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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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209 夜姫のお茶会


 ルニルアーラの影の護衛としていまはいるニドリナだが、かといってタラリリカ王国に以前から存在している影の護衛を統括する部隊『暗影騎士団』に所属したわけではない。

 ルニルアーラの許可を得てここにいるとはいえ、彼らからしたら自分たちの実力不足を指摘されているようなものなので気分がいいはずもない。


 とはいえ彼らはニドリナがいつそこにいて、そしていないのかもわかっていない。


「……ニドリナさん、いらっしゃいますか?」

「……ん」


 だから、ときにこうしてルニルアーラに呼ばれてニドリナが姿を現わすと、影にざわめきが起きる。

 その気配はルニルアーラにまで読まれてしまっているのだから、かつては暗殺組織をまとめ、部下たちを育てていた経験もあるニドリナは修行が足りんと叱咤したい気持ちを抑えなければならない。


 戴冠の儀式の準備と亡き父親の職務の確認に忙しいルニルアーラは、ときに休憩のときにニドリナを呼ぶ。

 彼女にとって、ニドリナと話す時間が唯一気を緩ませることができる瞬間なのかもしれない。

 いままでその時間を作っていた幼馴染みには裏切られ、そして死んでしまったという。


 暗殺者から彼女の命を守ったニドリナは、そういう意味で存在そのものが命の保証をしている……ということなのかもしれない。


(であれば、ハラストはいまだ力及ばずか)


 愚痴を必死に語ってストレスを解消するルニルアーラの姿を見ながら、ニドリナは思う。

 ハラストの真実を聞かされていないニドリナの考えは勘違いなのだが、結果は近い場所にある。


「とはいっても、戴冠の儀式に各国に招待状を送る必要もないだろう。こんな状況では」

「そうしたいのだけど……それもなかなか難しいみたい」


 ルニルアーラは苦笑してその事情を説明する。


 こんな状況というのは、もちろん先日の東西の国境の騒動の原因でもある人類領会議の敵対発覚だ。

 タラリリカ王国が魔族領と接触を図ろうとしていることは早い段階から気配を察知されているが、いま現在に至っても明確な証拠は握られていない。

 そんな状況での国境騒動だ。

 実際に動いたのは長年の敵対関係にあるランザーラ王国だけだが、東部国境で戦ったキメラたちは現在回収し、その死体から魔導王の証拠を見つけ出そうと努力している。


 なにより、人類領会議が各国にタラリリカ王国への討伐を号令した証拠をいまだこちらも手に入れていない。

 東の国境は中立都市のザンダークと接しているが、その向こうにいるのは人類領会議に所属している国家の中で最大の規模を誇るグルンバルン帝国だ。

 彼の国が動いていれば行動が証拠を示しているとなるのだが、そうはなっていない。


「敵となっていないのなら味方になるかもしれない余地はあるのだから、努力を怠るべきではない……というのが外交官たちの意見なの」

「なるほど、もっともだな」

「とはいえ東の国境は人類領会議に睨まれていてまともに動けないし、西も同様。いつまでも父の死を隠してもおけないからやるしかないということにはなりそうだけど」

「ならば後は貴族たちを集める調整だけだな」

「ええ。そうね」


 貴族といえば……ついにあいつは貴族になったのだな。


 ルナーク……アストルナークと出会って敵対しなかった貴族はだいたい勧誘していた。そのときからニドリナはなんとなくこんな未来が来ることを予想していた。

 アストルナークの力は強大で、彼には明確に敵にすべき存在もいた。

 その敵に対してアストルナークが採る手段次第では貴族になることはかなり高い確率だった。

 最悪なのは彼が個人の力だけで国家を、そして世界を敵に回す選択をすることだ。


 そうなったとき、世界は……いや、人間社会はどこまで壊されてしまうのか。

 発端がなんであろうと、一度争いが起きてしまえばそれ以外の憎悪と恐怖がアストルナークへと集中し、戦いはどちらかが戦う力をなくすその時まで続くだろう。


 その時に残っているのがアストルナークだとしたら?


 アストルナークにとって嫌な奴ら……貴族たちが失われた世界はどうなってしまうのか?

 いや、重要なのは貴族ではない。

 統治する者たち……統治する技術が失われた世界が例え新たな社会体制を築くにしても、それには長い時間がかかることだろう。


(奴がそこまで考えているとは思えないが……)


 あいつは自然と最善の選択をしたということなのだろう。

 ……と、ルニルアーラがじっとこちらを見ていた。

 いつもならお互いに黙ったところでたいして気詰まりもないのだが、いまのルニルアーラはなにか言いたげにこちらを見ている。


「どうかしたか?」

「……あの、聞きたいことがあるのですけど」

「なんだ?」

「……わたしとアストルナークの例の件なのですけど」

「うん」

「あの……あなたはいいのですか?」

「どういうことだ?」

「わたしが彼とそういう関係になっても、あなたは気にしないのかと?」

「ぐ……」


 その瞬間、ニドリナは口に含んだお茶を吹き出さないように必死にこらえた。


「な、なにを言ってるんだ?」

「いや、だって……わたしよりもあなたの方が付き合いが長いのだし」

「わ、わたしたちはそんな関係ではない!」

「え!?」

「どうしてそんなびっくりした顔で見る!?」

「だ、だって……彼はああいう人だから」

「あいつは女好きだが、拒んだら追求はしてこない」


 あいつはとにかく、遊びとして女と肉体関係になりたいのだ。

 だから遊びでそれができない女には興味が無い。


「下世話な話は普通にしてくるセクハラ野郎だがその辺りの線引きははっきりしているし、嫌がる女に無理矢理するということもないぞ。……うん?」


 気が付くとルニルアーラはにこにことした顔でこちらを見ていた。


「どうした?」

「いえ。彼のことをよくわかっているのだなって……」

「……………………すぐに殺せない相手は行動を観察し嗜好を見つけ出し、習慣から生まれる隙を見つけ出す。それがわたしの習慣だ」

「そうですね。暗殺者だったのですよね」


 納得したならどうしてそんなににこにこしている?


「……お前は、嫌じゃないのか?」


 やり返すつもりでそう言ってみたのだが、ルニルアーラは少しばかり視線をさ迷わせた後、影の護衛たちに聞こえないように口元を隠して小声で囁いた。


「実は、あまり嫌じゃないみたいです」


 などと他人事のようなことを頬を赤らめて言う。

 ニドリナは天井を仰いだ。


「彼の所に生きたいのなら、行ってもいいですよ?」

「行かない!」


 悪戯めいた笑いを浮かべるルニルアーラに、ニドリナは断固たる決意でそう言いきるのだった。




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