183 放蕩伯爵 3
それから一晩、ラーナと色々と話をした後、ドワーフ式の朝食を食べて帰っていった。
ドワーフ式の朝食というのは分厚いハムを揚げた物にチーズとゆで卵と粒辛子を混ぜたソースをたっぷり塗り、気持ちばかりの葉物を添えて硬いパンに挟むという、朝から口を動かして目を覚まさせ、さらに体力を付けさせることを目的とした活力食だった。
朝から胃に重すぎる料理にエルフ連中は嫌な顔を隠さない。
ラーナならいけるかと思ったが手も付けずに素知らぬ顔でお茶だけ飲んでいた。
俺は美味しく食べられた。
「これに黒エールで完璧だ。飲まんのか?」
「朝から酒はいらん」
ドワーフの酒好きは人間と比べてはいかんなとしみじみ思う。酒精を分解する能力が違うのだろう。
「それにしても、今回はなにしに来たんだ?」
「様子を見に来ただけよ」
いまさらながらの質問にラーナはあっさりとそう答えた。
どうやら騒動の最中に一度、こっちに来て俺の書き置きを見ていたらしい。
それで連絡が通じるようになったかどうか定期的に確かめようとしていたら俺たちがいたということらしい。
「ゾ・ウーが城に来てたから誘ってみたらこんなことになったんだけど」
「……まっ、いずれはこういうことになったんだろうから早いか遅いかってだけだろ」
それで昨夜の不毛な話し合いはどうなったかというと……。
「たしかに今後、ノアールがどういう成長をするのかは気になる。そしてそれができるのは陛下と同じ力を持つお前だけだろう。だから貸してやる」
「へいへい」
「だがっ! 決して! 嫁入りを認めたわけじゃないからな!」
「食いカス散らすなよ」
そんなわけで、ゾ・ウーは性癖に疑惑を残して去っていくこととなった。
「はぁ……騒がしい夜だったな」
ラーナたちが去ったのを確認して呟くと、ノアールに睨まれた。
「騒がしかったのはわたしだけです。マスターはお楽しみだったじゃないですか」
「それはしかたがない。ラーナと会える機会は限られてるからな」
「はぁ……覗きたかったのに」
「ラーナの許可が出るかはわからんなぁ」
……いや、魔族領にいたときには近くに侍女がいても気にせずしてたな。
見られても大丈夫かもしれない。
しかし、ノアールのこの好奇心は武器として大丈夫なのだろうか?
そんな心配も昼までにはすっかり忘れ、隠れ家の防衛ダンジョン造りに集中していた。
とりあえず注意するべきなのは転移装置を使われた場合、それを知る術……あの鈴の音だ。あれでは家の中に誰かがいないと到着がわからない。
防衛策に関しては正規手段以外で入ろうとする者を出口のないダンジョンへ転移させるようにした。
中に配置する魔物や罠を殺しにかかる奴らばかりにするか、それとも捕獲重視にするかは要相談だ。
ダンジョンの範囲そのものは隠れ家だけでなく、その周辺の草原も含んでいる。
以前に入った植物公園と呼ばれていたダンジョンを参考にした。
ダンジョンと言えば地下とか密閉しているとかいうイメージだが、植物公園のように気が付けばダンジョンの中にいるというのは罠としては上出来だろう。
それに、草原の中なら監視用に野ねずみとかウサギに近い姿の魔物かを放っておける。
後は警護用の魔物をどうするかだな。常駐にするか、それとも非常用にするか。
常にいると警護に派遣されている連中の心証も悪いだろうしな。
ただ、いざとなればそいつらの矜持より結果なので、とりあえず潜伏して襲いかかる魔物は幾つか選んでおこう。
「……こんなところかな?」
考える余地はまだあると思うが考えすぎていてもいつまでも終わらない。
この辺りが潮時だろう。
となれば確認すべきことを確認して最後の仕上げだ。
「タランズに行くぞ」
「はい、マスター」
ノアールが素直に従って立ち上がる。
イルヴァンはどうせ影の中だ。
隠れ家を出るとノアールの変化した馬で王都タランズへと向かう。
到着したのは夜だった。
ぎりぎりで王都に入ることはできたが城の門は閉じてしまっていた。
しかたがないので目に入った宿で部屋を借り、馬から剣となったノアールを腰に吊るして食事ができる店を探しに行く。
少女を夜中に連れ回していると衛士に止められるからな。
ノアールも部屋に置いて行かれるぐらいならばと大人しく剣になっている。
この時点で遅めの時間となっていた。
冒険者の宿付近なら夜遅くまでやっている店があったはずだし、いざとなれば以前に白雪牛を食べた店に行くのもいい。
そんなことを考えていると開いている店を見つけた。
酒がメイン店のようだが気にすることなく料理を頼み、酒を呑みながら待つ。
出てきたのは干し肉を炙った物と野菜の酢漬けだったが、こんな店ならこんなものだろう。
口内に強く残る干し肉の塩を酒で流し、店内の様子を見る。
この辺りは冒険者ギルドのある区画に近いためか、あまりお行儀のよさそうな者はいない。
元より冒険者とならず者の違いはあまりない。
そのため、冒険者ギルドのある区画は治安の良くない場所に作られる場合が多い。冒険者が一般化し、法整備が整うことで治安が更生していくことが多いのだが、それでも一般市民の冒険者に対する見方は『厄介事を頼む厄介者』という部分が強く含まれている。
装備を脱いでしまえば冒険者とそこらのならず者の違いはあまりない。
はてさてここにいる連中はどっちなのだろうと思いながら店内の喧噪を見物していると、一つの席で目が止まった。
「あれは……」
テーブルを一つ占領して呑んでいる女がいる。
酔いはそれなりに進んでいるのか全身からほどよく力が抜け、その仕種はあだっぽい。
そしてなにより目を引くのは、他を圧する迫力を備えた胸だ。
あんないかん乳の所有者がそんなにたくさんいるはずもない。
「やっぱり、ラナンシェか」
テーブルには他に男がいる。
だが、連れという様子ではない。一人でいるラナンシェを口説こうとしているのだろう。
ラナンシェは酒精の絡んだ目に笑みを浮かべ、そんな男たちに口説かれることを楽しんでいる。
そこがおかしい。
「はて? あんな女だったかな?」
もっと硬い女だと思っていたんだが……。
「まっ、その方が楽しいのは間違いないか」
あまり気にすることなく、俺は自分のグラスを持ってラナンシェのところに向かった。
「よっ!」
軽い感じで話しかけると男たちは邪魔をするなと睨み付け、ラナンシェはさらに笑みを深めて顔を上げ、そして驚いた顔で固まった。
「あん! なんだてめぇ……」
「お前ら邪魔、知り合いだから消えろ、な?」
「……ふざけんなよ」
酒が回ってるからか切れやすくなっている男たちを軽くあしらって挑発する。
宥めるよりは怒らせて気絶させた方が話が早いからな。
しかし、そうなるよりも早くラナンシェが動いた。
「待って! この人は本当にわたしの友達だからな」
「はぁ?」
「ごめんなさい。今夜はこれで呑んでて」
そう言って男たちにコインを握らせると、ラナンシェは俺の腕を引っ張ってそのまま店を出て行った。
「なんだよ? 殴った方が話が早いだろう?」
「衛士が来てわたしたちの身分がバレたらどうするつもりだ?」
「衛士がびびるだけじゃないか?」
「ああそうか、君は……。ああもうっ! とにかくこっちに!」
そのままラナンシェは俺を引っ張っていき、近くにあった建物の中へと引っ張っていった。
広いロビーには何人かの男女がいて、気怠い雰囲気が煙草と酒の匂いとともに沈殿していた。
ラナンシェは慣れた様子で近づいて来た男にコインを握らせると鍵を受け取って階段を上がり、一つの部屋に入った。
ここがなんのための建物か、俺は知っている。
しかしまさか、ラナンシェが……。
「ちょっと見ない間に、変わったなぁ」
「うるさい!」
怒るかと思ったが、違った。
いや、違わないのかもしれないが、行動が予想外だった。
ラナンシェは自分の唇で俺の軽口を封じると、そのままベッドに押し倒したのだ。
馬乗りになった彼女はそのまま服を脱ぐといかん胸を収めた下着姿を露にする。
「いいから、この前みたいなことをして!」
そう言って自分で下着に手をかけるラナンシェを俺は受けて立ったのだった。
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