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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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204 狂戦士と吸血鬼の狩り場 7


 アストルナークとタイタニス、そして狂戦士団が向かう先にはなにがあるのか?

 ランザーラ北部、グレンザ大山脈に近いこの周辺はタラリリカ王国と比べると冷気の差が極端であり、降り積もる雪の量も天地のさほどもある。

 どうしてランザーラ王国はここまで冷気の猛威を受けているのか? 王国のさらに西には凍土と砂漠しかないと言われている。それらのある大陸の西から流れ込んでくる冷気がホースの先のように二つの山脈に挟まれたこの地帯に圧縮して流れ込んでくるため、と言われている。

 真偽のほどはわからないが、まず最初に冷気を受け止めるランザーラ王国は一年のほとんどを雪の猛威に耐え、作物を育てる事さえ苦労する有様なのに対して、隣のタラリリカ王国ではそこまでの苦労をせず、むしろ白雪牛などの酪農を推進する政策で一定の成果を上げている現状を見れば、嫉妬の炎が燃え上がることを止めることなどできないだろう。

 もちろんタラリリカ王国側からすれば、白雪牛という品種が誕生するまでの苦労を舐めるなと主張したいだろうが、他人の苦労などどれだけ語られたことでそれを教訓とできるものは少ない。目に見える眩しい成果とその恩恵こそが全てなのだ。


 そんな二国の因縁を生む雪……その雪に埋もれるように、古城が一つあった。

 その城が作られた時代にはこれほどの雪がなかったのか、古城とそれを守る堀や城壁はかつての王城であったとしても不思議ではないほどの規模を持ち、それはいまも保たれている。

 だが、ランザーラ王国においてこの城の持ち主に関する書類はどこにもない。


 打ち捨てられ城であるはずなのだが、膨大な雪の浸食を堪え忍び、その古城は威容を保っている。


 その城の謁見の間で、いま二つの影が向き合っていた。


「ヤグオート。久しぶりに帰ってきてみればずいぶんと情けない有様だな」

「はは……」


 黒い神官衣の吸血鬼は、玉座に座った人物に対して額を床に擦りつけんばかりに頭を下げていた。


「己の眷属に敗れるか……」

「申しわけもなく。……ですが、なぜかあやつは影の秘儀を操っておりまして」


 あやつと呼ぶのはイルヴァンのことだ。

 アストルナークから逃げたヤグオートをイルヴァンが追った。

 イルヴァンだけならば勝てると思っていたヤグオートは、彼女の成長に驚かされることとなる。

 吸血鬼になってすぐに自身の一族によって地下に封印されたはずの彼女が、それ以後も地上にあって多くの人間の血を吸ってきたヤグオートを圧倒したのだ。

 しかもただ血を吸い続けただけでは身につくはずもない【影獣法】を身につけ、吸血鬼としての親である彼を追いつめていった。

 認めたくないが、逃走に成功しただけでも僥倖だったのだ。


 言い訳をしようとするヤグオートを、玉座の影が手で制す。

 その瞬間、ヤグオートは床に額を打って沈黙した。

 血が滲むほどの勢いはヤグオート自身でしたことではない。


「言い訳はよい。理由ならば察しが付く」

「はっ! それは……」

「貴様が知る必要もないことだ」

「ははっ!」


 玉座の影に目を向けることもできず、ヤグオートは床を塗らす自身の血の匂いに当てられて牙が膨らむのを止められない。

 恐怖と興奮……生存本能に由来する二つの感情に揺さぶられ、しかしその場から動くこともできずヤグオートの背中は震える。


 その様を玉座の影は冷たく見据える。


「……いずれこのようなときが来ることは承知していた」


 影は一人呟く。


「北のダークエルフが登り切りもせず、しかし落ちることもないのをおかしいと思っていたが、おそらくはあれが原因なのであろうな」


『北のダークエルフ』、そして『あれ』。

 二つの単語が示す意味とは、まさしくラーナリングインとアストルナークのことだろう。

 この二人を指して思わせぶりな言葉を吐く。


 つまりはこの影も大山脈の頂上で営々と修行に努める竜たちと同じように、世界の真理を知る者なのであろうか?


「我を階段の一つとする気であろう? だがそうはさせぬ!」


 玉座から立ち上がったその姿に月光が投げかけられる。

 現われたのは巨漢のヤグオートさえも子供のように見えてしまうほどの巨躯だった。巨人種でさえも素手で簡単に捻り殺してしまいそうなほどに大きな手と、それを支える圧倒的な厚みを備えた筋肉。

 体を隠すのは様々な獣の皮を幾重にも重ねたズボンのみであり、ベルト代わりの鎖がジャラジャラと音を立てる。

 蒼銀の髪は凍っているかのように荒々しい形をとどめ、それは至尊の冠のようでもある。

 月光を固めたかのような魔眼から放たれる光は冷たい刃となって謁見の間のさらに遠く、この城へと近づいて来る一団へと向けられる。


「来るがいい、雷の勇者よ。その階梯を進めたくばな」


 拳を握りしめ、城の主は吠える。


「だが、覚えておくがいい! 足を上げた先に常に段があるとは限らぬと!!」



†††††



「……うん?」

「どうかしましたか?」

「……いや、いま誰かに喧嘩を売られた気がしたんだが」

「俺たちならいつでも売りますぜ!」

「バカヤロウ、お前たちから買っても俺が治す苦労するだけだろうが」

「じゃあ、若大将に一発入れられたら良い酒奢ってください」

「お、それいいな」

「よし決まり!」

「決まってねぇよ。俺の得がどこにもねぇ」

「ぎゃははははは!」


 そんなやりとりをしながら進んでいく。

 感じた気配のことはさっさと忘れることにした。【天通眼】で辺りを調べても近づいている存在はないしな。


 そんなことよりも一歩進むごとに吹雪の濃度が上がっていく有様の

この状況で俺たちはようやくその姿を見ることができた。


「おい、見えたぜ」

「はっ? え?」

「おい、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫ですよ。それよりも少し暑くなってきていませんか? 脱いでもいいでしょうか?」

「脱ぐな死ぬぞ」


 雪中行軍の限界が近づいているタイタニスに【下位治療】の魔法をかける。雪中行軍の疲労に有効なのは傷を治す【回復】系の魔法ではなく、病気などの状態異常に強い【治療】系統の方だ。


「はっ!」

「我に返ったか?」

「こ、これは……」


 自分の異常に気が付いてタイタニスは視線を踊らせた。あるいは顔を赤くしているのかもしれないが、この寒さではわかりようもない。


「見えるか? あれが目的地だろうな」

「あれが……」


 俺が示す先には吹雪に隠れるようにして巨大な影が聳えている。

 道案内のように雪をかき分けるゾンビたちがあそこに向かっているのは間違いない。


 そして【天通眼】で俯瞰しているとわかるのだが、雪をかき分けてあの古城へと向かっているゾンビたちは、俺の前にいるものだけではない。

 その他にも様々な方角から雪を割って城へ向かう姿がある。

 方角にしても数にしても、明らかに尋常ではない。


「なーんか、おかしいな」


 俺の呟きは吹雪にかき消される。

 いま、ここに集おうとしているゾンビの数……はたしてこの間の戦争で死に、そして放置された死体だけで間に合うか?

 それにやって来ている方角が様々なのもおかしい。同じ場所から来ているのなら、ゾンビたちが来る道もほぼ同じになるはずだ。


 だが、そうではない。


 全てを調べきるには【天通眼】の数が足りない。

 そしてこれ以上の精度を求めるなら素材からこだわらないとだめだろう。

 となると、スペンザで作らせている素体の完成が待たれる。


 というか、取りに行けるのはいつになることやら。


「まぁとりあえず、こいつらを鍛える狩り場としちゃ、充分か」

「どうかなさいましたか?」


 俺の呟きを聞きつけてラランシアが近づいて来る。


「戦いが近いって事ですよ。ラランシア様」

「まぁ、それは嬉しいことですね」


 俺の言葉にラランシアは嬉しそうに瞳を緩めた。


「わたしの認めた勇者と戦いを共にする。これこそが、長年の夢だったのですから」

「あなたもたいがいだなぁ」

「あら、夢が叶う目前にいるのですから、初恋を前にした乙女のような気持ちになったとしてもおかしくはないでしょう?」

「危ないなぁ」


 ラランシアの魅力的な笑みに俺は呆れる他ない。

 いやまぁ……他人をどうこう言えるわけでもないのだが。


「俺の周りには戦闘狂しかいないのかね?」


 ニドリナやハラルドはいなくなり、テテフィを側に置こうという気にはなれなかった。

 そして残ったのはリンザと狂戦士ども、そしてラランシアだ。


「なんだか、戦闘戦闘また戦闘な人生になりそうだな」

「あら、それのどこがいけないのですか?」

「できれば潤いも欲しいんですがね」

「どうせ女でしょう? ならばここにもいますよ?」

「…………」


 そう言って笑うラランシアに俺はすぐにはなにも言えなかった。


「あら? 修業時代に湯浴みを覗いていたこと、気付いていなかったとでも?」

「すいません、忘れてください!」

「それも一度や二度では……」

「ほんま勘弁してください!!」


 即座の土下座で俺は話を打ち切る。

 若さ故のあやまちを知られている相手には逆らえない。



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