190 放蕩伯爵 10
狂戦士どもを全員動けなくしてやった結果、一階部分は人が住めない状態になってしまった。
「このままだと上が崩れるのも時間の問題ですぜ」
俺にそう言ったのは大工だ。
ラナンシェが見つけて連れてきてくれたのだ。
「んじゃ、全部直してくれ」
「けっこうしますぜ」
「かまわんよ」
俺は大工に金の入った革袋を渡す。
「足りなくなったらそっちの秘書に言ってくれ、ただし彼女は俺より細かいからな」
「へ、へい」
大工との話はそんな感じで終わり、俺は屋敷の中から無事なものを引っ張り出している狂戦士たちを見る。
二回ほど身動きが取れないぐらい痛い目にあわせてようやく、こいつらは俺を主人だと認めたようだ。
拳骨交渉で部下を掌握しないといけないとか……。
「貴族って大変だなぁ」
「こんなやり方はあなただけよ」
俺のため息にラナンシェのツッコミは冷たい。
「町への賠償もあるのに、本当にお金は大丈夫なの?」
「ああ、とりあえずこいつでなんとかしてくれ」
と、新たに出した革袋をラナンシェに渡す。
こいつらの目を盗んで無限保管庫から引っ張り出しておいたのだ。
大工に渡したものよりもずっしり重いそれに彼女は目を剥いた。
「どうしてこんな大金……」
「足りるだろ?」
「え、ええ……」
「後は、この領地の色々を掌握するのも任して良いか?」
「そうね。とりあえずは財務とか色々調べないといけないけど……人を雇っても?」
「任せるよ」
「わかったわ」
仕事ができたのがうれしいのか、ラナンシェは領役所へと向かっていった。
しかし俺はやることがない。
とりあえずは荷物の搬出作業を続ける狂戦士たちを監督するしかない。
これらの荷物は屋敷の修復が終わるまで、現在使用していなかった別棟に保管されることになる。
しかし、これだけ壊れていたらいっそのこと全部建て直す方が楽かもしれないな。
だとすると俺の趣味なんかを反映させた方が良いのか?
ここに来てやようやく、俺はこの屋敷が俺の物になったのだと改めて思い至った。
目の前にある屋敷は王都で寝泊まりしたことのある館よりもでかい。ざっとだが二棟分ぐらいはある。
土地のあまっている田舎ならでは、という部分もあるだろうが、それ以上にじいさんはここに部下の狂戦士たちを住まわせていたからだろう。
庭は庭園として飾られることなく、訓練場となって踏み荒らされている。
馬小屋とその中にいる馬の数も、貴族の趣味というのは大きすぎるし多すぎる。
こんな場所を俺の趣味に合わせて改造する?
「……思いつかんなぁ」
所詮は庶民か。
それとも建築に興味が無いだけか。
このままでいいだろうという結論にすぐ至った。
いや、もうちょっと機能的に、砦っぽくするか?
考えるのはそれぐらいだ。
「さて……」
とりあえず、いままで見ない感じないことにして放置していたのだが、俺は視線を下に向ける。
そこには俺の腰に後ろから抱きついたまま微動だにしないノアールの姿があった。
その位置だと、彼女の顔が俺の尻なんだがな。
「迂闊に屁がこけないんだが?」
「むうむう」
ノアールはさらにおれの尻に顔を押しつけて拒む。
「やめてくれ、尻をちゃんと拭いたかどうか不安になる」
「なんでそういう下品なことばっかり言うんですか!?」
ようやく顔を上げたので俺はほっとした。
「むしろお前がそういうことする方が反応に困るんだが?」
なんでそんなむくれた子供みたいなことをしてるんだか。
「だって、マスターが怖いことを言うからじゃないですか」
「怖い?」
俺、なんか言ったか?
「武器なんて壊れるものだって!」
「ああっ!」
言ったな。
うじうじリンザに発破をかけるときにそんなことを言った。
「事実だろう?」
「わたしは壊れませんから!」
「まぁ、お前は他よりも丈夫だろうな」
「壊れません!」
「へいへい」
別に武器に限った話ではない。諸行無常の例えで言っただけなので別にそれはいい。
とりあえず、むくれているノアールの頭をぐしゃぐしゃに掻き回していたらそれを嫌がって剣の姿に戻った。
よし、作戦成功。
素早く腰に吊るして一安心。
「あの……」
そこにリンザがやってきた。
「これをあなたに」
「うん?」
彼女は手にしていた分厚い本を俺に渡してきた。
「これは?」
「ガルバーズ様がわたしたちを鍛えるときに持っていた本よ。これにはダンゲイン家の秘密があるって」
「ふうん」
「あなたが伯爵家を継いだのなら、これはあなたのものだわ」
「自分の物にしないのか?」
分厚いその本を振ってリンザに示すが、彼女は首を振った。
「興味はあるけど、まずはあなたに。それが物の道理でしょう?」
「ふうん」
ダンゲイン家の秘密か。
本のタイトルを確認する。
そこには『葉隠』と書かれていた。
若干、魔力を感じるな。
魔道書の類か?
そういえばダンゲイン家が狂戦士の出やすい家系ってのはわかるが、血縁ではない部下まで狂戦士ばかりが集まるってのは確かに異常だな。
秘密というのはそこら辺だろうな。
「あの……」
「うん?」
「それで、わたしたちはどうなるの?」
「どうなるって?」
「こんな暴れ方をしたのは初めてなのガルバーズ様がいなくなって、なんだか抑えが利かなくなってしまって」
「ふむ」
「あなたに打ちのめされて落ち着いたけど、これからはどうなるか」
「それは、とりあえず大丈夫じゃないか?」
「え?」
「たぶん、落ち着いたのは俺がぶん殴ったからじゃないだろ」
原因はリンザが昇華を受け入れ《狂戦士》が《侍》となったからだろう。
「じいさんも狂戦士から昇華したなにかを持っていたみたいだしな。そうだろ?」
「え? ええ……なにかは聞いていないけど。ダンゲイン家の秘密だって」
「ってことは狂戦士から昇華した称号を持つ者は、狂戦士を統率することができるんじゃないか?」
そこら辺のことがこの本に書かれているのだろう。
特定の称号を手に入れるための本。
剣を志す者たちが自らの技を書に記し、弟子や同じ門下の者にそれを伝える……それと同じと考えれば、これは魔道書ではなく秘伝書ということになるが。
「さてさて、なにが書かれているのやら」
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