223 西より天騒ぐ 03
「拡大する迷宮。【死蔵された存在意義】……ね」
遥か高みより悲劇を見下ろす優美なる黒が一つ。
月光を宿した瞳は暗雲立ち込める眼下をくぐり抜けて地上での出来事を見つめる。
ラーナリングイン。
魔族たちから大魔王と畏れ敬われるダークエルフの女性がそこにいた。
「なかなか楽しくあがくじゃないの、リストヤーレ」
かつて仕留め損ねた敵が動き出したことを感じてここまでやってきたが、すでに戦いは始まっている。
「ルナーク、足元をすくわれないように気を付けなさい」
そう呟いたラーナは視線を動かす。
「で、あなたは誰?」
「お邪魔して申し訳ありません。足を止めた方よ」
「その言い方、あなた竜ね」
「ええ、リュウサクと申します」
朱の化粧をした不可思議な少年は膨らんだ袖の中で手を合わせ、ラーナに深く頭を下げた。
「言っておくけどわたしは足を止めたわけではない。ただ待っているだけよ」
「あの方をですか?」
「ええそうよ」
「あちらで待つこともできるでしょうに」
「嫌よ」
リュウサクの言葉をラーナは即座に否定した。
「一人でいるのはもう十分。『月がきれいですね』なんて誰かの愛を見守るだけなんて冗談じゃない。わたしはあの人と同じ場所にいたいの」
「……本来、あなた方は出会うはずのなかった二人だ。誕生した時間が違う。それを可能にしたのは神々の悪戯か、あるいは……」
「運命よ」
「運命とは、結局のところ神々の悪戯ではないですか?」
「ええそうね。だけどこれが神の仕業なのだとしたら、その神は誰だと思う?」
「それは……」
「つまりはそういうことよ」
「まいりました。待つ人よ」
「……それで、ここへはなにをしに来たの? あなたたちが自分の国から出てくるなんてそうないことではなかったかしら?」
「ええ。彼に伝えなければならないことがあって出てきたのですが、どうも予想外の騒動の途中だったようで。まったく、外の世界は我々には騒がしすぎます」
「それで、ルナークに何を伝えたかったの?」
「ああ……いえ、それは本人に伝えようかと」
「? いいじゃない。私が伝えておくわよ」
「いえいえ、やはり重要なことですので、彼に直接」
中性的な美貌を持つ少年はひどく決まりの悪い笑顔を浮かべてラーナから距離を取ろうとした。
だが、ラーナはそれを許さなかった。
「他人の話は根掘り葉掘りと聞いておいて自分の話はしないとか、そういうことが許されるわけないわよね?」
「なっ!」
接近されるだけならまだしも頭を掴まれるという事態にリュウサクは驚いた。
(まっ、まさか……翼竜たる僕がこんな簡単に。さすがは天の階梯を登りきる寸前にいる方)
「さあ、話してもらえるわよね?」
優しげな微笑みに有無を言わさぬ光を乗せて言葉を促す。
(すまないね。だけどこれもまた君への試練なのだろう。乗り切りたまえ)
心の中で彼に詫び、リュウサクは知りえた事実をラーナに伝えた。
その夜の月は切れそうなほどに冴えわたっていたが、ぶ厚い曇天によってその姿を見ることができる者はほとんどいなかった。
†††††
殺気宿る夜が訪れた。
王都から脱出はいまだ成功していない。
疲れ知らずの狂戦士たちの突貫は続くが、ここまで続くと正気を保っている側が疲労を無視できなくなってきた。
「これは一度、どこかで休んだ方がいいかもしれません」
自身の状態と新たに《侍》となった数人の仲間たちの様子を見てラランシアに意見を述べる。
「そうですね。しかし彼らにしても狂戦士としての状態を解かれたとき、どうなってしまうか」
ゾンビたちの数は増え続ける。
ノアールによって強化された武器を持つ彼らにとってゾンビは柔らかい障害でしかないが、相手の数は途方もない。切っても切っても減った様子はない。
「これなら狂戦士のままの方が乗り切れたかもしれませんね」
水を切るかのような果てのなさにリンザは思わず愚痴をこぼした。
「しかしそれでは脱出する道を見つけることもできず、ここで無駄に死ぬだけだったわ。大丈夫。あなたの昇華はちゃんとあなたを正しい道へと導いている」
「……ありがとうございます」
慰めの言葉に赤面するリンザを見てラランシアは微笑む。
「とはいえ限度があるわ。ノアールさん、あの時のようなことはもうできないのかしら?」
「できますけど、疲れるまで戦わせろとマスターに言われましたから」
「あらあら、あの子も存外、厳しい育て方をするものね」
「おかげで胸焼けと戦っている最中ですけどね!」
「……それよりもここをどう脱出するかを考える方が先だろう」
ニドリナの言葉で全員の視線が自分たちの進む道を遮るものを見上げた。
王都の門だ。
「まったく、どこの誰が閉めたのか」
城門を守る兵士の姿はない。
つまり、この門はもう開けられないということだ。
「もしいたとしても開けてくれるとは限りませんね」
「外にもゾンビが溢れているかもしれないものねぇ」
リンザとラランシアが溜息を零す中、ニドリナはするりと影を抜けて門の機構室を調べてきた。
これほどの巨大な扉、人力でどうにかできるわけがない。
門番の控室のさらに奥にその部屋はあったのだが、そこには争いの跡とゾンビが残されているだけだった。
巨大なハンドルを回すことで門扉が開閉する仕組みになっているのだが、その歯車部分に死体が絡みついている。
機構室にこもった兵士たちをゾンビが物量で押し切った結果、あの場所で押しつぶされてしまったのだろう。
これでは機構は動かない。
「ちっ」
まったく、あいつと関わるとろくなことにならない。
獲物がいなくてはゾンビたちもいない。役に立たなくなった機構室から抜け出てリンザたちのところに戻る。
「門は動かない。別の方法を探すしかないぞ」
「何か知っていますか?」
「地下に川に通じる下水道があるが、この状況ではそこもどうなっているか」
「そもそも、そこまで行けるかどうかもわかりませんね」
「なら、この門を切ったらどうですか?」
答えの出ない話し合いにノアールが気だるげに口をはさんだ。
「どなたか【斬鉄】はできないんですか? いまならわたしが武器の補強をしてますので折れる心配もありません。思う存分切ったらいいんです」
「わたしのもか?」
「当然です」
ニドリナの問いにノアールは頷く。
彼女は自身の剣、銀睡蓮と金鳳仙を見る。何か変化があるようには見えない。
【斬鉄】は使えるようにはなっているものの、いまのところ使う相手には恵まれていなかった。
武器を切断するならともかく、これほど巨大で分厚い門をはたして切ることができるのか。
「ちなみに、マスターなら簡単にできます」
「やってやる」
簡単な挑発だと分かっているのに乗ってしまう。よくわからないがアストルナークを相手にすると自分の暗殺者としての経歴に疑問符を投げかけてしまうような短気さが出てしまうのはなぜなのか。
よくわからないまま、ニドリナは門へと向かい、そして二振りの細剣を握りしめ、技を振るった。
【風刃一閃】・【跳梁跋扈】・【斬鉄】改め【国崩し】
巨大な門を斬断するために戦士の技と影の術をかけ合わせて放った【斬鉄】は【国崩し】へと昇華し、王都を守る門は破片となって崩れ落ちた。
破片の落ちる轟音の向こう側で大量のゾンビが姿を見せている。
「ちっ、やはりこうなっていたか」
「はい。ご苦労様です」
残心もそこそこにニドリナが構えを戻そうとしたところで、その隣をノアールが抜けていく。
【消化】・【剣山槍河】
ノアールの前に現れたのは無数の剣や槍の列だった。それがゾンビたちを切り裂き、すぐに姿を消す。
その光景にニドリナは脱力が止められない。
「困るまで手を出さないんじゃなかったのか?」
「いい加減、消化不良で気分が悪いんです。これぐらいは大目に見てもらわないと」
「……本当にあいつは、人を育てるのに向いてない」
新たな技を生んだ喜びも霧散し、ニドリナはため息をつくのだった。
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