193 白い彼女は吸血鬼に好かれる 1
朝。
昨夜作った全ての鉄球を全力で空へと放り投げるという作業を終え、警備の騎士たちに奇妙な目で見られた。
……落ちてこないな、良し。
変人を見る目に負けず、雲を突き破った鉄球たちとの魔法的な接続を確認すると隠れ家に戻ってイルヴァンが作り置いてくれた朝食を済ます。
さて、これからどうするか。
ラナンシェたちのところへ行って経過を確かめるべきなのかもしれないが、なにかあったときには【交信】で報せてくれるだろう。
自分がやらなくても状況が進行してくれるってありがたいよな。
「そういやテテフィの顔を見てないな」
食後のお茶を飲みながらぼんやりしていると彼女の顔が浮かんだ。
この間の蟲人退治のときにはスペンザの街に入りもしなかったし、その後も素通りした。
時間ができたのなら彼女の顔を見に行くのもいいだろう。
あの新人二人から貸しを取り立ててもいいしな。
そういうわけでスペンザへと行くことにした。
のだが、その前に一人加えることになった。
リンザだ。
赤い髪に赤銅色の肌の南国系美女は早朝から馬をかけてここにやって来て、警護の騎士と悶着を起こしていた。
俺がもう少し早く出発していたら、すれ違っていたことだろう。
「リンザ? どうした?」
「主様!」
俺に声をかけられて彼女は騎士たちを押しのけて近づいて来た。
その嬉しそうな顔を見ていると、「やっぱりこれはやれるんじゃね?」と思ってしまうのだが、どうなのだろうか?
「荷物の運び出しは終わりましたので、後のことは秘書官殿と他の者に任せてわたしは主様の警護に参りました」
「ふうん」
短期間であのでかい屋敷から荷物を全部撤去できたのか。
さすが狂戦士たち、戦場以外でも体力だけは無尽蔵ってことか?
「それと、秘書官殿から、目を離しすぎてもダメだとも言われまして」
「うん?」
「放っておくとホウレンソウなしで好き勝手に動き回るから目付役が必要だとも」
ホウレンソウというのは報告、連絡、相談の略である。
うーん、前回の竜の国行きのときは連絡を怠っただろうか?
ただ、確かに今回はなにも言わずにスペンザに行こうとしていたのは事実だ。
そして、状況次第ではなにも考えずに国外とか行っていたかもしれないのは否定できない。
ラナンシェはそんな俺の性格を読んだってことなのだろう。
「……有能な秘書がいるとたすかるねぇ」
「そういうわけで、お供いたします」
「へいへい」
そんなわけでリンザを伴ってスペンザに向かった。
改めてノアールを紹介したあ。生きた武器という存在に加え、馬に変化したことに驚かれるという、おそらくこれからも新しい人と知り合う度に続きそうなことを行った後、馬で駆けて昼前にスペンザに到着する。
リンザの馬にはノアールの速度に追いつけるよう、魔法で強化しておいた。
そんな強化馬の速度にも危なげなく対応して見せたリンザはなかなかやる。
武器とか揃えてちょっと鍛えればハラスト並になるかもしれんね。
人材ってのは隠れているものなんだなと思いつつスペンザの門を潜り、彼女の馬を預けてから冒険者ギルドに向かった。
「依頼を見に来られたのですか?」
「いや、知人の顔を見に」
だが、面白い依頼があれば受けてもいい。
要は暇潰しでやって来たのだから。
「ガルバーズ様もアドノンの街でよくそんなことをしていました」
「へぇ……」
アドノンの街は王都タランズの西、ランザーラ王国に近い街であり、タラリリカ王国に三つある冒険者ギルドが置かれた街の一つでもある。
「とことん西側の問題が好きだったんだな」
ダンゲイン伯爵領は東西に延びたタラリリカ王国領内において、ほぼ真ん中の王都スペンザに近い位置にある。
それなのにアドノンの街にだけ出入りしていたということは西側を自身の活動の主舞台と定めていたということだ。
「そうですね」
思い出に浸ったリンザを従え、俺は冒険者ギルドに入る。
「あ、兄貴!」
「バカ、隠れろ!」
入ってすぐにセリとキファの二人組を見つける。
「肉オア肉だ、忘れるなよ」
「うぐぅ!」
「兄貴きついっす」
こそこそと隠れようとしていたところに声をかける。
肉(食料)オア肉(性欲)でしか、前回の貸しは帳消しにならないってことだ。
正確に意味が伝わったようでなによりだ。
「ていうか一緒にいるの姫じゃないぞ」
「畜生、また新しい美人を」
「そういえば貴族になったんじゃないのか?」
「いっそ死なねぇかな」
ギルドのロビーでぐだっている冒険者たちにそんなことを言われながら、俺は受付へと向かう。
そこにはこちらを見るテテフィの姿があった。
「よう」
「おかえりなさい。……で、いいの?」
「うーん、難しい」
テテフィの問いに俺は答えを濁すしかない。
「細かい話しはまた夜でいいか?」
「ええ。……それで、そちらの二人は?」
そういえば、リンザだけでなくノアールも人型だな。
「……仲間だな。こっちも説明するよ」
「はい」
その後の沈黙が怖かったので俺は依頼札も見ずに退散してしまった。
「不思議ですね」
冒険者ギルドを出て、リンザの宿泊先なんかを探す。
ノアールが呟いたのはリンザが宿屋に荷物を預けたりしているときだ。
「なにが?」
「テテフィさんの件です。マスターの嗜好からしたらああいう硬い女性は好みではないはずです」
「うーむ」
否定はできん。
「それなのにわざわざ会いに来られるのは、テテフィさんを気に入られているからですか?」
「むう」
その疑問には唸ることでしか答えられない。
テテフィは美人でまじめで人当たりが良い、まさしく好感の持てる人物だ。タラリリカ王国に流れてくることになった理由でもあるし、ある意味で運命共同体的な感覚があるのも事実だ。
ラーナとは違う意味で執着があることも認めよう。
とはいえここに来てからはお互いの道は分かれつつあるのも事実だ。
彼女は冒険者ギルドの受付となり、俺は冒険者となった。
そして俺の活動は冒険者から外へ出ようとしている。貴族となり、国対国の争いに顔を突っ込もうとしている。
いや、すでに突っ込んでいる。
そんな俺が、彼女とどんな話をするのか?
ただの近況の報告だけか?
付いてきてくれとでも言うつもりか?
「うーん」
「なにを悩んでおられるのですか?」
宿屋の前で考え込んでいるとリンザが戻ってきた。
急いで戻ってきたのか、少し顔が赤くなっている。
「……ところでリンザ」
「はい?」
「これからやらせてくれって言ったら、オーケーか?」
「はぁぇぇぇぇぇぇっ!!」
俺の突然の質問に素っ頓狂な声を上げたリンザはその場で顔を真っ赤にして身悶えし……。
「わ、わたしなどでよろしければ」
と半ば顔を隠しながら答えたのだった。
そんな彼女を見ながら、俺はまた首を傾げる。
他の女に言うのはこんなにも簡単なのにな……と。
そして心密かに、「やったぜ」と拳を握った。
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