180 貴族への道 2
その報せを聞いたハラストは全ての考えが抜け落ちた顔をした。
魂が抜けたというべきか。
「おい、落ち着けよ」
思わず、俺がそう言ってしまうぐらいだ。
「な、なにを……」
「そんなこともわからなくなったか? まだ、他の誰かに知られちゃ困ることだろう?」
俺の言葉でようやくその事実に気付いたらしい。
はっと目を剥くと思い切り顔を叩いた。
それだけでいつものハラストに戻っている。
「失礼しました。ですが、急いで戻りましょう。事後処理はここの人たちに任せるとします。その際に例の偽情報の件を漏らしておきます」
「ああ……大魔法の実験ってのか? 任せた」
正直、それに関してはどうでもいいかなと思っている。
とはいえ、すぐに冷静さを取り戻すハラストはたいしたものだ。
俺が砦の外で待っているとハラストはすぐにやって来た。
「ルナークさん、馬は……」
「途中までノアールに乗れ、人目がなくなったら飛んで帰るぞ」
そうしないと馬を途中で放り出すことになるからな。馬なら勝手に帰るかもしれないが、狼や馬泥棒に取られる危険を考えればこれが妥当だろう。
「しかたありません」
ノアールは不承不承という様子で馬の姿となる。男二人が乗ってもまったく問題なさそうな巨馬だ。
「マスター以外を乗せるのは今回だけ、特別ですよ」
「ありがとうございます」
こうしてハラストと二人乗りでしばらく走り、人気の絶えたところで飛翔魔法を使って一気に王都タランズに入った。
ルニルアーラはいまだに城に入っていなかった。
旧王弟派の連中がなにかを仕掛けていないかを調べるのにいまだ時間を取られているらしい。
蜂の巣を突いたような騒ぎになっているかと思ったが、まるで逆だった。
まさしく葬式の如く静まりかえっている。
静まりかえった空気が嫌だったのか、ノアールは剣の姿に戻って俺の腰に収まっている。
ルニルアーラの部屋の前にはニドリナがいた。
「よう、なにしてたんだ?」
「……暗殺者を追いかけていた」
「仕留め損ねたのか?」
「いや、仕留めはした。……だが、やられてからだ」
「……そうか」
背後でハラストが衝動的な怒りに駆られそうになっていたからそれを抑える。
ニドリナに当たったって仕方がないだろうに。
まぁ、こういうのは理屈じゃないんだろうけどな。
「やってくれたよなぁ……」
俺としてはため息しか出ない。
そんな俺の態度が意外だったのか、ニドリナが顔をしかめる。
「なんだよ?」
「わたしを笑わないのか?」
「笑う雰囲気か?」
俺だって空気くらい読めるぞ。
「そうだな、すまない」
「それに……してやられたって意味では俺も同じだ。他人を笑ってる場合じゃないな」
蟲人の理解不能っぷりにやる気が出ないとほざいていなければもっと早く勝負を決めることができただろう。
あるいはさっさとここに戻っていればなにかが変わったかもしれない。
しかし、所詮はもしもの話だ。
選択しなかった行動の是非を問うたところで時間は巻き戻らない。
だから俺は「やってくれたな」とため息を吐くしかできない。
俺とニドリナは冴えない顔でその場に立ち尽くす。
すぐ側のドアはルニルアーラの部屋に続いている。
だけど、そこに入る気にはなれない。
親を殺された娘にどんな顔をすればいいのか思いつかないのだ。
そんな風に俺たちが二の足を踏んでいると、俺たちを追い抜いて兵士がルニルアーラの部屋に駆け込んできた。
しばらく待っているとその兵士が出てきた。
ハラストが彼を止めて何事かと尋ねる。
「西の防衛戦は勝利に終わりました。ただ、ダンゲイン伯爵が的中を突破する活躍の後に討ち死にいたしました」
疲れ切った顔の兵士は感情の抜けた声でそう話すと去っていった。
……じいさんも死ぬかよ。
「やってくれたなぁ……」
ほんとにこの言葉しか出てこない。
「こいつはアレだな」
「うん?」
「いつものノリだけでなんとかするってのは通じないってことだよな」
いままではどんな敵だろうと俺という人間がどんなものかわかっている奴はいなかった。
だが、今回は違った。
魔導王は敵の中に俺がいるとわかった上で動いた。
その結果がこの状況だ。
全ての難局を無事に切り抜けたと思ったところでこの有様だ。
俺がここにいることを選択し続ける限り、常にこの展開は続くということだろう。
だとすれば?
「こうなったら、やってやろうじゃないか」
ようやく踏ん切りが付いた。
俺はルニルアーラのドアに手をかける。
ニドリナもハラストも付いては来なかった。
部屋にはルニルアーラだけだった。
護衛の兵士が壁や天井の向こうに隠れているが、そいつらはいない扱いでいいだろう。
「ルナーク。帰ってきてくれましたね」
「……悪い。下手を打ったみたいだな」
「あなたは勝ったではありませんか」
「だが、してやられた。性格が悪い奴はとことん嫌なことをするってわかってるはずなのにな。あそこで打ち止めだと思ったのが失敗だった」
「あなたのせいではありません。この国には智者は他にもおります。その全てがうまく動けなかった。それが敗因です」
「……その喋り方、もう板に付いたのか?」
「…………」
「俺はお前が情けないことを言ったからって見捨てやしないぜ」
「…………」
「悔しくないのか?」
「悔しいさ!」
ついに爆発して、ルニルアーラは俺を睨んだ。
「なんで父上を殺すんだ! 国力差は十分にあるのに、そんな必要がどこにあるんだ!? 卑怯者どもめ! 卑怯者……ども…………」
目に涙を溜めて叫んだルニルアーラは叫びきれずに声を擦れさせる。
「……わたしがもっと強ければ。誰にも頼る必要がないぐらい、強ければ」
「俺がいるぜ?」
「ああ、そうだな」
泣き笑いの顔には憎悪が見えた気がした。
「そういえば、これでわたしは女王になるわけだ。お前の望み通り、愛人にしてやる。どうだ? これで満足か?」
自棄になっているルニルアーラに俺は首を振る。
「いいや。まだ足りないね」
「なっ」
絶句する彼女に俺は近づき、その腰に手を回した。
「その話をしたときに言ったはずだぜ? 武力なら俺に任せとけってな」
「……ルナーク」
「じいさんが死んだらしいな。養子の件、いまからでも間に合うか?」
「あなた」
「やってやろうじゃないか。魔導王どもを泣かしてやるぞ」
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