216 蒼血の賭博場 04
無数のゾンビと狂戦士たちの戦いは続いている。
だがそれは、とても……。
「退屈だな」
酒入りの紅茶から紅茶入りの酒へ、そして酒に移行しながら戦いを観戦していた俺の感想がこれだ。
「変わり映えがなさすぎる。見世物としては三流だろ、これ?」
狂戦士たちがただただゾンビたちを切っているだけの光景だ。
見どころがまるでない。
疲れ知らずの狂戦士たちがいずれ体力尽きて膨大な物量を誇るゾンビたちに飲み込まれることを期待しているのだろうが、それにしたって、そこに至るまでの過程が長すぎる。
俺にしてもあいつらが無事に乗り切るのをハラハラドキドキしながら見守るのが普通なのだろうが、あいにくとそんな性格じゃない。
すぐ近くでは別の戦いが起きてもいるが、そちらはいまのところとても高等な睨み合いが続いている。
ゾンビ対狂戦士よりも退屈だ。
「それで、なにか良いアイディアでもあるのか?」
イルダオラの手にあるのもティーカップからグラスになっている。
ただし入っているのは俺の物とは違う赤い液体。
「臭いが違うな」
血の臭いと少し違う。
「うん? ああ、わかるか? 合成血液だ。人間にも使える立派な代物だが、あいにくと我らの欲求を満たすには程遠い。やはり我らが欲するのは血ではなく、血に宿る別の何かだ」
イルダオラがじっと俺を見る。
吸血鬼でもない俺が血の違いがわかるのが気になるみたいだな。
「わからないか?」
「なにがだ?」
「わからないならいい」
「なんだ?」
「それよりゲームだ。どうする? なにがいい? 俺の血でも賭けるか?」
そう言った瞬間、イルダオラの目の色が変わった。
「それはかなりの高値だな。こちらはどんな商品を出せばいい?」
「城だ」
「なに?」
「この城をもらう」
「ふざけるな」
「ふざけてなんていないさ。偽魂石に見合うものもないのに、俺の血に見合うものが出せると思うか? 出せるとしたらこの城ぐらいだろう?」
「…………」
「どうする?」
俺はイルダオラをじっと観察する。
「ふうむ」
筋肉ダルマは俺からを目をそらさずに唸る。
「残念だがそれに見合うものがないな。その賭けには乗ることができん」
「そうか。そりゃ残念」
俺は手にしたグラスの酒を飲み干すと、自分の手首を切り、血を落とす。
周囲からの圧力が一気に増した。
イルダオラの目が光り、影に潜んでいる吸血鬼たちの飢餓がこのグラスに集中する。
「貴様、何の真似だ?」
「では、この血はそこで戦っている二人の賞品にしよう」
「なに?」
「いい加減、退屈してるんだ。イルヴァン、派手に魅せろ」
†††††
「ええ、了解しました。マイ・マスター」
周囲に満ちたアストルナークの血の匂いに艶然と微笑み、イルヴァンはヤグオートに指を向けた。
「さて、お父様? 地味な戦いはわたしのマスターのお気に召さないそうなのです。もっと派手な遊びをしませんか?」
「ぐう……」
ヤグオートは脂汗を流し、イルヴァンを睨む。
さっきまで二人は影を使った陣取り合戦を行っていた。お互いの影を広げ、相手の影を喰らい、相手の足下へと至る。
攻め、防ぎ、搦め手に回り込む。アストルナーク曰く『ゾンビ対狂戦士よりも退屈な戦い』をずっと続けていた。
そしていま、ヤグオートの周りは全てイルヴァンの影が占めている。
「なぜだ? イルヴァン」
「なにがです?」
「どうして親に逆らう?」
「は?」
「吸血鬼が転化させた親に逆らうなどあってはならないことだ」
「あってはならないことがあったぐらいで驚きっぱなしはやめてくれません? 冷めてしまうから」
「だが!」
「……わたしには父親が二人いる。人間としての父親、そして吸血鬼としての父親。人間の父親はわたしが吸血鬼となったことを知って殺す度胸もなく穴倉に押し込め、吸血鬼としての父親は、やることだけやって逃げていった。わたしに親への敬意を教えてくれた人がいるのだとしたら、それはどこに? 神殿? 吸血鬼が嫌いな場所での教えが吸血鬼たちにも有効? お利巧ちゃまなのかしら?」
「……倫理の問題ではないのだよ」
「だとしたら、あなたの言うあってはならないことなんて、わたしのマスターの前ではおもちゃの鎖のように脆いものなのね」
「くっ……」
脂汗に溺れそうになっているヤグオートにイルヴァンは微笑みかけ、血で固めた赤い剣を握りしめた。
「さあ、もういいかしら? 前座が長すぎるとマスターが退屈しているの。このままだとゲームの盤ごとひっくり返してしまいそう。そろそろ飛んだり跳ねたり、切ったり切られたりしましょう。血の牙を躍らせましょう。影から獣を生みましょう。霧の海で泳ぎましょう。……あなたの血が枯れ果てるまで」
「若輩者が多少の力を得たからと調子に乗りおって!」
「ええ、調子に乗っているわ!」
それがなにかと笑い、イルヴァンが動く。
影がせり上がる。牙をはやした影獣の群れが現れ、ヤグオートはそこから脱するとともに蒼血の槍を握ってイルヴァンに向かう。
喜びにまなじりを吊り上げたイルヴァンは槍の一閃を潜り抜けてヤグオートを蹴りつける。
「がっ! 貴様っ!」
「あらあら、足蹴にしてしまいました。お下品でしたね。でも娘に蹴られて地面に倒れる父ってどうなのでしょう?」
「黙れっ!」
「ふふ……」
反撃の薙ぎ払いをかわし、イルヴァンは再び接近すると今度は拳打を浴びせる。一打では止まらない。二打三打……十打二十打と殴り続け、ヤグオートの巨体は小さなイルヴァンの前で宙に浮いた。
「あはははは! どうなさったのお父様? まるで小枝のよう!」
「調子に……乗るな!」
三十打目の拳は霧に吸い込まれた。
【霧化】だ。
霧となったヤグオートはそのまま拡散し、流動し、イルヴァンを押し包む。
眼前で膨れ上がる霧から無数の血が現れ、血晶化し、巨大な牙となる。
「これが【霧血凶牙】よ!」
霧は哄笑し、イルヴァンの無防備となった胴体に牙を突き立てる。
だが、噴き出たのは血ではなく、霧だ。
噛みつかれる前にイルヴァンも霧化する。
「おのれ!」
「ははは、技を誇るなら決めてからにしてはどうです?」
霧化した吸血鬼に物理的な攻撃は効かない。こうなれば血晶化した武器は弱点となる。
イルヴァンの霧が血色の牙にまとわりつき、血晶を融解し、吸収する。
「ぐぐっ!」
「あらあら、どうなさいましたお父様? ……ぐっ!」
「くっ……はははははは! どうした⁉」
霧化を解いてその場に膝を突いたイルヴァンにヤグオートも姿を現した。
「これが罠というものよ!」
「あなた……血に毒を」
「その通り、毒血こそが【霧血凶牙】の神髄よ。吸血鬼と戦う吸血鬼のための技。貴様のように城に連れてくる価値もなかった者には学ぶこともできなかった技よな」
「くっ……」
「さあ、死ねい!」
ヤグオートの手から生まれた槍がイルヴァンの胸に刺さる。
驚愕の瞳を浮かべ、女吸血鬼はその場に倒れた。
そんな彼女の腕で蔓薔薇の輪が妖しい光を放った。
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