22 奥深くへ行く事
名前が本物とは、またわけのわからない質問だ。
「本物に決まってるじゃないか。なんなら身分証でも見せようか?」
「ああ、いや。そこまで疑ってるわけじゃないんだよ。でも、たぶんタラリリカの生まれではないんだろうね」
「まあな」
それが一体、どうしたというのか?
「だとしたら知らないのも無理はないのかな? 実を言うと君の名前ってタラリリカ王国の第一王子と同じ名前なんだけど、知っていたかい?」
「初耳だ」
おれは本気で驚き、テテフィを見た。
彼女も同じような顔をしているから知らなかったのだろう。
「だからどうにも言いにくくてね。だって、君の名前を呼び捨てにすると王子を呼び捨てにしてるみたいじゃないか」
そういえば、ちょっと前の会話でなんだか言い辛そうに「君……」とか言ってたか?
「そんなに気にすることかな? 王子なんて関わることもないような人物じゃないか」
「そうなんだけどね。ほらっ、わたしたちは王都が主な活動地域だからね。王家に対しての親密感も他より違うのかもしれないよ」
そう言われればそんなものかと納得できる部分もある。
「そういうわけで、わたしたちは君への態度を取りかねていたのは事実だし、それで君に対して不快な態度も取ってしまった。その部分は素直に謝罪するよ」
たしかに、ユーリッヒとかセヴァーナとかいう名前の奴が他に現われたら、おれだって無条件で嫌いになっていたかもしれない。
そいつらにはなんの罪もないのだから、さぞ理不尽に感じるだろう。だが、こればっかりは生理現象並の嫌悪感なのだから諦めて近づいてくれるなとしか言いようがない。
それに似たものだと言われれば納得するしかないし、向こうがそれを謝罪し、そして改めるというのであればこちらもそれを受け入れるのが大人の態度というものだろう。
「わかったな、ダンテス、ステンリール」
ケインの呼びかけで、二人は「悪かったな」とか「以後気をつける」とか声だけで応じた。
他に魔物がいないか警戒している途中なのでしかたがないのだが、なんともおざなりな謝罪だ。
だが、それが冒険者的にも思えるのだから不思議だ。
「それにしても、まさか君が魔法使いだとは思わなかった。しかも同時に三体を撃たなかったかい? 初級とはいえそんなことができるなんて……」
と、さっきまで息を潜めて探索していた様子はどこへやら、魔法語りが怒濤の如く始まって辟易とさせた。
「みつけたぜ」
そんなケインの一方的な魔法談義が終わったのは、ステンリールのその一言のおかげだった。
コボルトたちの足跡を辿っていった結果、それを見つけたのだ。
それは地面にできた裂け目だった。
「なんだよ、天然物かよ」
ダンテスがあからさまにがっかりした声を上げる。
「いや、まだわからない」
ステンリールがいまだに周辺の痕跡を調べながら言った。
「正規の入り口が潰れて天然物と直結した可能性もある」
「それは夢があるねぇ」
ダンテスは信じていないようだが、そんな彼に見せつけるようにステンリールが木の枝の先に引っかけた物を掲げた。
粘着質のある緑の半透明のそれはスライムの残滓だ。
「コボルトにダンジョン・スパイダーにスライム。どいつもこいつも掃除屋どもだ。だが、掃除屋だけで共生はできないだろう?」
コボルトは腐肉食らいの習性がある。肉食獣の食い残しを漁るという習性だが、ダンジョンでならば誰かが倒して放置した魔物を食うということになる。
ダンジョン・スパイダーやスライムは自分たちで狩りなどもするが、死体があればそれを食べる。
ゆえに、ダンジョンの掃除屋と呼ばれる。
そんな三つの魔物が共生するということは三つの魔物が生き残れるぐらいの他の食べ物があるということで、そして天然物の洞窟ではそれほどに生命豊富な生態系ができるわけもない。
「試練場なら最高だが、たぶん、古代人が作った方だろうな」
ステンリールの予想はケインとダンテスの表情を明るくするのに十分な情報だった。
「だが、悪い報せもある」
そう言って、スライムの残滓が付いたままの枝で別の場所を叩く。
「人間の足跡がある。たぶん、そこの…………ルナーク君が見たという冒険者連中だろうな」
ステンリールが言いにくそうにおれの名前を言う。
そんなに王子と同名なのがやりにくいのかと、おれとしては呆れるしかない。
「なら、急いで追いかけるとしようぜ。なぁ、ケイン?」
「そうだね。こうなって欲しいと思って準備もしていたから問題はないけど……」
そう言って、ケインがおれたちを見た。
周辺の魔物騒動の原因らしき場所を見つけたのだから、ここで依頼は達成……ということにしても問題はないはずだ。さらに原因の排除をすれば追加報酬が見込めるかもしれないが、それには危険がどれくらいになるかわからないというリスクも存在する。
この依頼限りの付き合いであるおれたちがケインたちと同調する必要はないのだ。
おれはテテフィを見る。
その視線に彼女はびっくりした。
「え? わたし……ですか?」
「だって、おれは今回、テテフィのおまけだからな」
「うう……」
いきなり判断を求められ、テテフィは困っている。
「僕たちとしては回復役もなしで危険な場所にはいるのはさすがにね。だから君たちが行かないとなれば諦めるしかない。だが、報酬の面ではきちんと等分を約束する。彼……ルナーク君の分も、もちろんだ」
「……わかりました。同行します」
しばらく迷った後で、テテフィは承諾した。
「どうして受けることにしたんだ?」
裂け目に入る前にいろいろと準備をする。
おれはランタンに油を入れながらテテフィに聞いた。
「だって、ルナークさんが楽しそうだから」
「え?」
思わぬ言葉に、おれは自分の頬を撫でた。
楽しそう?
おれ、そんな顔をしていたか?
「もしかして、ちゃんと冒険ができているのが嬉しいんじゃないですか?」
「……むう、否定できないのが哀しいな」
テテフィの指摘におれは天を仰ぐ。
「それなら、最後まで楽しんで下さい」
「なら、そうさせてもらうか」
「わたしを守るのも忘れないでくださいね」
「それも、もちろんだ」
ランタンに着火し、腰に下げる。
「準備は終わったね? それじゃあ行こうか」
ケインの言葉で冒険者一行は裂け目の中に足を踏み入れる。
裂け目の内部は緩やかな斜面となっており、入るのに苦労はなかった。
それでも、湿気を含んだ岩の坂は足を取られやすい。
複数のランタンとケインの杖の先に灯った【光明】の魔法が周囲から闇を払う。
裂け目から続く洞窟はそれほど広いものではない。大柄のダンテスは窮屈そうに身をかがめ、戦斧を腰に回し、予備の小剣を手にしている。
「こんなとこで魔物と出くわしたら、おれの出番がないぜ」
「抱きとめろ、その間におれたちでとどめを刺してやる」
「冗談じゃないぜ」
ステンリールの言葉にダンテスが情けない顔をする。
幸いなのかどうなのか、この場での戦いになることはなかった。
天井部分は木の根に支えられているようで、あまり安心できる状況ではない。
足下は大岩が重なっているだけのようだが、この人数が移動してもビクともしないぐらいには頑丈なようだ。
土のにおいがむせ、細い木の根が視界の端で揺らめく中、ランタンと魔法の明かりで進む冒険者たちの前に、新たな裂け目が光を零しながら姿を見せた。
「ここか……」
ケインが裂け目の周辺の土を撫でると、そこには明らかに人工物とわかる壁が姿を見せた。
この奥は本当にダンジョンだ。
「やったぜ」
ダンテスが叫び、拳をケインやステンリールと打ち合わせる。
と、そのその拳をおれに向けてきた。
「おい」
「へっ」
それが意味するものがわかって、おれは自分の拳を合わせた。
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