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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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195/265

195 白い彼女は吸血鬼に好かれる 3


 一目見たときからただの吸血鬼ではないと思った。

 あるいは真祖ぐらいの能力はあるかもしれない。


 だが、試練場にいる魔物と地上にいるそれとの違いは、画一的ではない、というところにある。

 試練場にいる魔物の能力に大きな差異はない。ゴブリンならば手にしたショートソードや棍棒で殴るしかなく、ゴブリンメイジは初級の放射系攻撃魔法ぐらいしか使ってこない。

 だが、冒険者ギルドで受けるゴブリン退治のゴブリンたちは違う。手に持つ武器は拾ったり倒した冒険者から手に入れた武器や、村から盗んできた農具であったりするし、巣穴に罠を仕掛けていることもあるし、糞尿や毒草を武器に縫っていることもある。

 ゴブリンメイジは攻撃魔法だけでなく、補助魔法や状態異常の魔法を使ってくることもある。それらを組み合わせて隊列を組んだりもする。

 そもそも魔族領では奴らは立派な市民であり、一氏族であり、魔太子や魔王を奉ずる可能性のある一族なのだ。


 それと同じことが吸血鬼にも言える。

 イルヴァンは上位吸血鬼になるかならぬかの段階から影獣法を身につけた。

 ならばあの吸血鬼も俺が知っている、そして散々倒してきた吸血鬼と同じことしかできないと考えるのは、間違いだ。

 おれの知らない手段でテテフィを傷つけられてはたまったものではない。


 とはいえ……。


「見失ったのはやばいな。追えるか?」

「……いえ、わたしも無理です」


 イルヴァンの答えに俺は天を仰ぐ。

 今夜の月は俺を笑っているようだった。


「ヤグオートはわたしを吸血鬼にした男です」


 イルヴァンがいつになく険しい顔でそう告げる。


「……たしか、信仰心のある女を吸血鬼にするのが趣味じゃなかったか?」

「はい」

「なら、テテフィはすでに神官じゃないぞ?」

「そうですね。ですが以前は敬虔な太陽神の信者にして聖女。その名残を嗅ぎつけたのでは?」

「……ありそう、ではあるな」


 最近はかなり砕けた対応ができるようになってきているが、それでも長い時間を神殿で過ごした経験と感覚はそう捨てられるものではない。

 乱暴者の多い冒険者ギルドでは職員の対応もそうなりがちであるのだが、彼女はあくまでも理路整然と対応しようとする。


 その様は不良を更生させんとする神官のようだとよく言われていた。


 そのことは、いまはいい。


「どうやって見つけるか……いや、方法はあるか……しかし……」


 俺がそんな風に呟いているとノアールが首を傾げて尋ねてきた。


「見捨てる……という選択肢はないのですか?」

「なに?」

「あの方はマスターを拒絶したのですよ? 吸血鬼は脅威ですし、倒せばわたしもおいしい思いができますが、それはあの女性が無事である必要は……」

「ようしそこまで」

「マスター?」


 ノアールの言葉を止める。

 それ以上聞く必要はない。


「俺は裏切者は許さないが、それ以外では肝要だ」


 たかが振られた程度で顔見知りを見殺しにするほど俺の心は狭くない。

 ……狭くないぞ。

 狭くない。


「それに俺の知り合いを俺の目の前で浚われるなんて、そんな屈辱をそのままにしておけるわけがないだろう」

「……なるほど、わかりました」


 ノアールが大人しく引くと、俺は自分の言葉で覚悟を決めた。


「よっし、じゃあやってやろうじゃねぇか」




†††††




 なんで逃げたのか?

 自問してみるが、咄嗟にそうしてしまった、という答えしかテテフィからは出てこない。


 仕事終わりの夕食を二人でするのはよくあること。そこで彼が下品な冗談を言ったりテテフィを愚痴を聞いてくれたり、お互いのちょっとした悩みを――彼は冗談交じりにだけど――零してみたり、そんなことをするのはいつものことだ。


 それなのに、どうして今夜は逃げてしまったのか?


 彼がいつもよりも大事な話をするとわかっていたからか?


 それとも後ろに女の子を連れていたからか?

 あんな子供がいたから?


 いまさら彼の女遊びのことでとやかく言うつもりはないし、どうして自分がその対象にされていないのかも理解できている。

 テテフィの根幹にある貞操観念は太陽神殿の教育に由来している。例え信仰を失っているとしても、あの最後の瞬間を除けば、神殿での日々に嫌な部分はそれほどない。

 だから、あの日々に根ざしたものをあえて捨てるつもりはない。

 そんなテテフィの考え方があるから、彼……ルナークは手を出してこない。

 そのことに不満がないと言えば嘘になる。

 だけどそれもまた、テテフィを尊重してくれているからだと自惚れることもできた。


 そしてだからこそ、二人でいるときに他の女性……例えそれが子供でも一緒にいることはないのだと思っていた。


 それなのに……。


 ああそうか……これは、この感情は…………。


「嫉妬?」


 テテフィは自分の声で我に返った。

 薄暗い。

 奇妙な感覚が体を包んでいる。

 周囲を手探りすると柔らかいものの上で寝ているのだとわかった。

 鼻に付くにおいからして、これはおがくずだろうか?


 どうしてこんなところで寝ているのか、テテフィは思い出せない。


「え? ……ここは?」

「無粋な真似をしてすまないね」

「っ!」


 知らない声に驚いてそちらを見る。

 辺りは暗いが、高いところから細い光が斜めに降りてきている。

 そこには細い窓が連なり、外の光を取り入れていた。


「昔ながらにこれはと認めた淑女の許可を取って夜に訪問し、数度の逢瀬を重ねた後に屋敷へと誘うなんてことをしたいのだがね。あいにくといまの私に屋敷はなく、数度の逢瀬を重ねるなどというのは古典的でいまの流行ではないと批判されたばかりでね。このような乱暴な招待となってしまったのだよ」


 その光に照らされているのは巨漢の男性だ。

 黒い服は神官衣によく似ているのだが、信仰する神の紋章がどこにもない。


「あなたは……なに?」

「なに? 誰、ではないのだね」


 低く笑う巨漢の顔に光が当たる。短い黒い髪。芯の強い髭が顎を覆っている。

 月光を受けた目が赤く光っていた。


「勘が良い。私が感じた信仰のにおいは間違いではなかったようだが……あいにくと一歩遅かった。すでに誰かのお手つきか」

「吸血鬼!」

「まさしく」


 強烈な嫌悪感はすぐに次の行動へと移らせる。


【聖光】


 だが、その行為は空振りに終わる。

 なんの力も現われないその事実に、テテフィは自分の現状を思い知らされる。

 すでにあのときからそれなりの時間が過ぎているというのに、いまだに体は自分が聖女と呼ばれていた頃の行動をしようとする。


「くっ……」

「その肌の色。昔はどこかの神殿で聖女として扱われていたのでしょうに。まったく、誰がこんな半端な仕事をしたのか。こんな……こんな上物を…………」


 そう呟く吸血鬼の声から冷静さが失われていく。


「ああ……いけませんねぇ。どうもここ最近、満足に食事ができていないものでしてね。やはり、飢餓は人の尊厳を奪う。いけませんねぇ……まったく…………」


 熱に浮かされたように呟く吸血鬼の声が淀む。

 その原因は唇をめくり上げる牙の膨張のためだ。

 静かな興奮に合わせるように膨らみを続ける牙が吸血鬼から冷静さを奪っていくのがテテフィにははっきりとわかった。


「ああもう我慢できねぇ! どうせもう傷もんなんだ! 手順なんざ知ったことか!!」


 突如として叫び、テテフィに襲いかかる。


「ざけんな。でかい蚊の分際で俺のもんにぶっ込もうとしてんじゃねぇよ」

「ががっ!!」


 その声……そして来るはずだった運命が途切れたことを感じてテテフィは顔を上げた。


「ひっ!」


 だが、そこにあったものにテテフィは我知らず、短い悲鳴を上げていた。

 そこにいたのはルナークの形をした、別のなにかだった。



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