のような顔でイルダオラを覗き込む。
その彼女の周囲で火花が散る。
「雷は血に、血は雷に。これがわたしの【雷血葬法】」
衝撃とともに体内に侵入した雷撃は神経を伝って脳へと至り、イルダオラに幻を見せ続けた。
そしてその間に体内の血はその支配権をイルダオラからイルヴァンへと変わった。
「その血はもうあなたのものではなく、その体もあなたのものではない。さっきまで見ていたものはただの幻。そしてあなたも幻に消えなさい」
「おの……れ……」
イルヴァンの指が吸血王の頭に触れる。
つんと、ほんの一押し。
それで巨躯は血となって崩れ、彼女の指先に吸い込まれていった。
「…………たしかに、ルナーク様の言うとおりに吸血鬼は演出過剰かも」
そんなことを呟き、イルヴァンは破壊の続く巨城の影へと沈んだ。
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