220 蒼血の賭博場 08
「なんだこれは⁉」
長い沈黙の後でイルダオラが叫んだ。
俺はにやにやとその様を見ている。
「貴様、ふざけているのか?」
「なにが? どこが?」
「あの少女のような何かだ! あんなものはあそこにはいなかった! 貴様、あのようなものを差し向けるなど……」
「なにを勘違いしてるか知らんが? あれはただの武器だ」
「貴様っ! ふざけるのも……」
「ふざけてなんかいない。ドワーフの天才が作った武器を俺が昇華させたらああなった。それであいつを分散させて狂戦士どもの武器の補助をさせていたのさ。ついでに、あいつは食べ過ぎるとああやって余剰分の栄養を吐き出さないと食あたりを起こしてしまう。まっ、ああいう機能の武器だってことだな」
「なにを……」
「そもそも!」
腹立ちを消せないイルダオラの言葉を断ち切る。
「そもそもがあそこにいる連中とゾンビどもの戦いだと思ってたが? 狂戦士だけだっていうならそもそも戦神の神官がいることがルール違反になるが、それについては何も言われなかった。お前らの方もさっき吸血鬼を混ぜてたよな? 俺は手駒を追加したわけじゃない。お前らもあの場にいた連中を増やしたわけじゃない。だよな?」
「ぐっ……」
「なら、賭けは俺の勝ちってことでいいんだよな?」
「しかし、それは……」
すっかり威厳を失ってしまった筋肉ダルマのイルダオラは言葉を濁す。
それでも視線をそちらに向けてお伺いを立てようとしない辺り、多少は評価するに値する男なのかもしれない。
だけど俺としてもちんたらとした時間稼ぎに付き合う気はない。
「……まぁ、もう、とっくにお前が俺と同類じゃないことは見抜いてるんだけどな」
「ぐっ!」
俺はテーブルに放置してあった偽魂石を手に取ろうとして……止めた。
「そっちの仕込みももう終わったか?」
俺ははっきりと首をそちらに向けて尋ねる。
影よりも影らしく控え続け、俺がグラスに満たした血にも見向きもしなかった男……老執事を見る。
「なぁ? お前だろう? ここの本当の主人は?」
「ははは……いやいや、ばれていましたか?」
老執事はひとしきり笑うと襟元を緩めた。
彼の演技が終わったことの証明か、影に潜んでいた吸血鬼たちが老執事の背後で膝を突き、イルダオラもそれに従う。
「当然だ。で、俺が賭けに勝った時の景品ってドヤ顔でお前が名乗り出るってもんじゃなかったのか?」
「ドヤ顔というのは心外ですが、その通りですよ。この城の主人リストリヤーレと申します」
慇懃無礼に腰を折るリストリヤーレ……長い、リストだ……リストの前で光が躍る。
紋章だ。
紋章展開・連結生成・打刻・【神祖】
誕生した【神祖】の紋章がリストの左手に刻み込まれる。
この瞬間、奴は吸血鬼の最高位に立つ神祖吸血鬼になったわけだ。
「……ああ、まとめて【聖光】をぶち込みたい」
「はははは! あなたが使えないことはわかっていますよ。我ら《天》位に奇跡は使えない。北のダークエルフも同様でしょう?」
「さあ、どうだろうな?」
俺はともかくラーナの情報を取られるわけにはいかない。
まぁ、最初の頃の話が本当ならリストはラーナと戦っているし、手痛い敗北を食らっているみたいだから、ある程度のことは知っていると思って間違いないだろうが。
「それで、どうする?」
「どうする? とは?」
「賭けは俺の勝ち。偽魂石は返してもらう……なんて通らないんだろ、どうせ?」
「いえいえ、それでもかまいませんよ? ただ、あなたを返すつもりはありませんが」
「やっぱりそうなるか。遠回しだな」
「はっは! 慎重こそがわたしの信条でしてね」
「それはまた、脆い信条だな」
「そうですね。あなたを前にしてはそうなっても仕方がないでしょう」
「俺相手に通用しないんじゃ、意味ないだろ?」
「いいえ、十分に意味はありましたよ。あなたをここにおびき寄せたのは誰だと思っているのです?」
「やっぱり誘いだったか」
イルヴァンと因縁のあるヤグオートが、わざわざ俺たちのいるスペンザで足を止めたのた。それを追いかけたらこの城に辿り着いた。
ヤグオート自身はわかっていなかったようだが、この流れに意図がありそうだとは思っていた。
それでも、魔書『葉隠』を完成させる好機には変わりない。
『モップ掛け作戦』の締めとしてこの場所を使わせてもらって、結果的に何人かが昇華した雰囲気を見せた。
とはいえ……嫌になるぐらい戦闘経験積んだら《狂戦士》が《侍》になるよと書き記しただけでは魔書の完成とは言えないだろうがな。
「驚きませんな」
「驚く必要もない。喧嘩を売られるのには慣れた。いちいち相手を選んでいてあの地獄を潜り抜けられるか?」
敵対する奴は全員倒す。
正面決戦だろうが、奇襲だろうが、方法は問わない。
一度敵となったら必ず倒す。
そうやって俺は進んできた。
そしてそうでなければ、第百層の巨人を倒すなんてできるはずもない。
「ふっ……まったく愚かだな。あなたたちは」
「なに?」
「解は一つではない。それを見せてあげますよ」
「……へぇ」
【雷帝】×五。
容赦なく、ぶっ放す。
広大な空間を狭く感じるほどに音と光が荒れ狂い、雷撃の刃がリストとその背後にいた吸血鬼どもに襲いかかる。
「ひぃぃぃ!」
俺の後ろでイルヴァンが悲鳴を上げて影の中に逃げている。
うーん、まだまだだな、こいつも。
そう思いながら俺もこの隙に無限管理庫に入って、武装を整える。
魔杖剣雲来・風来に武神の手甲と脚甲。修羅王の戦衣とガチガチに決める。ラーナと遊んだ時みたいなルール決めなんてない。神話級の武装を纏い、雷の猛威が収まった場所に立つ。
吸血鬼どもは全員炭化したみたいだな。
だが、リストはそこにはいない。
「決めてきましたね。雷の勇者よ」
リストもまた、武装を整えてきたようだ。
謁見の間の奥へと移動していたリストは玉座の前に立っている。
着崩れた老執事の格好、整えていた灰色の長髪を乱し、その周囲に闇と刃を従えてリストは俺を見下ろしている。
「ではこちらも《天》位の先達として、死の勇者として経験の差というものを見せてあげましょう」
「上等だ」
狂戦士どもなんて目じゃない笑みを浮かべ、俺は玉座へと向かった。
特設サイトができました!
https://over-lap.co.jp/narou/865545098/
「庶民勇者は廃棄されました」第一巻 6月25日発売です。
特典SSのリストです。購入の参考にしていただければ幸いです。
■アニメイト
「冒険者的方向性の違い」
■ゲーマーズ
「初めての庶民勇者」
■とらのあな
「目覚めの吸血鬼」
+【有償特典】タペストリー
■メロンブックス
「ある朝の冒険者ギルド受付」
■特約店
「酒場で冒険者相手に語ること」
よろしければ評価・ブックマークをお願いします。




