219 蒼血の賭博場 07
調子に乗るなよ。
子供の頃に散々聞いた言葉だ。大人になってもこんなことをしているような連中だ。小さな頃から血の気が多く、喧嘩も絶えない。
調子になるなよ、とか、覚えておけよ、とか、その頃によく聞いた。
あの頃は泣けば終わりみたいな喧嘩しかしてしなかった。それは自分たちの状況が普通の孤児よりも少しはマシだったからだろう。明日の食べ物にも困っていれば泣かせるだけで終わるはずもない。
ともあれ、その時は泣かせるだけで終われていた。
いまは違う。
調子に乗るなよなどと懐かしい言葉をかけてきたのは、小生意気なガキではなかった。
それは醜悪な巨人だ。
いくつもの骨をつなぎ合わせ、いくつもの筋肉をより合わせ、いくつもの皮を貼り合わせて作られた腐肉の巨人だ。
「調子に乗ろうが乗るまいが、お前の運命は変わらない」
戦闘中に意味のある会話など慣れていない。声がひきつりそうになりながら、リンザは言い切った。
今日は不思議と、手にした刀の切れ味が鈍るということがない。
ここに来る途中までの山賊たちを相手にしていた時には血脂でそうなっていたのに、今日はならない。
だからまだ戦える。
身体的な疲労は戦闘終了という未来まで放り投げておくのが狂戦士だが、武器はそうもいかない。ここが普通の戦場なら、武器が折れる前に近くの死体から奪うのだが、ゾンビたちは武器を持っていない。数で圧倒し、無数の手で押さえつけ、その歯で噛みつくのみだ。
なので武器の状態には誰しもが細心の注意を払っていただろう。
狂戦士は戦闘に狂うが、それは愚かになるということではない。戦闘という極限状態に己を没頭させ、集中させ続ける。肉体的精神的な暴走だ。戦うための配慮を怠ることはない。
つまり、武器の状態も把握している。
ラランシアの奇跡による後押しのおかげでいつもより戦えていることは自覚しているが、武器が常に万全の状態であるという不思議もまた、彼らの戦いを支えている。
だから、いまここで巨人が出たところで恐れはしない。
体力尽きず、武器も折れていない。
ならば何を恐れることがあろう。
「我らの前にある限り、切り刻むのみだ。吸血鬼!」
腐肉の巨人の上に立つ者に言い放つ。
そこには青い顔をした赤い目の男が立っている。巨人の陥没した頭の代わりを務めるかのように立つ吸血鬼が何か言い返してくるのを待つほど、リンザはお人よしではなかった。
彼女の気配を察した周りの仲間たちが素早く補助に回る。
リンザは一度跳躍し、背後に回った二人が差し出した手の上に乗る。そしてその二人の筋力に押し出され、さらに己の跳躍力を乗せ、吸血鬼へと襲い掛かる一矢となる。
「っ⁉」
驚いた時にはもう遅い。侍と狂戦士の強化された筋力によって弾きだされた人間の矢は瞬く間に吸血鬼へと迫り、その横を駆け抜けていく。
一閃された刀は吸血鬼の頭を飛ばす。
その間に他の仲間たちが腐肉の巨人に駆け寄り、思う様に切り刻んでいく。
「くそっ! なにがっ⁉」
「あらあら、しつこいのは嫌われますよ」
「なっ!」
首だけで地面に落ちた吸血鬼は自分を見下ろす戦神の神官に恐怖した。
「首を切られたら死になさい。それが戦場の礼儀ですよ」
「ふざけるな! 我らは!」
「ただの死にぞこないです」
冷たく言い捨てラランシアは奇跡を行う。
【聖光】
生命の論理から逃れようとする者たちはこの奇跡の光に抗えない。大神官と呼ばれるほどに修行を重ねたラランシアの【聖光】の前ではただの吸血鬼は悲鳴を上げる暇もなく消滅するしかなかった。
「ふう……それにしても、たいしたものですね」
心地よい疲労に笑みを浮かべながら、ラランシアはリンザたちの戦いぶりを見る。
ラランシアの【聖光】は吸血鬼だけでなく、この周辺にいたゾンビたちをかなりの広範囲で焼き払った。
いきなりできた空白地帯にはさすがのリンザたちも二の足を踏んだようで、攻めの手が止まる。
だが、戦闘終了と受け止めたわけではない。
さて次はどこから攻めようかと値踏みをしているに過ぎない。
「まったく、勘弁してほしいです」
その様子に感心しきりのラランシアの横に、いきなり少女の姿が現れた。
この場にそぐわない黒い少女はアストルナークの側にいるはずの子……ノアールだ。
「あなた……やはり、あなたが助力してくれていたのですね」
手にした武器が汚れで鈍ることなくいつまでも使えることをおかしく思っていたが、やはりこういうことだったかとラランシアは納得してうなずいた。
しかし、ノアールは戦神の大神官の視線など無視して不満を零す。
「虫に続いて腐肉なんて、悪食にもほどがあります。気分が悪いったら!」
ノアールは自身の一部をリンザたちの武器に取りつかせることで切れ味や耐久性を守っていた。
もちろんその間に切ったものをいただいていたのだが、ゾンビはお気に召す味ではなかったようだ。
「これはノアール嬢、どうしましたか?」
この場でまともな会話ができるのはラランシアを除けばリンザだけだ。見た感じ仲間の何人かは《侍》に昇華したようだが、《狂戦士》との違いを把握しきれずに戦闘に集中している。いや、一度切れた集中が戻らなくなることを恐れている。
「マスターから伝言です。『成果は出た。飽きた。そろそろ〆る』だそうです」
「それは……」
「まったく。相変わらず自分勝手ね」
「我儘はマスターの特権です」
女性陣に好き勝手言われるアストルナークだが、その戦闘能力には絶大な信頼が寄せられている。
「しかし、終わらせるといってもどうやって?」
「さあ? とりあえずわたしはあなたたちを確保するだけです」
「それも、どうやって?」
「こうやって、ですね」
と、いきなりノアールの手の中に薔薇が彫られた腕輪が現れた。
黒の少女はそれを嵌めることなく手に乗せる。
「わたし用に調整してくださったこの能力でなにもかもを薙ぎ払うのみです」
そして、薔薇の腕輪が光る。
【消化】・【王獣解放】
食べ過ぎて気分の悪くなったゾンビたちの養分を切り離した分体に捧げ、解き放つ。
現れたのは半獣半人の黒の巨人だった。角の生えた熊のような顔をした巨人は吠え声を上げてゾンビたちに突進していく。
巨大な体積とそれに比例した重量による突進。なにより獣毛のように肌を覆っている毛はそう見えるだけでその実は無数の刃物の群れだ。ゾンビのような腐肉など体当たりがかすっただけでも吹き飛び、粉砕される。
そして喰われる。
「うぷっ……ああ気持ち悪い! 効きの良い胃薬かもしれないけど、だからといって暴食を繰り返せるなんてわけでもないでしょうに!」
【消化】・【王獣解放】
不平を零しながらノアールは再びそれを行う。
さらに現れた黒の巨人が別方向のゾンビたちを薙ぎ払う。
そんなことを都合十度繰り返すと、ゾンビたちはそこからいなくなっていた。
「……わたしたちのやっていたことは一体」
リンザがそう呟いたとしても仕方がない状況である。
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