173 東方国境決戦 4
ルナークが防壁から飛び出したそのとき、空を殺気が覆ったのを感じた。
見上げればそこには半透明の触手のような物でできあがった球体と、その中心に浮かぶ半眼の一つ目を見た。
「……なっ」
降り注ぐ圧力にハラストは息を呑んだ。
グレンザ大山脈で竜の国という非日常を体験したハラストだが、いまここにある非日常はそれとは明らかに質が違う。
いまここにある空気感が特に違う。
殺意、悪意、憎悪……負の感情が練り込まれた視線が巨大な瞳から戦場に降り注ぐ。
それを見た砦の兵士たちが悲鳴を上げる。
だが、もはや逃げる暇はない。
「来るぞ!」
慄く兵士や冒険者たちにハラストは怒鳴り、剣を抜いた。
「逃げる余裕はないぞ! 戦え」
振り上げた剣に仙気を通す。
その瞬間、剣身に黄金の光が宿り、刃となった。
その眩さが一瞬、兵士たちから恐怖を切り払う。
「勝利の雷は我らにある! 行くぞっ!」
砦の隊長に華を持たせている暇はない。
巨大な瞳に目を奪われている間に、キメラの軍団はすでに砦に接近してしまっているのだ。
ルナークが勇者であるという情報は明かせない以上、これぐらいがギリギリだろう。
防壁に立つハラストにグリフォンとヒポグリフ等の飛行部隊が襲いかかってくる。
ハラストは光刃を纏った剣を構えると、全身に仙気を奔らせる。
【闘仙八方・巽】
ハラストが大きく振るった剣から光刃が外れ、風を纏ってグリフォンたちを薙ぎ払う。
「おおっ……!!」
その光景に兵士たちが目を見張る。
魔法を見慣れているとはいえ、それでもグリフォンたちを一薙ぎで蹴散らすなんていう光景は見られるものではない。
その前に一光の雷撃で一万の蟲人が焼き尽くされているのだが、それはさすがに常識が離れ過ぎていて人の為したことだとは思われていなかった。
なにより、騎士の鎧を着たハラストの見目の良さも効果的に働いた。
そんなわけで、ハラストの活躍は砦で恐怖に震えていた兵士や冒険者たちの心に活力を与えたのだった。
「おお……ハラスト様っ!」
「英雄だ」
「本物の英雄だ!!」
「おお! ハラスト様に続けぇぇ!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」
なんとか兵士たちが戦意を取り戻し、こうして防衛戦は開始されたのだった。
†††††
魔導王の【瞳】はキメラ軍団と砦の攻防戦を見てはいなかった。
それよりもルナークの秘密を探らんという執念が魔力に宿り戦場を睥睨する。
「どこだ!? どこに、ある!?」
魔導王と呼ばれるように、シルヴェリアは魔の聖霊に認められた勇者であった。
魔なのに聖とは相反しているかのようだが、おかしくはない。この場合の『聖』霊とは霊の性質や格を示しているに過ぎないからであり、『魔』という言葉や性質もまた、本来は単純な善悪を指しているわけではないからだ。
世界の法理に干渉するための混沌への道標……この場合の魔聖霊とはそういうものである。
そのためシルヴェリアは勇者の中でも随一の魔法の使い手であった。
昇華した後もその呼び名は魔導王となり、ザンダークにて新たな魔法を生みだし、様々な魔法による防衛策を講じてきた。
魔法において人類領で並ぶ者もなし。
シルヴェリアにはその自負がある。
だが、魔法の道は知の道でもある。
故にいつしか、シルヴェリアは知った。
《勇者》の存在意義を。
その先にあるもののことを。
そしてその中で《王》位とはなにかということを。
自分たちの上に《天》位というものが存在することを。
その《天》位がなにをする者なのかはシルヴェリアにもわかってはいない。
だが、世界各地に残り、いまだにシルヴェリアにも解明できていない古代人のダンジョンが《天》位持つ者たちの所行であるのならば……。
「わたしを拒否した者の謎! なんとしてでも暴いてみせる!」
その執念の視線はついにそれを見つけだした。
防衛戦も始まり、様々な魔法が荒れ狂い出す。
その中で明らかに違う流れを持つ、強い魔力が存在した。
「これは……どこからだ!?」
ルナークと蟲人が争う穴の中へと注ぎ込まれていく魔力の根源を求めて【瞳】の魔法はその目を血走らせる。
やがて、見つけた。
それは砦から立ちのぼる光の柱という形でそこに存在していた。
もちろんそれは誰にでも見えるというものではない。
個人の魔力というものはその存在を感じることはできても、それを色や形として見ようと思えば相手の魔力性質を知っていなければならない。
幸いというべきか、ルナークは以前にザンダークで暴れている。
そのときに彼の魔力性質はぬかりなく調べている。
だからこそ、シルヴェリアはその光景を見ることができた。
光の柱はまるで逆流する滝の如く荒々しく空へと昇っていく。そんな中で一部が飛沫のように空へと散り、ルナークが消えた穴の中へと流れていく。
この魔力がどのようにして湧出しているのかわからないが、この砦に以前から存在していたものではないことは明らかだ。
もしも自然の魔力湧出地点がこんな場所にあれば、シルヴェリアが見逃すはずがない。
これは戦いが始まる前後に出現したもので間違いない。
そしてこれが、ルナークのあの魔法を実現させた要因だろう。
「こんな……ほんのわずかで」
戦っているルナークに注がれているのは、湧出している魔力のほんのわずかだ。
そんなほんのわずかの補強で、あんな魔法が使用できたのか?
それともあの魔力湧出地点にあの魔法を発現させるための魔法陣が仕組まれているのだろうか?
もしそうであるならば、主戦場で魔族と設置し合っていた大魔法の儀式装置をはるか先を行く仕組みが存在していることになる。
「十中八九、古代人の紋章術。だけど……」
シルヴェリアは判断に迷った。
放った密偵の情報では、ダンゲイン伯爵領に建てられた謎の建物で、すでに魔族との接触が行われている恐れがあるとのことだった。
万分の一……とシルヴェリアは思っているが、その微少な確率であの光の柱が魔族のなんらかの技術供与によるもの……という可能性はあるのだ。
実際、主戦場での最後の戦いではルナークの介入がなければ人類領側が史上最大の敗北をする一歩手前だった。
その理由が魔太子や魔王たちの突如としての実力向上によるものだった。
結局、ルナークによって戦場そのものが引っかき回されてしまったため、人類領軍は窮地を脱しただけで魔族軍増強の秘密を持ち帰ることはできなかった。
そしてさらに判断を迷わせたのが、砦で一人勇躍するハラストの姿だ。
キメラを物ともせぬその活躍は、タラリリカ戦士団でさえも見ないほどのものだ。
いままで聞いたことのない騎士の活躍の裏側を詮索し、その秘密が光の柱にあるのではないか? と考えてしまった。
まさか竜と混血の仙気使いがこんなところにいるとは思うはずもなく。
しかし、魔族の秘密技術であろうと古代人の紋章術であろうと、シルヴェリアの知らぬものがそこで力を持って動いている以上、彼女が知的好奇心を抑えることはできない。
「そこに、なにを隠している!?」
シルヴェリアの本体はザンダークの地下にいる。
だがこのとき、彼女の精神は【瞳】の魔法に乗ってその視線にいた。
「みせぇぇぇろぉぉぉぉぉ!!」
知識への、魔導への執念が彼女をそこへ運ぶ。
砦の防壁を貫き、床をすり抜け、彼女を地下へと辿り着かせる。
そこは牢。
地下牢だった。
普段からあまり使われることのないこの場所は手入れも行き届いておらず誇りや蜘蛛の巣に塗れている。
そこに大きな力の源がある。
「これは……」
牢の一つの床に、大きな文字が一つと円を描いて囲むように刻まれた小さな文字の連なりがあった。
「古代人の紋章か」
新しい発見ではないことに少しばかりがっかりしながらも、地下迷宮という形ではない
紋章の連なりを見るのは初めてだ。
「この連なりに意味があるのか? 今度こそ解読してみせる!」
気迫と共にさらに接近をしたところで、その異変は起きた。
爆発したのだ。
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