155 隠れ家の日常 5
イルヴァンの料理はとりあえず普通だった。料理をしたのは神殿で修行していたときだけということで、できあがった料理も素朴な味付けのものばかりだ。
「美味しいですか?」
「人肉料理じゃなければなんでもいい」
「失礼な。血は吸っても人肉は食べませんよ」
野菜たっぷりの麦粥という血とは無縁な上に健康的な料理で軽く済ませ、とりあえずの仕組みを考え終えた俺はさっさと寝た。
そして翌朝。
変化のない黒い卵を一撫でし、そういや朝だとイルヴァンは出てこないなと思っていたのだが、食堂には野菜スープとパンが用意されていた。
『温め直して召し上がってください』というメモ付きだ。
やばい、イルヴァンができる女として俺の中で再評価されつつある。
ただし味はとことん神殿風の質素さを極めているがな。
朝から濃いものが欲しいわけではないが冒険中でもないのに粗食が連続するのはさすがに寂しい。
地獄ルートから出てきてすぐの頃を思えば、すっかり都市暮らしの贅沢が身についたものである。
今晩は自分で肉でも焼くかと思いつつ、食事を済ませると昨日の続きを再開する。
いま、俺の手にある半透明な球体。
これがダンジョンの基礎部分。核心となる中枢部分。ダンジョンの種だ。
最初はケインたちと一緒に向かい、黒号を手に入れることになったあの古代人のダンジョンを参考に地面に直接埋め込む方式で考えていたのだが、それでは場所に縛られるということに気付いたのだ。
簡単に説明すると、あの古代人のダンジョンのやり方を再現しようとすれば、、実際にある地下空間……洞窟とか人工のトンネルとかに紋章を打ち込まなければならないのだが、それではあまりにも手間だし、場所が限られる。
紋章によって作り出される空間は、どれだけ現実感があったとしても本物にはなりきれない。神々の試練場ほどの存在感を手に入れでもしないかぎりは夢幻の存在だ。
その場所にあってなきがごとしもの。
つまり、どこにおいても問題はないはずなのだ。
それを実現させるためには完成したダンジョンという紋章の連なりを作り上げなければならない。
つまり、魔物と同一存在になれる連結生成と同じように紋章を組み合わせなければならないということだ。
【狂神血界】を改造したときの要領も利用して、球の中で紋章を並べていく。
ニドリナを連れてあちこちの古代人のダンジョンを巡ったり、この前の太陽帝国で手に入れたダンジョン素材となる紋章を総動員させているとノックの音が響いた。
集中が途切れることに苛立ちを覚えながらも、無視するわけにもいかずに玄関へと向かっていく。
「はいはいはいよ」
自分で開けようとはせずノックを続ける誰かに答えてドアを開けると、そこには大柄なじいさんが立っていた。
「……誰だ?」
「はっ! 領主だ!」
「うん?」
「この土地の所有者のガルバーズ・ダンゲイン伯爵です」
その声はじいさんの背後からした。
じいさんが体を退けると、そこにルニルアーラの姿があった。
「なんだ、今日はドレスじゃないのか?」
「毎日はさすがに落ち着かないわ。慣れるのに少し時間がいるの」
騎手姿のルニルアーラは照れた顔で笑い。じいさん……ダンゲイン伯爵と入れ替わった。
「中に入っても?」
「もちろん。ていうか、そっちが家主だろうに」
「あなたがもう、なにか仕掛けをしたのかもしれないから」
「ああ、なるほど」
俺がすでになにかを仕掛けていた場合を怖れたというわけか。
慎重なのは良いことだ。
「まだ大丈夫だ」
俺は道を空けて二人を中へ招き入れた。
「とはいえメイドもいないんでね。うまい茶は勘弁してもらいたい。酒で良ければあんたらが仕入れてくれた良いのがあった」
「ほう、それはいいの」
「わたしが淹れますのでご心配なく」
酒と聞いて相好を崩すダンゲイン伯爵を制してルニルアーラが厨房へと向かっていく。
残念だと肩をすくめたじいさんは俺を見てにやりと笑った。
「お前さんが噂の魔王殺しか」
「魔王殺しとは、これまたすごい二つ名をもらったもんだ」
「だが、実際にドワーフの魔王を殺したのだろう」
「まぁね」
「たいしたものだ。儂が生きている間に魔王を殺したなんて話、聞くなんて思いもしなかったぞ」
「そいつはのんびりした話だな」
「はっはっ!! なんとも強気だ。いや、儂らにない物の見方をしておるということか。なるほど、これが強者か」
「うん?」
「のう、ルナーク殿。ちとお願いがあるんじゃが」
「なんだよ?」
「儂と手合わせしてくれんかな?」
「だめですよ!?」
そう叫んだのは厨房から慌てて戻ってきたルニルアーラだ。手からティーポットを音しそうになりながら戻ってきたところを見るに、ダンゲイン伯爵がこんなことを言い出すのを危惧していたのかもしれない。
「伯爵はもうお歳なんですから!」
「はっはっ! 姫様に心配されるのは光栄だが、我が家にとっては死んで欲しくないと言われるよりは、死んでこいと命じられる方がうれしいものですぞ」
「そんなことだから、伯爵以外誰も残っていないのでしょう!?」
「これは手厳しい!」
ルニルアーラの指摘にダンゲイン伯爵は豪快に笑って見せた。
わかっていないのは俺一人だ。
「おう、すまんすまん。いやな、我がダンゲイン家は武勇で伯爵位と領地を戴いたのだ」
「まぁ、貴族って大なり小なりそんなものじゃないのか?」
「うむ。そして我が家は代々、そのことを忘れなかった。といっても三代ほどじゃがな。ダンゲイン家の者は武勇でのみおのれが貴族である証を立てんと、全ての者が戦場に立った。その結果、儂以外はみんな死んでしもうた」
「それはまた豪快な話だな」
そんな無茶な家訓なら、むしろ三代持った方が偉業なんじゃなかろうか。
「子供を作ろうにも儂ももう役に立たんのじゃ」
「年か?」
「いや、戦傷での。一回千切れてしもうた」
「うわぁ……」
「すぐに神官に癒してもらったんじゃがの。形はともかく芯が戻らんかったようじゃ」
なにが……をあえて聞く必要はあるまい。
いや、それは本気で嫌だ。
いままで色んな痛みを体験したが、その痛みだけは体験したくない。
痛みもそうだが、その後を想像したらほんとに体験したくない。
「大変だなぁ」
「だから儂もう、戦い以外に生き甲斐はないんよ。というわけで、噂の魔王殺しの実力、ぜひともこの身で味わってみたいと思うんじゃが。だめかのう」
「だから、だめです!」
「いいぜ」
「え?」
俺がなんて答えると思っていたのか、必死にだめだと言っていたルニルアーラが俺を見た。
「別に腕試しぐらい、なんてことはない。外の騎士どもにも、いい加減俺の実力でも見せてやらないと機嫌が直らないだろ? やるなら外でやろうぜ」
「いいのう。鎧を持ってこさせた甲斐があったというものじゃ」
伯爵はホクホク顔で外へと出ていった。
「そういうわけで、お茶会は後回しだな」
「あの……」
「うん?」
「お願いですから、男だからって殺さないでくださいね」
「……しねぇよ」
ルニルアーラが心配していたのはそれか。
俺はため息と一緒に答えるのだった。
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