186 放蕩伯爵 6
前ダンゲイン伯爵。
ガルバーズ・ダンゲインは戦い好きが高じて《狂戦士》という称号を手に入れた。
しかしこれはダンゲイン家の人間には珍しくない称号なのだという。
もとより武勲一途な家系だったダンゲイン家の人間は戦闘に関する称号を多く手にしていたのだが、《狂戦士》の称号はそれらが組み合わさった結果のようにこの家の血筋の者の元に頻繁にもたらされる。
そしてさらに不思議なことに、彼らダンゲイン家の者に教授された人々の中にも、《狂戦士》を得る者が現われるのだという。
眼前の戦いに極大の集中力を持って望む狂戦士たちは、一局面においてはまさしく最強の破壊力を有するのだが、外側に意識を向けることができなかったり、一度戦い始めれば状況が終了するまで戦いを止めることができないという、危うい面を持つ。
そんな尖りすぎた狂戦士たちをガルバーズ・ダンゲインのじいさんは率い、タラリリカの国境維持に務めた猛将だったのだそうだ。
その狂戦士団も今回の西部国境防衛戦の前には百名いたのだそうだが、戦いが終わった現在は三十名前後にまで減少した。
しかも団長であるじいさんは討ち死に。
戦争そのものは勝利で終わっているのだが、気分的には敗戦だ。
だからなのか、彼らは大いに荒れているのだそうだ。
「迷惑な話だな」
それだけの過激な戦いを経験できたのなら、じいさんも討ち死んで大満足だったろうに。
下の連中は満足できなかったらしい。
ルニルアーラの話を聞き、俺はさっそくラナンシェと共にダンゲイン伯爵領の中心地であるゲインの町に向かった。
冒険者としての俺がいたスペンザや王都タランズに比べればはるかに小さなその町は、静まりかえっていた。
「あんたら、なんの用だい?」
背の低い石造りの門の前にはやる気のない門番が一人だけ立っていた。
普段からこうではないというのはその身なりの清潔さでわかる。
じいさんが死んだ哀しみが彼らからやる気を奪っているのだ。
「受け取りに来たんだよ」
「はっ? 受け取り?」
俺の返事に門番が首を傾げる。
だが、馬を下りたラナンシェが門番に示したのはルニルアーラの署名がされた公式文書と彼女の言葉を聞いて仰天することになる。
「こちらの方はアストルナーク・ダンゲイン伯爵。前ダンゲイン伯爵、ガルバーズ・ダンゲインの遺志によりその後を継承された方です」
「なっ!?」
「門番の方は他にはいらっしゃらないのですか?」
「いや……もう少ししたら交代が……でも来るかどうか」
「哀しみに浸るのも必要ですが、仕事に支障をきたせばより多くの方が不幸になりますよ?」
「は、はい」
「ダンゲイン邸はこの道の先でいいのですか?」
「あ、はい。あそこに見えている塔のあるお屋敷がそうですが……ですがいまは」
「わかってる」
門番がなにを言いたいのかはわかっている。
ラナンシェに任せたままなのもなんなので、俺が口を開く。
「そいつらに拳骨喰らわせるために急いできたんだからな」
「へ?」
間の抜けた声を出す門番に笑いかけ、俺は門を潜った。
町の中に入っても静まりかえった空気は変わらない。
「静かだな」
「こういう町は周辺の農村からの納税品を収集するという役割が主だからタランズやスペンザのような賑わいは望めないわ。でも……」
「ああ、それだけじゃない」
馬を下りて進む俺たちを何人もが窓の隙間から様子を窺っている。
じいさんが死んで哀しんでいるから……というわけではないだろう。
それはあちこちにある破壊痕が示している。
荷馬車は荷物ごと道の真ん中に散乱し、酒場らしき建物の壁には大きな穴が開いている。
他にもそこら中の家や道が壊されている。
「これ全部、あいつらがやってるのか?」
「報告ではそういうことになっているようよ」
「……なんか、じいさんの人柄からは想像できんな」
「ガルバーズ様のお人柄でまとまっていたってことではないかしら?」
「ああ……じいさん人たらしなところがあったからなぁ」
「…………」
「どうした?」
「いえ……聞いた話だと、あなたはガルバーズ様に一度しかお目にかかったことがないと聞いているのだけど?」
「ああ、そうだぜ」
「……助言になるかわからないけど、彼らの前でガルバーズ様のことを語るのは止めた方がいいかもしれないわね」
「そうか?」
「そうよ」
「つまり、このネタであいつらを煽れるってことだな?」
「……そういうの本当に止めて」
「わかったわかった」
そうだよな。
狂戦士団の連中は長くあのじいさんに仕えてきたんだ。
あの人たらしじいさんに心酔していることだろう。
そんな連中相手にじいさんのことを知ったかぶって語ったら、きっとキレるな。
ラナンシェには誤魔化したが、こいつはいざというときの煽るネタで使えそうだ。
そんなことを考えながら俺は半壊した酒場らしきものを眺めた。
††††††
西部国境線におけるランザーラ正規軍との戦いは順調に推移していたはずだった。
つまり、いつもの勝利に向かっていた……ということだ。
ランザーラ王国との国境線の争いははるか昔からあった。
これはタラリリカ王国建国の頃から続く古い因縁が起因となっているが、地勢的にランザーラは北はグレンザ大山脈に南は多数の山地によって拡大を阻まれている。さらに西側は凍土とそれを越えれば砂漠という『困難の地』と呼ばれる一帯が存在する。
ランザーラ王国が拡大しようと思えば多数の山地に点在する都市国家群かタラリリカ王国と戦うしかない。
ただ、都市国家群はお互いに仲が悪く小競り合いも絶えないくせに、外部からの圧力には結束して対応するという姿勢を見せ、ランザーラ王国一国では対処しきれない。
そういうわけでかの国が拡大欲を満たすべき相手はタラリリカ王国しかない。
この点に関してはタラリリカ王国もそう変わらないのだが、こちらは世界でも有数の実力者を揃えた戦士団を擁しながらも内政の充実を目指し外への欲は見せなかった。
故にダンゲイン伯爵率いる狂戦士団の戦いへの欲求もまたランザーラ王国を相手に解消され続けた。
戦士団に起用されなかったのはその柔軟性のなさを危険と見なされたからだ。
しかし、狂戦士の強さは本物だ。
ダンゲイン狂戦士団の名はランザーラでは恐怖の名で知られ、多くの騎士や兵士たちが彼らの突撃の前に葬られていった。
だから今回もそうなる。
リンザ・ミュンヒはそう無邪気に信じていた。
「ガルバーズ様……」
そう呟くリンザは赤髪と赤銅色の肌を持つ女性だ。
元は南方からの行商人一家の子供だったのだが、商売の失敗からタラリリカで一家が離散、突如一人で世間に投げ出されたところをガルバーズに拾われた。
ガルバーズも子供を戦士として鍛える気などはなかった。
ただ死んだ兵士の子供を預かる施設を運営しているのでそこに預けるつもりだっただけである。
しかしリンザは父たちの失敗から商売などによる普通の生活を恐れ、また弱いままではまたあんな目に会うという思いから戦い方を学ぶようになる。
そうしていく内に《狂戦士》として目覚めた。
「どうして……お亡くなりに」
いま、リンザはガルバーズの寝室で一人、敬愛する老人が使用していた枕を抱いて涙に暮れていた。
すでに使用人たちは屋敷にはなく、生き残った狂戦士たち三十人が占拠している。
狂戦士たちにとってガルバーズは自らを見出し、鍛え、導いてきた指標の如き存在だ。
彼がいたからこそ狂戦士の本性を抑えることができた。
だがいま、彼らを制御できるものはいない。
抑えることのできない破壊衝動に苦しみ、酒と喧嘩に逃げ出しているのが彼らの現状だ。
だが、リンザはそのことに興味が無かった。
「わたしは一体……どうしたら?」
自らに宿る《狂戦士》の称号がその身をなにかに駆り立てる。
だがそれは他の連中のような単純な破壊衝動ではない。
なにかが変わろうとしている。
その変化にリンザは動揺していた。
「嫌です。ガルバーズ様。わたしは変わりたくありません」
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