161 首都異変 4
俺の条件で呼びだされたのは宮廷魔導士のコルヴァンドという男だった。
神経質そうな目をした男だった。
たしかに性格は悪そうだ。
「なんですか、あなた?」
「ルナークだ」
「……あんたが」
「とりあえず、こっちに来てくれ」
俺の話は聞いているんだろう。目を見張るおっさんの肩を掴んで広間の隅へと移動する。
聞き耳を立てようとする他の連中は追い払う。
どんなに性格悪くても、偉いさんが近くにいたら話せないこともあるからな。
というわけで俺が考えるあれこれを語ると、おっさんも最初は驚いたものの、それは同じことを考える奴が他にいたのかという驚きだったようで、俺としては当たりを引いてうれしい限りだ。
他に漏れないように小声でぼそぼそと意見交換と作戦会議を行う。
「俺が持って来て、あんたが救う。対策班の班長はあんただ。成功すれば功績はでかいし、横取りは誰にもさせない。どうだ?」
「わかった」
ここまで話し合った段階で腹を決めたのだろう。
コルヴァンドはやる気に満ちた目で頷いた。
「よし。なら後は準備にどれだけかかるかだ」
「さすがに人数がいる。人員は宮廷魔導士の連中で事足りるだろうが、それでも一日はいるし、俺の指揮権を認めさせないといけない」
「それはルニルアーラにやらせる。威圧が足りなきゃラランシアも出せば問題ないだろ?」
「たしかに、ラランシア様は怖いな」
「よし」
そうと決まればのんびりもできない。
俺はコルヴァンドを連れてルニルアーラたちのところへと戻ると作戦を伝えた。
俺たちの考えたことに最初は驚き、異を唱える者いはしたが、代案がなければ説得力も足りない。
最終的にはルニルアーラの決定に委ねられ、彼女は首を縦に振ったのだった。
†††††
重い沈黙が支配する。
大山脈に接し、大要塞にも近いタラリリカ王国は古くから戦士の国として栄えてきた。
その国の王が居る城である。
それに相応しいものをと造られた。
だが、武骨を気取って全てを質素にするのはなにかが違う。かといって武威を誇って過剰にきらびやかにするのも不経済だし、空威張りのような寒々しさがある。
そういうわけで、スペンザの中央に座する王城は機能美を優先しつつも、決して質素にはならぬよう最大限に気を使われて設計された。
その城を中心にして広がる街にしてもそうだ。
大山脈を見上げる広大な原野に零から作り上げられた王都スペンザは、厚く高い城壁と、町屋の配置にまで気を使った高い防衛能力と優れた美観の二つを兼ね備えるに至った。
そして、スペンザの美しさを最も楽しめる場所がここだと、ルアンドルは父から教えられた。
その父も、祖父から教えられたと言っていた。
つまり、タラリリカ王は代々、そう教えられてここに立ち、国民や兵士たちの万歳を受け、そして語りかけてきた。
王城のテラスだ。
だがいま、テラスに立つルアンドルの目に映るのは、いまだ黒煙が消えない王城の中庭と、城を囲む兵士たちと、それらを入れさせまいと目を血走らせて怒声を吐く裏切者たちだった。
なにを間違えたのだろうか?
王の命を盾に兵士たちを脅迫する男を見ながら思う。
変化は必要なものだと、長い苦悩の末に決断した。
一人でそうしたわけではない。多くの貴族、多くの家臣、多くの知識人と語り合い、その結論へと至ったのだ。
この国は、人類領は、もはや魔族と戦い続けているだけではだめなのだ。
一つの強大な敵と膠着状態の戦いを続けることで、確かに人類領内部での争いは最小限にとどまり、国家の大きな変動もなく過ごすことができた。
だが、技術開発のほとんどを戦争に振り分け、そしてそれを長期間維持しなければならなくなった時点で、国家としての発展はひどく歪なものとなった。
戦いに関係する武器や戦法や魔法ばかりが発展していき、国力を発展するための多方面の分野で停滞と研究者の人手不足が蔓延している。
労働力はあっても効率的な労働を考える者がいないので、やっていることは百年前からなにも変わっていないという有様だ。
喜びも苦しみも変わらずそこにあり続ければ、それが当たり前と思ってしまうだろう。
だが、戦争という非生産的なことに情熱を注ぎすぎた結果、生産的なことを後回しにし続けて、はたしてどんな未来が待っているのか?
変化こそが当たり前であって、停滞など本来はありえないのではないか?
巨大な城が望まれずにそこに建っているなどあるわけもなく、そして永遠にそこにあり続けるはずもないように。
変化とはこの世界が誕生したときから風や水と共に存在する、日常の重要な一因子であるはずなのだ。
きらびやかな鎧に防寒機能が付与される一方で、その技術が貴族や庶民の服には一切還元されていないという事実を前にしたとき、ルアンドルはそのことに気付いて目の前が真っ暗になった。
だからルアンドルは変化を求めた。
停滞の原因となっている戦争を止めなければならない。
止めることができなくとも、少なくとも我が国だけは抜け出さなければ。
そう考えて行動した。
時間はかかった。ルアンドルに勇気が足りなかったため、それは遅々とした歩みだったが、しかしそれを慎重さの現れであると信じ、歩みを止めることだけはしなかった。
その結果がようやく形になろうとしていた矢先だ。
魔族との……大魔王との接触。
はたしてどんな未来がまっているのか。ルアンドルでさえ想像できない巨大な変化の到来に恐ろしさが勝りもした。
だが、止まるわけにはいかない。
すでに波は起きた。ならばもう、怖じ気づいて足を止めるわけにはいかない。
ああ、しかし……彼ならもっとうまくやるのではなかろうか?
ルナーク。
息子がいたなら与えるつもりだった名とともに現われた青年。
歴代の《勇者》や《王》たちさえも超越する力を持ち、どういうわけか大魔王とも面識を持つという。
その正体は貴族という制度に殺されかけた、庶民出の勇者アスト。
彼がいなければここまで話はうまく進まなかっただろう。
魔族との接触は他国にも警戒されるようになっていた。今回の接触が失敗していれば、王国そのものが地上から消えていたかもしれない。
危ない橋を渡っている王国の危難を救ったのは、間違いなくルナークだ。
彼のおかげで王位継承の問題までも解決してしまった。
「彼はそこにいるのだろうか?」
思わず呟いてしまったが、興奮気味に喚いている公爵は聞こえていなかったようだ。
ルナークならばこの窮地もどうにかしてしまうかもしれない。
だが、できるならば彼にはあの隠れ家で魔族たちを守るための索を完成させて欲しい。
それこそが、この国の未来を守ることにつながるはずなのだから。
「ミバラ公爵よ。聞いておきたいのだが」
「……なんですかな?」
今度の声は届いたようだ。
荒い息を吐きながら公爵が振り返る。
勝利の余裕を顔に貼り付けようとしながらも、その奥には青ざめた緊張感が澱のように溜まっている。
彼もまた危険な綱渡りを続けているのだ。
「そなたはこの国を手に入れて、それでどうしたいのだ?」
「なんですと?」
「人類領と仲直りする算段はしておるのだろうが、その後のことだ? 変節した国など安く見られるに決まっている。崩壊した戦士団同盟を再建するために我が国の戦士団はこき使われ、予算の捻出への負担も大きなものとなるだろう。そなたはそれらに対してどのように立ち回るつもりなのだ? 国王にさせてもらったという恩を盾に奴隷のようにこき使われる未来しか見えてこないが?」
「そ、そのようなことはありませぬ。そもそもっ! 人類領が今回のことに関わっているなど、陛下の勝手な憶測ではありませんか!」
ミバラ公爵が真っ赤な顔をさらに赤くして反論する。
だが、うわずった声では説得力もない。
公爵には公爵でなにか差し迫った理由があるのかもしれないが、それがなにかはわからない。
わからないことが、ルアンドルの失態なのだろう。
「わたしはっ! タラリリカ王国の王位継承における慣習を私欲によって歪めようとしていることに正義心を持って抗議し、是正されるよう行動に移したまでです」
「では、王にはならぬと言うのだな?」
「それは……これから決まることですので、わたしからはなにも言えませんな」
そういうところはちゃんと貴族だ。
「……すでにこのような身だ。なるようにしかならぬのだろうが」
そう言って反論しようとしたときだ。
「いやいや、ナイス時間稼ぎだ。わざとじゃないんだろうが、あんたは天運でも持っているのかい?」
そんな声がいきなり聞こえた。
「はっ!」
そして気が付いたときには、ルアンドルはなぜか天井を見つめ、多くの者たちに見下ろされていたのだった。
「まだ動くなよ。手術中だからな」
皆の必死な形相の中、ルナークの声だけは少し笑っているような気がした。
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