224 西より天騒ぐ 04
「ひどいひどいひどい!」
戦場に一人残されたイルヴァンは泣きながら逃げ回っていた。
「なんでわたしだけがこんな目に!」
豪雪の中に佇む巨城。
いかなる破壊にも屈しないかのように思えたその城はいま、二つの巨大な力に内部から食い荒らされようとしていた。
一つは天を裂く雷の力。
繋ぎ目も見つからないような不可思議な建材で作られた壁を易々と切り開き、閃光と轟音で周囲を圧する。
イルヴァンの主人であるアストルナークの力だ。
もう一つは密やかに忍び寄り冷酷に生命を刈り取る死の刃。
影よりも静かに病よりも残酷に命を終わらせる即死の術。
死の勇者リストヤーレの力だ。
「ひぃっ!」
建造物などものともしない傍若無人な破壊を見せる雷にイルヴァンは悲鳴を上げる。壁は崩れ床は抜ける。吸血鬼は破片から破片へと移動して難を逃れる。
いや、難から難へ、だ。
いまここに安全な場所は存在しない。
だというのに主人であるアストルナークの影に逃げることも許されなければ、ノアールたちのように城の外へと移動させられることもなかった。
それは、彼女に与えられた命令のためだ。
「こんな状況でどうやってそれをしろっていうのって……ああああ‼」
暴風に掻き回される土砂のように城の残骸が飛び回る中、イルヴァンは自分と同じように破片に乗り、破壊の暴威を乗り切ろうとする者たちがいるのを見つけた。
ありえない角度で残骸に張り付くあの姿は、まさしく吸血鬼。
リストヤーレの眷族たちだ。
「見つけた!」
「っ‼」
残骸に降り立ち嬉々として笑うイルヴァンに吸血鬼たちは驚愕の表情を浮かべた。
「貴様っ! なにしに……」
「ご主人様の命令なんです。許してくださいね」
微笑むイルヴァンの手には自らの血によって作られた槍が握られていた。
「この城にある物はすべて頂くんだそうです。武器も技術も宝も……血も」
「「「っ‼」」」
にこりと微笑むやイルヴァンの姿が掻き消える。
次の瞬間、吸血鬼たちの前にイルヴァンは立ち、その槍は一人の心臓に突き刺さった。
「がはっ!」
「ごめんなさい。うちのご主人様は善人ではないので」
心臓を貫かれた吸血鬼は瞬く間に枯れ果て、灰となって轟風に持ち去られていく。
「まぁ、あなたたちの血なんて大して役には立たないでしょうけれど。同類とはいえ吸血鬼なんて増えすぎても困るんですよね。古い一族なんてこの際きれいにいなくなってもらいましょう」
「調子に乗るな」
重い声が空から降ってきた。
見上げることはしなかった。そうしていればイルヴァンはその圧力に押しつぶされていたことだろう。
仲間の吸血鬼を一顧だにせぬその一撃は足場にしていた残骸を打ち砕いた。
砕けた残骸を突き抜け、別の場所に着地したのはイルダオラだ。
別の残骸に着地したイルヴァンは笑いかけた。
破壊の轟風に振り回される中、二人は当たり前のように言葉を交わす。
「あら、偽物筋肉さんは生きていらしたんですね」
「言ってくれるな、裏切者が!」
「ふふふ……その言い草、自分が裏切れなかったから嫉妬してるんですか?」
「貴様っ!」
「さっきまでの余裕が微塵もありませんね? お芝居はもう限界ですか?」
挑発はそこで終わった。
イルダオラの姿は掻き消え、そして次の瞬間にはイルヴァンの前にいて拳を振り下ろしていた。
拳を避け、再び砕ける残骸から別の場所へと退避する。
それをイルダオラは追ってくる。
相変わらず筋肉を誇張する半裸の姿だが、あちこちに血晶が張り付いている。
あれがイルダオラの【蒼血闘法】なのだろう。
駆け抜ける雷刃が周囲を破壊し、轟風の流れを変える。
強すぎる光は逆に周囲を暗くする。
二人の吸血鬼は一瞬の影に潜り込み、そして同じ場所で姿を現し、衝突する。槍と拳の衝突はお互いを破壊して終わった。
槍は砕け、拳は裂ける。
一見すればイルダオラの方が痛手を負ったように見えるのだが、彼は止まらなかった。真っ二つになって血を噴く右拳で半分になった槍を掴むと左拳を振り下ろす。
「がっ!」
槍を手放す決意が遅かったイルヴァンは左拳の直撃を受ける。血晶によって巨大化した拳はイルヴァンの頭から足の先まで捕らえ、吹き飛び、轟風に巻かれた残骸に直撃した。
「調子に乗るなよ小娘が」
裂けていた右拳はすでに癒えている。垂れ流した血はその場にとどまり、血晶化し、巨大な槍となった。
「たとえ影武者に甘んじようとも我は《王》位を持つ者。吸血王イルダオラ。貴様ごときに敗れる道理などあろうはずもない」
言い放ち、槍を投げ放ち……。
イルヴァンが衝突した残骸に槍は突き刺さり、爆砕した。
だが、己の成果をのんびりと確かめる暇はない。
新たな雷刃が駆け抜け、イルダオラがいた場所を切り裂く。雷としての自然現象を無視した破壊行為は吸血王を名乗る彼とてただでは済まない。
「まったく! 常識外れどもめが!」
己の主人たちの戦いはそう吐き捨て、イルダオラは戦いから避難していた吸血鬼たちのところに降り立つ。
「イルダオラ様、城が!」
「このままでは我々も死んでしまいます!」
「落ち着け、お前たち」
わずかに生き残った吸血鬼たちを落ち着かせる。
「どちらにしろ主の企みはこれで完成した。奴の持つ偽魂石の解析は終了し、この城は【死蔵された存在意義】として再編された。もはやここは我らの住処ではない。計画通りにタラリリカ王国に移住する。次なる場所はヤグオートが見つけているので心配するな」
「は、はい」
「ああ……そういう計画だったのですか」
「っ!」
「でも、任務を無事に終えたヤグオートをわざわざわたしに差し出すなんて、あなたたちは本当に、仲間思いの素敵な集まりですわね」
「貴様っ! 生きて!」
「当然でしょう」
影から殺意が吹き上がる。
逃げられたのはイルダオラだけだった。
他の吸血鬼たちはすでに影に足を掴まれ、身動きができなかった。
「イルダオラ様……」
「助け……」
【妖影茨縛】
その言葉は最後まで紡がれることはなく、吸血鬼たちは影から伸びた無数の棘によって吸血鬼たちはまとめて刺殺された。
流れ出る血は轟風に吹き散らされる前に茨が吸いきってしまう。心臓まで貫かれた吸血鬼たちは即座に灰となって散った。
「貴様っ!」
「仲間思いなのかどうなのか、はっきりとしてくれません?」
ヤグオートを囮にアストルナークたちをここへ導いたのはわかっている。
だというのにここにいる吸血鬼たちを守ったり、殺せば怒る。
出し抜かれたことに腹を立てたのではないとわかるだけに、イルヴァンは理解ができずに顔をしかめた。
「……貴様にはわかるまい! 長き苦難の時を共に生きた者が滅びる苦痛を!」
「そうですね。わかりません。ちなみに、わたしに長き孤独を味合わせたのはあなたたちのお仲間のヤグオートです。ならばわたしがあなたたちを殺す感性の根を作ったのはあなた達ということになりますね」
「…………くっ!」
「ではこれは、因果応報というものなのでしょう」
イルヴァンは静かな怒りが胸に宿るのを感じた。
己の所業を顧みずに被害者ぶるその姿に。
まるで自分は正しいことだけをしてきたかのようなその姿に。
「己の所業も振り返れないなら、おとなしくその血だけ差し出しなさい。愚者どもめ」
言い放つイルヴァンの周囲で血晶の檻が出来上がった。
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