170 東方国境決戦 1
蟲人どもの増殖が止まらない。
俺の前で作った穴だけでなく、他にも数十の穴ができあがりダンゴムシに近い形の蟲人どもが地上に現われる。
その数はすでに整列しているキメラたちを優に越し、万に届いているかもしれない。
そしていまなお途切れる様子がない。
ハラストとぐだぐだと話し合った次の日である。
砦の防壁からその光景を眺め、俺はただ感心するばかりだ。
「蟲人をあなたに任せるという作戦。机上の空論と化しましたか?」
隣で同じように蟲人どもを観察しているハラストが言う。
その声は冴えない。
さすがにこの数はハラストも予想していなかったのだろう。
「どうかな? 戦端を切って良いっていうならいますぐしかけるが」
「さすがにそれは……」
「だよな。ともあれ、お前さんらは砦を起点に防衛戦寄りで戦ってくれた方が良いな。余波の制御まではさすがにできんぜ」
「その程度の心配しかしていないというのが、心強いですよ」
いまさらのようにため息を吐くハラストのことなど放っておき、おれは蟲人どもの観察を続ける。
ダンゴムシどもはキメラほどではないが統制の取れた動きをしている。
まるで自分の意思などないかのようだ。
魔法で操られているのか、それとも元からそういう生態なのか。
元より人間と虫では共通点が少なすぎて感情の発露など察知できるはずもない。
それならまだキメラたちの方が理解できる。
キメラの多くは四足獣の胴体に異種の頭や翼・爪などの組み合わせが多いが、中には大型の猿の体を基本とし四肢や頭部が別のものと変わっているものもある。
頭には頭、四肢に四肢となっていればまだなんとなく受け入れられないでもないが、四肢と頭部の全てに蛇を移植された猿や、山羊の首の下から五つの右後ろ肢が生えているものなど、さらに頭部や胴体が右と左で違うもの……だけでなく四等分で組み替えられているものなど、機能性を追求していたのかと思えば悪夢的デザインへの偏執性を感じさせるようなものまで色々だ。
「あいつらと間近で戦うぐらいなら、蟲どもと戦っていた方がマシな気がするな。精神的に」
「虫の大群も生理的には勘弁して欲しいですね。どちらにしろ、戦後は精神的な治療が必要な事態になりそうです」
「やだねぇ。軟弱なのは」
「あなたは大丈夫なのですか?」
「……前にな、ムカデみたいな姿で頭が針みたいな虫に刺されてな」
「はぁ?」
「そのまま肉を食い破って体に侵入してくるんだよ。しかも麻痺毒持ちで痛みを感じないんだよな。後一瞬気付くのが遅れて、自分の腹に指を突っ込む勇気が出なかったら心臓を喰われてたな」
あのときのことを思い出せば、ガチガチの重装鎧を着る気はさらに失う。
ていうかもしもそのとき着ていたら、間に合わなかっただろうな。
「……本当に、どんなところで生きてきたんですか?」
「限られたものだけが行ける神の試練だ。わかるか? つまり神の趣味で作られたダンジョンでのことだよ」
その試練場がどこか、俺の経歴を知っていればすぐに推測できるだろう。
そしてハラストはすぐにわかった。
「それは……ラランシアは知っているのですか?」
「いや。そういや話してないな。まぁ話したところでなんともないだろ。全ては戦いだ」
ラランシアならその言葉で全てを片付けてしまうだろう。
ハラストはまだ胃が痛い程度の精神的負荷で済んでいたが、砦の防衛を任されていた兵士や冒険者たちはそれどころではない。
すでに恐慌状態になっている者も多く、冒険者の中には逃げ出す者もいた。
「このままじゃ、出撃を命じる度胸も出てこないだろ。もう俺が出てもいいんじゃないか?」
「そうですね。景気よくなにか大きなことをしてくれれば、兵士たちも勇気が出てくると思うのですが」
「景気よくね……」
色々とあるが、さてどれにしたものか。
「こっちはいつでも良いぜ」
「わかりました。では、指揮官に伝えて来ます」
「あいよ」
そう言って砦の中に入ったハラストだが、すぐに戻ってきた。
「お願いします」
「決断早いな」
その早さに苦笑しつつ、俺は選んでいた魔法を発動させる。
【雷帝】
こいつを使うのも地獄ルート以来か?
まぁ、だいたいは【覇雷】で片が付いていたからな。
そうそう。ラーナとの共闘以来だ。あの巨人は強かったからな。
いま戦えばどうかな?
案外、一人でもいけそうな気がするな。
そんな俺の物思いを閃光と轟音が飾る。
その日の平原は晴れていたはずだが、気が付けば空は厚い曇天となりそして一条の雷が落ちた。
いや、一条と呼ぶにはそれは太すぎた。
柱でも足りないだろう。
それはもう、空が落ちてきたと表現しても過剰ではない。
ゴウッ! バンッ!! ドガーン!!!! でも別に良いんだがそれでは臨場感がない。
結果だけを先に言えば、地上にいた蟲人おおよそ一万はこの一撃で蒸発した。
周辺の地面をすり鉢状の硝子質に変化させ、その外側には爆風以外の被害は届いていないはずだ。
初手から被害を制御できないなんて真似はやれないからな。
きっちりキメラ軍団も残しておいてやったぜ。
「よし、ノアール。きっちり暴れるぞ」
「はい。マスター」
大気に残る轟音の余韻を背に、ノアールからハルバードを受け取る。
地上の蟲人どもを駆逐したが、それで終わりだとは思っていない。
もうわかっている。
地下にはそれ以上の気配が待っている。
「俺の得意属性だと地下はなかなか苦手な部類だが……」
地面に落ちた雷は大地に散って吸収されるのが世の法則だ。
魔法はその法則を歪めることができるが、それとて限界がある。
世界を覆う大地を貫く雷撃というのはなかなか難儀だ。
しかし、そんなことを言いながらもおれはハルバードに雷を這わせる。
【聖霊憑依】
俺の背後に雷聖霊……翼を生やした獅子が現われる。
俺の魔力を喰い、雷を発生させる。
苦手だと口で言いながら、俺はその身を雷で濃く染めていく。
自分の長所に意地になりすぎるのもみっともないが、この組み合わせになにか作為を感じた以上、踏み潰してやりたくもなる。
というわけで踏み潰すことにした。
「覚悟しろよ蟲ども」
俺の宣言と共にすり鉢となっていたところとは別の場所が爆発し、新たな蟲人どもが吐き出されるのだった。
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