158 首都異変 1
さっきまでの笑顔が全て消えた。
いや、まったく……見事なほどに空気が凍り付いた。
激しいノックに応対した護衛の騎士は外でノックをした人物の話を聞き、そしてそれを姫に伝えた。
氷の気配はドアから騎士、そしてルニルアーラに伝わっていく。
こうなっては全員がただ事ではないことを理解するのは簡単だった。
「どうしましたかの?」
全員が表情を引き締める中、ダンゲイン伯爵だけは少しばかり目元に笑みを隠し持っているような気がした。
じいさんはその長年鍛え上げた嗅覚でより深い予測をしていたのだろう。
その洞察力が感じとったのだ。
血の気の多いことが起こっていると。
「タランズで政変が起こりました」
ルニルアーラの言葉で護衛の騎士たちがざわめく。
だが、やはりというか伯爵は落ち着いている。
「首謀者は?」
「ミバラ公爵です」
「なるほど。王弟派の生き残りでは奴が継承権の最上位だ」
「はい。連中は女性のわたしが王位を継ぐことは王国の慣例に相応しくないと……」
「それぐらいしか立てる名分もないでしょうな。詳しい状況が知りたい。伝令をここにいれても?」
ルニルアーラは少し逡巡して、それから首を振った。
「いえ、みなでここを出ましょう。話を聞いたらすぐに出発します。必要なものは全て外に出してください」
騎士たちにそう指示した後、ルナークは俺を見た。
「ルナーク、助力をお願いできませんか?」
「報酬次第……って言いたいところだが、その交渉は後回しにしといてやる」
「あ、ありがとうございます」
「ここは俺が戻るまで誰も出入りできないようにする。転移陣のところにも置き手紙をしとくとしよう」
「はい」
硬い表情で必死に泣きそうな目を隠しているルニルアーラを見ていると、さすがに俺の意地悪も切れ味が悪くなる。
「ありがとうございます」
ハラストがこっそりと俺にそう言った。
「報酬はもらうって言っただろうが」
長話をしている余裕もないのでおれはそれだけを返して、置き手紙をするために地下へと向かった。
地下に置き手紙をし、少し考えてから寝室にも向かった。
そこには黒号だろう卵がある。
「さて、こいつをどうしたもんかね?」
おれがいない間になにか変化が起きている可能性もあるわけで、その変化が物騒ではない保証はどこにもない。
ここに置いといて、帰ってきたら転移してきたエルフたちと一悶着起こしていた……なんてことはできればない方がいい。
「無限管理庫に放り込んどくのが一番無難か?」
しかし、こいつは金属でもあるが生命体でもあるわけで、無限管理庫に長期間保存しておくと、これまたなにか問題が起きるかもしれない。
「なぁ、お前、どうするよ?」
なんとなく、ノックするように殻を叩いて尋ねる。
と……。
「うん?」
殻の表面で脈打つように光っていた赤い光がノックに反応して波紋を描くや、さらなる変化を起こした。
赤い光がひび割れのような線となり、それが殻全体を覆うや、線に沿って殻が開いた。
果物の皮を放射状に剥いたときのように開かれた中には卵の高さぴったりの少女がいた。
「はっ?」
そんな感想しか出しようがない。
耳を隠すぐらいの長さの黒髪に大きな黒目、そして白い肌。
全裸の少女が感情の乏しい目で俺を見上げている。
「どういうことだ?」
「お待たせしましたマスター」
淡々とした声で少女がそんなことを言う。
「ただいま第三次昇華に成功しました。これより再びお役に立てます」
「……もしかして、黒号か?」
「はい」
いや、もしかしてもなにも黒号の卵から出てきたのだから黒号で間違いないのだろうが……。
「まさか、人型どころか会話までできるようになるとは」
「マスターがいろいろと教えてくれたおかげです」
教えた?
ああ、そういえば人型にさせるようなことは色々したよな。
精霊王を喰わせてみたりもしたし、この間は紋章を使って俺の影武者をさせたりもしたな。
あのときに利用した紋章はクラウド・アーミーズだ。
ニドリナと古代人のダンジョンを巡っているときに見つけた魔物だ。
雲状の魔力気体から様々な人型に変身してその役になりきれるあの魔物の能力は、影武者をさせるには最適だからな。
……ていうことは、こいつも喰らった物の能力を獲得していたりするのかもしれないな。
「どう変わったのかはおいおい説明を聞くとしよう。それよりも急いでる。服は出せるか?」
さすがにその格好では外に出せない。
「おまかせください」
答えるや、花弁のように開いていた卵の殻が形を変え、少女の体を覆うとゴシックな服となった。
「よし、じゃあ行くか」
「はい」
そんなわけで黒号を連れて隠れ家を出て施錠を行う。
すでにこの建物の周辺はダンジョン化が起きている。おれが入り口を閉じてしまえば誰も入ることはできないし、出ることもできない。
まぁ、ラーナがむりやり出ようとすればできないことはないだろうが。
先に出ていたルニルアーラたちは伝令からの話に集中していてこちらを見ていない。
素知らぬ顔でその輪に交ざろうとしたところでハラストがこちらを見、そして黒号に気付いて目を見張った。
続いてルニルアーラも気付く。
「うわぁ……」
「うわぁ……」
二人揃って同じ顔をして同じことを言いやがった。
「おい、そりゃあどういう反応だよ?」
さすがに無視できない態度だ。
「いえ、あなたは女性ならば誰でもいいのだろうとは思っていましたが……」
「……まさかそんな子供まで」
二人の言葉に俺は頭を抱えたくなった。
まさかそんな風に思われていたとは。
「ガキに欲情するほど困ってねぇ」
「え?」
二人にそう言い返したのだが、今度は隣の黒号が無表情に俺を見て来やがった。
おかげで変態を見る目が止まらないぞ。
ゲスやクズに思われるのは別にかまわないが変態と思われるのは嫌だな。
「……おい、どういうつもりだ?」
「この体はお気に召しませんか?」
「……もうちょっと成長したら考えてやろう」
「そうですか」
無表情なんだが、なぜだろう。
少ししょんぼりしたように感じる。
そんな黒号の反応で俺が手を出していないと理解したのだろう。
「こいつは黒号だ」
「は?」
「え?」
俺の説明に二人の思考が止まった。
そういえば、この状態からどうやって武器になるんだろうな?
「とりあえず、剣寄こせ」
「はい」
試しにとそう言ってみると、黒号はなんでもないことのように俺の手に剣を乗せた。
だいたいいつも使っているぐらいの重さと長さの剣だ。
「どうだ? これで信じたか?」
「うわぁ……」
「うわぁ……」
二人……だけでなく他の連中までもが変態を見る目を俺に向けていた。
「なんだよ!?」
と、黒号を振り返って理解した。
剣の質量分だけ黒号の服がなくなり、下着が露になっていたのだ。
下着が見えていてもまるで気にした様子のない黒号に、俺は顔をしかめた。
「使いづらぁ……」
「っ!」
俺の言葉で黒号は明らかにショックを受けていた。
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