185 放蕩伯爵 5
戻ってきたルニルアーラはハラスト以外に何人かの文官を連れてきた。
「この方々は?」
まじめに貴族ルナークを継続中なのにルニルアーラには変な顔をされた。
もしかして、笑うのを我慢したか?
「例の件はまた後で。こちらの者たちがあなたでなければ片付けられない案件があると」
ルニルアーラの言葉で、この文官たちは隠れ家について知る権限がないのだとわかった。
俺も頭を切り換えて頷くと彼らを改めて見る。
「わたしになにか用だと?」
「はい。ダンゲイン伯爵家を継ぐに当たっての片付けておかなければならない事務的な手続きと、一件、ご相談が」
「ふむ? 了解した。とりあえず事務的な方を先に」
「あ。いえ……先に相談の方を」
「わかった。それで?」
「実は、お名前の件で?」
「名前?」
「はい。あの……大変申し訳ないのですが、ルナーク様のそのお名前は、姫様がその……性別をお隠しになっていた頃のお名前と一緒でして……」
「ああ……」
なんだまたそれかと俺は内心で呆れた。
戦神の試練場に隠された地獄ルートから無事に生還し、このままアストの名前で活動するのは抵抗があったからと現地で見つけたのがルナークという青年の身分だったんだが……。
そのおかげで貴族冒険者のケインたちに目を付けられ、ルニルアーラと知り合うきっかけとなり、巡り巡ってこうして貴族になろうとしている。
まったく縁の強すぎる名前だ。
まぁ……おかげで大要塞に行けたりラーナと再会できたりしたのだから、決して悪い名前ではないと思う。
それで、今回はどんな問題を持って来たのやら?
「そのお名前のままで伯爵位を継がれるとなると、いろいろとあらぬ噂が立ってしまうのではないかと」
「あらぬ噂?」
「それは……」
文官たちが言いにくそうに舌を空転させている。俺がハラストを見ると、「はいはい僕の出番ですね」と言わんばかりの苦笑をして口を開いた。
「考えられる幾つかをあげてみましょうか?」
「ああ」
「そうですね……実はルナーク王子は実在し、人知れぬ政変によって伯爵位に落とされたとか」
「他には?」
「あなたが長年、影武者として活動し、その恩賞として伯爵位を戴く。これは美談になりますかね」
「事実とは違う……いや、違わないか?」
「影武者をしたのは一度だけなのでしょう?」
「一度でも事実だしなぁ。美談ならいいんじゃね?」
「あなたがルナークという名前であるだけで、あなたを王に担ぎ上げようという勢力が近づいて来ることもありますが?」
「ああ……それはめんどうだな」
「あなたがそれでいいのなら、むしろ反対勢力を引き寄せる餌になるのですが」
嫌なこった。
「わかったわかった。改名すればいいんだな?」
「そうですね。それが賢明です」
「で、なにか候補とかあるのか?」
俺の言葉に皆が首を傾げる。
「変な名前でなければ別に問題ないのではないですかね?」
ハラストの言葉にルニルアーラも頷く。
「そうですね。あなたは元々国外の方ですし、タラリリカ王国で馴染みのある名前である必要もないでしょう」
「なんでも良いって言われると……困りますね」
いっそ、アストに戻るか?
「うーん」
アスト・ダンゲイン?
「我が本名ながら庶民臭いよなぁ」
俺の呟きに文官たちが作り笑いのまま固まっている。
ああ、こいつらは俺が勇者アストだってのも知らないのか。
ちらりとルニルアーラを見ると微妙な笑みのままだ。
「これは、わたしの判断で決めてもいいと?」
「もちろん」
うーん。
どうせなら、ダンゲインって家名に負けない名前がいいよな。
アスト・ダンゲイン。
ルナーク・ダンゲイン。
アスト……ルナーク……ダンゲイン?
「アストルナーク・ダンゲイン」
「あら、いいんじゃないですか?」
「ええ」
俺の呟きにルニルアーラとハラストが好感触を示した。
名前を合わせただけなんだがな……。
予想外の反応に俺の方が戸惑ってしまった。
「では、アストルナーク様ということでよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……」
文官はすぐに終わってほっとした雰囲気しかない。
「……まっ、この名前なら昔の名前で呼ばれてもすぐに気付くよな」
「そうですね。良い名前です」
ハラストが手放しに褒めるのがなんだかうさんくさい。
俺は沈黙を保つラナンシェを見てみたが、彼女は「お好きなように」と答えて肩をすくめた。
「ただ、アストルナークって名前は良いと思いますよ」
「……そりゃどうも」
ラナンシェが言葉遣いを改めて言うものだから、なんだか気恥ずかしくなった。
それから文官が持って来た書類に一通り書き込むと彼らはほっとした顔で部屋を出ていった。
「おめでとう。これであなたは今日からダンゲイン伯爵よ」
「あ? そうなのか?」
「ええ。正式な発表はわたしの戴冠の後にさせてもらうけれど」
「そういうのはいつだってかまわないぜ」
ほっとして言葉遣いが戻ってしまった。
「いつでもかまいませんよ、姫」
「無理しない程度に気をつけて」
ルニルアーラの苦笑からは堅さが抜けている。
「……やっとマシな笑い方をするようになったな」
「え?」
「いいことだよな」
「え? ええ……ありがとう」
文官がいなくなったところで隠れ家に入るための物品……鍵作りを再開した。
ルニルアーラも鍵という連想にいきついていたらしく、持って来たのは古い鍵だった。
もとは宝物庫にある宝箱に使われていた鍵だったのだが、本体である箱が古くなって廃棄されたとき、子供だったルニルアーラが鍵だけをもらったのだという。
それが三本。
たしかに、宝石が埋め込まれ装飾が彫り込まれていたりして価値がありそうな感じだ。
それに紋章を打ち込んで完成だ。
「今度実験してみると良い」
と言って彼女に返し、そのついでにラナンシェのことを話す。
「あら、それならちょうどいいかもしれないわ」
一転して、ルニルアーラのその笑いは好感が持てるものではなくなった。
「実は、できればいますぐにダンゲイン伯爵の本邸に行って欲しかったの」
「なんで?」
「狂戦士団が暴れているという報告が来ていて……」
「狂戦士団?」
これはまた、常識を疑いそうな名前が出てきたものだ。
よろしければ評価・ブックマーク登録をおねがいします。




