156 隠れ家の日常 6
外に出ると、嬉々とした様子のじいさん、ダンゲイン伯爵が付き人に命じて馬車から鎧一式を下ろして着替えている。
野外でお構いなしに服を脱ぐ様は貴族的とは思えない。
なんていうか、野生の熊みたいな雰囲気のあるじいさんだ。
まぁ、本物の熊は不必要な戦いをすることはないだろうが。
「……はぁ」
俺の後ろでルニルアーラがため息を吐いている。
「なんか好きにやられてるな」
「……しかたないんです。この土地を使わせてもらうためですから」
「ここ以外になかったのか?」
「都合の良い土地という意味では」
「まぁ、魔物が多くて利用価値のない土地なんて誰も欲しがらないからな」
「うっ!」
「……戦馬鹿だからって役に立たない土地を押しつけたんだな?」
「ふ、普通はその土地を有効利用する術を見つけるのも領主の役目ですから!」
「それも理屈にあってそうだけどな」
あのじいさんを見る限り先祖も同じ感じなよう気がするし、ルニルアーラの先祖はどうなるかわかってて使えない土地を渡した気がするな。
そしてそのことで子孫が申し訳ない気持ちになっていると。
良い感じに損得が回っている気がする。
「お願いだから殺さないでください。後できれば少しぐらいは華を持たせてもらえたら」
「接待かよ」
後ろめたさは男勝りだったルニルアーラをここまで卑屈にするものなのか?
「そんなのはしない方がよさそうだがね」
ため息を吐きつつ、そういえば黒号が卵になっていたのだと思い出した。ルニルアーラは護身用の短剣しか持っていないし、騎士たちに武器を借りるのもなんだか悪い気がする。
武器を取ってくると偽って隠れ家に戻って無限管理庫に入ると希少級の武器を探し出す。
幅広の剣があったのでそれにする。すぐに名前が思い出せないが、俺の適当整理術によって一纏めにされていたので特殊な能力はないはずだ。切れ味が良いとか、とにかく頑丈とか、そんな程度のものだろう。
その剣を持って建物から出てくると完全武装のじいさんが待ち構えていた。
「そんな軽装でいいのかの?」
「ガチガチに重いのは好みじゃないんだよ」
もちろん動けるんだが、視界が悪くなるし関節の可動部分が制限されるようになるしで俺的にはいいところがない。
その防御力を軽視しているわけではないんだが、まず当たらないようにすることの方に重きを置いていると理解してもらいたい。
「防御は魔法で済ませる方なんだよ」
「なるほど。なら、使っても良いぞ」
「そりゃどうも」
などとやりとりしながらじいさんを観察していたんだが、なかなかのものだと感心している。
転げたら起きられなくなりそうなぐらいにガッチガチの重装鎧なのだが、その動きに変化があるようには思えない。
老体の奥にある筋肉は相当なもののようだ。
手にしているのは大柄な戦斧だ。
しかも二本。
あれを片手で、しかも二刀流をやるってか?
「とんでもないじいさんだな」
「はっは! 褒めてもらえて光栄至極だ。もう始めても良いかな?」
「いつでもどうぞ」
「ではっ!」
そう叫んだじいさんの体から、闘気が発された。
ルニルアーラの護衛で来ていたり、隠れ家警護役で休憩中だったりした騎士たちもざわめく。
闘気というのは、殺気と同じようにただの比喩だ。仙気や魔力のようにそれ自体で戦いの技術を起こすことはできない。
だが、闘気を発し、あるいは闘気を感じることができるというのは優れた戦士の証だろう。
あるいは戦士や剣士たちの特殊技能を行うために必要な要素が闘気にはあるのかもしれないが、可視化された体力という考え方もできるだろう。
つまり、じいさんはこのとき、特殊技能を使ったのだ。
そして使ったのは……。
【不惜身命】
「《狂戦士》か!」
しかも昇華していると見た。
俺の叫びにじいさんがどんな顔をしたのか、それは兜が邪魔でわからないが、答えは重い全身鎧を着た上での飛ぶかのような突撃だ。
二振りの戦斧を翼のように広げたかと思えば、空中で振りかぶり、俺がいた場所に叩きつける。
地面を爆発させたぐらいでは止まらない。
吹き上がる土砂を戦斧の圧力で吹き飛ばして俺を追いかけてくる。
全身鎧のおかげで普段よりも大きく見えるし、人の顔が見えないためにどこか非人間的な恐怖感がある。
「……こんなんが戦場を暴れ回ったら、そりゃ怖いだろうな」
戦斧がでかいから普通に振り回しても地面をかすめる。軌道上の全てを容赦なく破壊する戦闘流儀は確かに《狂戦士》のそれだ。
「たしいたもんだよ」
まともに受けてたら希少級のこの剣も簡単に折れてしまいそうだ。
だからまともに受けないんだけどな。
しかし、避けて避けて避けまくっていたら野次馬をしている騎士だけでなく、ルニルアーラにも被害がいくかもしれない。
そろそろ終わらせる方がいいかな。
とはいえこのじいさんの攻撃……。
【破城】
ほらやっぱり。
動きをきっちり読んで叩き出された技によって俺の剣が破壊された。
名前も思い出してやれないとはいえ希少級だぞ。
もったいないな。
「やるな」
【不惜身命】は《狂戦士》の真骨頂である【狂化】の上位版だろう。戦いしか考えられないようになる代償に身体能力がありえないほど上昇するという効果のはずだ。
だが、《狂戦士》や【狂化】という名前に騙されがちだが、ただの突撃馬鹿になるわけではない。
いや、退却という言葉は消えると言うが、目の前の戦いを疎かにするわけではない。むしろ、眼前の敵を倒すためにありえないほどの集中をした状態……それが《狂戦士》の真髄だろう。
だから、戦場で全体の機微を読むことはできなくとも、一対一の場において機を見逃すということがあるはずもない。
俺が回避を止めて攻勢に出る機を嗅ぎつけて、武器破壊を敢行したというわけだ。
このじいさんは戦い好きの猛者だ。
だが……なっ!
「ぬなっ!?」
まさか俺が、素手で戦斧を掴んでくるとは思わなかったらしい。兜の向こうで驚きの声が上がった。
「ようじいさん! 蹂躙ってやつを見せてやるよ」
「ぬうっ!」
二振りの戦斧の刃を左右の手でそれぞれ掴み、俺はじいさんの手から奪わんと力比べを開始する。
「ぐぐぐ……っ!!」
こらえるとはたいしたもんだが……。
「その程度ではな!」
「ぐうっ!」
俺は両腕を振り上げて戦斧を取り上げる。
その勢いでじいさんは空を飛んだ。
落下したときの惨劇を想像したのだろう。ルニルアーラが悲鳴を上げ、騎士たちもじいさんの名を呼ぶ。
大丈夫、治る治る。
それにただ落下して終了なんて、それじゃあ蹂躙とは呼べないだろう。
俺は落下に合わせて拳を握りしめる。
それでも、もしもここでじいさんが気絶していたらさすがに止めていた。
だが、じいさんは俺を見ている。
落下の恐怖を露とも感じず、むしろいかに落下の痛撃を抑えるかを考えて身を捻らせながら俺の動きを注視している。
まだまだやる気だ。
なら、答えなくちゃいけないだろう。
魔王殺しの実力を肌で感じたいっていうのがじいさんの希望だからな。
【虎撃乱舞】
拳聖の奥義技だ。
地を這うように放たれる拳と足の連撃でじいさんにはもう一回宙を舞ってもらった。
「これが俺なりの接待だ!」
唖然とする空気を肌で感じながら俺はそう言い放った。
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