157 隠れ家の日常 7
そんな接待あるものかとルニルアーラに怒られた。
すでになんだか懐かしい感じがする男言葉だったが、涙目の顔はもうすっかり女である。
うん、早いところ女王になってもらわなければな。
「……怒る気持ちもわからないではないが」
「なんだ!?」
「さすがに急がないと、死ぬと思うぞ」
「わあああああ!!」
我に返ったルニルアーラに解放してもらい、俺は地面に転がるじいさんのところに向かう。
野次馬をしていた騎士たちが四苦八苦して歪んだ鎧を外し終えたところだった。
肋骨は全部折れて内臓に刺さってるな。それ以外の箇所も骨折多数。脊髄も損傷。三流回復魔法使いなら、命は救えても一生寝たきりもありえるかもしれないな。
近づいて来た俺に向ける騎士たちの目は恐れ半分怒り半分といったところか。
「大丈夫、治る治る」
俺の言葉にハッとした顔になった連中は、きっとラランシアの教育を受けたことがあるのだろう。
【上位回復】
俺の放った回復魔法でじいさんことダンゲイン伯爵が光に包まれる。
老体に急速回復はきついだろうとこっちにした。急ぐ必要もないしな。
「ぐほっ……うっ……儂は?」
それでも意識を戻したのはすぐだった。
「そうか、負けたのか」
噛みしめるように呟くとぼやけていた眼光がすぐに鋭さを取り戻した。
「魔王殺し……いや、ルナークだったの。急速回復は使えんのか?」
「使えるが?」
「やってくれ」
「急ぐ必要もないだろ」
「病気じゃあるまいし。怪我をゆっくりと治されていると落ち着かん。やってくれ」
「知らねぇぞ」
【上位急速回復】
俺の言葉に鼻息を荒くしてそう答えたので、すぐに切り替えた。
「がうっ!」
そして予想通りに悲鳴を上げ……ない。
目を血走らせ、鼻から湯気でも出さんばかり空気を吹きながらも、噛みしめた歯を決して開けることはない。絶対に声を漏らさないという意地を見せた。
「やるなぁ、じいさん」
「この痛みこそが生きている証よ」
伯爵はにやりと笑うとすぐに起き上がった。
痛みの余韻も感じさせないシャンとした様子で立つと、俺を惚れ惚れとした目で見てくる。
止めてくれ、男に惚れられても嬉しくない。
「さすがは魔王殺しよ。まさかここまで圧倒的だとは思わなかったぞ」
「じいさんもたいしたもんだよ。《狂戦士》とか、まさしく正気の沙汰じゃないな」
「そうだろうそうだろう」
褒めたわけじゃないんだが、伯爵は嬉しそうに何度も頷いた。
「気に入った!」
そしていきなり叫ぶ。
「ルナークよ、儂の息子にならんか!?」
「はぁ?」
「この伯爵領を継がんかと言ったんじゃ」
あー……。
なんか、意図がわかった気がする。
ルニルアーラを見ると、彼女は凄い勢いで俺から目を反らした。
おれを貴族にすることをまだ諦めてなかったのか。
「悪いけどじいさん、俺、貴族とかあんまり興味ないんだよな」
もはやただの意地でしかないのかもしれない。貴族に対する不信感はまだあるが、それは庶民だって良い奴も悪い奴もいるっていうぐらいのものだ。
さらにそこに貴族と庶民という階級差の衝突があるからさらにめんどうになる。
そうでなければ、どうしてルニルアーラたちに協力しているのかってことになる。
ニドリナに愚痴を漏らしたこともあるが、かといっていざ貴族になれるとなると二の足を踏んでしまうことも事実だ。
「その話ならもう知っておる」
だが、伯爵はそんなおれの心情をすでに知っているという。
「だがな、よく考えてみよ。お前はこの国の貴族になることでこれ以上無い利点があることを失念しているぞ」
「うん? そんなんあったか?」
「あるとも! わからんか?」
「わからん」
「知りたいか?」
「あるのなら、聞きたいね」
「それはな……」
「ふむふむ」
もったいぶって笑う伯爵に俺は顔を近づける。
「グルンバルン帝国と敵対する大義名分が手に入る、ということじゃ?」
「……どういうことだ?」
「考えてもみよ。いま、人類領会議は新しい敵を欲しがっておる。国々がまとまっておらねば奴らの権力が意味をなさなくなるからだ。そしてその敵意を我がタラリリカに向けようとしておる。この流れを止めるのは難しかろう。少なくとも戦いなしでは止められん」
「そうかもな」
「で、だ。我がタラリリカに接している国はどこだ?」
「ああ……西はランザーラだったかな。で、東が……」
あっ。
おれが理解に達したとわかって、戦い好きなダンゲイン伯爵はにやりと笑った。
「そうだ。グルンバルン帝国だ。そして兵力や物資の集積のしやすさ、さらにザンダークにいる魔導王との連携を考えれば起点となるのはグルンバルン帝国で間違いない。つまり、わかるだろう? お前が伯爵となれば、戦い好きのダンゲイン伯爵の頭領となれば、その戦いの先鋒に立つことに誰も異議を唱えることはできない」
それはつまり……。
「つまりだ。お前は堂々とお前の嫌いな帝国の勇者と対峙ができるということだな」
「……それ、いいかもな」
「だろう?」
「なら、どうだ? いまなら好き放題にしていい空き地も付いてくる。領地経営は王家に委任してしまえば役人を送ってきてくれるぞ」
「……ちょっと考えさせてくれ」
「いいぞいいぞ」
俺の反応に伯爵は上機嫌だ。
「よし、今日は宴会だな。姫様よ。この建物には入っていいのかの? ならば食材を持って来ておるからパーッと行こう」
「伯爵はいいですけど、料理人の方はだめですよ」
「ならば儂が料理しよう」
機嫌の良い高笑いを続けたまま、ぐいぐいと話を進める伯爵にルニルアーラはやられっぱなしのようだ。
そんな感じでダンゲイン伯爵は隠れ家に入るや厨房を確認すると料理を始めた。
その料理がまた美味いのだ。
美食には慣れているだろうルニルアーラでさえ唸っていたぐらいだ。
「心が揺れている様子ですね」
ルニルアーラとダンゲイン伯爵が機嫌良く会話しているのを見ていると、声をかけられた。
ハラストだ。
「いたのかお前!?」
「いましたとも!」
まぁ冗談だ。
ルニルアーラの護衛で大人しくしていたので声をかけられたくないのだろうと放っておいたのだが。
護衛の騎士たちはこの間の会談にもいた連中ばかりだ。
彼らは以前のように硬い表情をしておらず、姫と伯爵の会話を笑顔で聞いている。
俺がぶっ倒したときの周りの反応からもそうだが、あのじいさんは人徳もあるようだ。
「ダンゲイン伯爵は戦場の英雄として騎士たちから尊敬されていますからね。あの方の後継者となれるのは栄誉なことですよ」
「そういうところはどうでもいい」
重要なのはユーリッヒと対立する大義名分が立つということだ。
いまだにあいつの言葉に踊らされているようで気分が悪い部分もあるが、あいつに嫌がらせすることに正統性が生まれるというのは素晴らしいことではないかと思ってしまったのだ。
「あのじいさん、人たらしの才能もあるのかもしれないな」
「……かもしれませんね」
「なにか隠してるか?」
ハラストの態度になにかを感じて尋ねると、彼は苦笑して答えた。
「あなたを説得する術を姫様方は諦めていませんでしたからね。この隠れ家の件も含めて伯爵にそれを相談なさったときに、すぐにあなたの説得を引き受けられていましたよ」
つまり、俺を納得させるものがなにか、すぐに見抜いたってことか。
「たいしたもんだ」
あるいは俺がわかりやすいだけなのか。
「たいした方なのです」
人当たりは良いが、どことなく他人と距離を置きたがっているように感じられるハラストが手放しで伯爵を褒めている。
どうやら人たらしの才能は本物のようだ。
この場の中心となって笑うじいさんを見ていると誰かがドアを激しくノックした。
それはこれから始まる騒動を告げる音だった。
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