154 隠れ家の日常 4
そんなわけでいろいろ考えながら食事をしていたせいか、すこし酒を飲みすぎた。
さらに酒を飲みながらイルヴァンに食事を提供したのも悪かったのだろう。悪酔い気味になってしまった。
気分が緩みすぎたなと反省しつつ、ふらふらとベッドに入って眠ること数時間。
いつもより深く長く眠ったなとしみじみ思いながら部屋を見回すと……。
卵が置いてあった。
「うん?」
二日酔いの頭痛を魔法で散らしながら、俺は首を傾げた。
卵と言っても食用の掌に載るような白くてかわいげのあるようなものではない。
一桁後半ぐらいの子供の身長ぐらいの高さがある。形は食用の卵そのままだ。
ただ、色が黒い。
そしてうっすらと浮かぶ模様のようなものに覚えがある。
「黒号?」
鱗に似た模様は、黒号が分解した時に生じる最小単位のそれによく似ている。
そういえば、寝る前に枕元近くに立てかけた黒号の姿がない。
「おい、なにしてんだ?」
試しにノックの要領で叩いてみたが反応はない。
「壊れたか?」
などと思ってみたが、どうも殻の奥で脈動のようなものを感じもする。
それに形が卵というのもなにか意味がありそうだ。
とりあえずすぐに反応がない以上、放っておくしかないだろう。
しかたないので腰になにも吊るさずに寝室を出ると、なぜかニドリナが旅支度をしていた。
「なにしてんだ?」
殺気も同じようなことを言ったなと思いつつニドリナの反応を見る。
すでにメイド服を脱いでいる彼女は背負い袋の荷物を整理しながらこちらを睨んだ。
「そろそろ注文した武器ができるはずだからな。それを見るついでにスペンザに戻る」
「マジか」
「それに、ここにいてもやることがないから冒険者でもしている」
「マジか。俺が暇になるじゃないか」
「お前の暇潰しに付き合う気はない」
「賭けはどうしたよ」
「昨晩のあれで十分だ!」
「マジかよ。サービスが足りないと思うんだが」
「そんなものはお前の吸血鬼の下僕にでもさせていろ」
汚れきったゴミでも見るかのような目で見られてしまった。
そんなわけで朝食も食べずにニドリナは行ってしまう。
うん?
そういえば、この建物……ええと、とりあえず隠れ家としておくか。
隠れ家は誰が管理するんだ?
建物内には俺たち以外には誰もいないな。
外には警護の騎士がいるが、連中は中に入ってこない。どうやら別棟にある小屋が警護騎士の詰め所ということになっているらしい。
とりあえず厨房に残っていた食材に適当に朝食を済ませると、外に出て警護の騎士を一人掴まえた。
「なにか御用ですか?」
おう、声が冷たいぜ。
ハラストもそうだが、タラリリカ王国の騎士というのは基本的に教育がちゃんとされている結果なのか、対応が丁寧だ。衛士なんかとは違う。
丁寧さの中に悪意を混ぜてくるから、これまた別のうざさがある。
イラッとした気持ちを我慢して俺は質問する。
「この建物って中の管理は誰がするんだ?」
「わたしにはわかりかねます」
「わかる人は?」
「この場にはいないと思いますね。わたしたちはあくまでも侵入者を警戒するために呼ばれており、中に入る権限はありません。中には入れる者たちはみな、昨日のうちに帰りました。あなたたち以外は」
「なるほど……」
騎士の目を見ている内になんとなく状況を理解したので、それ以上は言わずに建物に戻った。
つまり、機密保持のためにあの騎士たちは建物の外を守ることしか許されていないのだ。
とすれば、彼らは国王たちがこの中で誰と会っていたのかも知らない、ということになるのだろう。
いかにも冒険者風情という様子の二人が、自分たちが入れない場所に入っていればたしかに面白くないに違いない。
とはいえ、俺も同情して秘密を暴露するわけにもいかないので黙っているしかない。
まぁ、男の騎士が何人いたところで心が潤うわけでもなし、ここに残ったのはダンジョンを造るためなのだから大人しくそれに専念するとしよう。
さて、俺の造る古代人のダンジョンがどんなものか……それをまずは復習するとしよう。
前回向かった太陽神の試練場とその内奥に存在した隠しダンジョンである太陽帝国もそうだが、古代人のダンジョンというのは俺やラーナの使う紋章の組み合わせでこの世に在り続けている特殊な魔法存在だ。
そのダンジョンの中にいる限り、全ては実在している。
壁も床も、魔物や罠も、そして宝も……挑戦者の命を除いた全てがダンジョンの中にある限りは本物だ。
そして古代人のダンジョンが冒険者に人気がないのは宝の部分だ。
運良くダンジョンの創造者がサービス気分で置いた本物の宝や、あるいは創造者のいなくなったダンジョンを二次的に利用していた連中が財宝でも置いていない限り、そこにあるものは外に出た途端に失われてしまう。
熟練の冒険者ならば見抜く方法があるそうだが、そいつを俺は知らない。
俺の場合は紋章を見抜けるからどうでもいいことなのだが、熟練ではない冒険者にとっては賭けだ。
ダンジョン内では本物と同じ重さがあるのだ。
山ほどの財宝を見つけて、吟味に吟味を重ねて持ちだしたものが、ダンジョンを抜けた途端に露と消えてしまっては泣くに泣けない。
そんな目に会いたくないから古代人のダンジョンは嫌われる。
今回は冒険者に喜ばれたいわけではないので……というか古代人……おそらくは俺と同じ《天孫》なのだろうが、彼らも別に冒険者へのサービスがしたかったわけでもないだろう。
古代人たちの目的は知らないが、今回は防衛目的のダンジョン設営だ。
まずはダンジョンの核となる魔力発生炉を生成する。
転移陣の方はラーナが作ったものの出口として設定しているので、こちらで魔力発生炉を設置する必要はなかったが、今回はそうもいかないだろう。
しばらく考えて、生成した魔力発生炉は屋根裏に設置した。
隠れ家を守る手段として、隠れ家そのものをダンジョンとしてしまおうと考えたからだ。
では、どのようにすれば守ったことになるのか?
魔力発生炉が魔力を溜め込んでいくのを感じながら、俺は昨晩から答えが出ていないことでうんうんと唸る。
「呼ばれてないけど参上です!」
「うん? どうした?」
いきなりイルヴァンが影から飛び出してきた。
上位吸血鬼へと昇華したからか、最近は【影獣法】を身につけつつあるようで、俺の影獣にも干渉してこうして勝手に出てきたりもする。
そういえば、出会ったときから下位吸血鬼にしては能力が高かったからな。
実際の魔物は神々の試練場にいるような画一的ではないということなのかもしれない。
「誰もいないからわたしがメイド役をしようかと」
「そりゃたすかるが、いきなりどうした?」
なんでいきなり、そんなごますりみたいなことを始めるんだ?
というかすでにメイド服を着ているし。
「いえ、昨日のニドリナさんのメイド姿がかわいかったので、負けてはいられないと」
「なんの勝負だよ。……まぁいいけどさ」
やる気に水を差す必要もあるまいと口を閉ざす。
「じゃあ、任せた」
「はい! お任せあれ!」
イルヴァンは笑顔で拳を作るといそいそと厨房に向かっていった。
……ていうか、あいつって元々貴族だったよな?
下働きの格好に抵抗は無いのだろうか?
ああ、いや……神殿で花嫁修業とかしてたんだっけ?
それに貴族の令嬢も王宮やより階級の高い貴族の家で侍女とかメイドとかの仕事をするっていうし……。
「貴族って言葉で一括りにしても全部が同じになるってわけではない……か」
……うん?
いま、俺なんかすごく良いヒントを自分で出した気がするな。
「一括りに意味が無い。つまり、見た目通りではない?」
隠れ家という形を維持したまま、中身だけをダンジョンに作り替える。
「……いいかもな。しかしそれだと入れて良い人間とそうではない人間の区別はどうする?」
なにか目印……通行証があればいいということにするか。
しかしそれだと、通行証さえあれば誰でも入れるということになる。
「……個々人に許可をしていく方式だと単純に俺にめんどうが集まるだけだしな。ここらへんが防犯対策の限界ってことにするか」
誰かが良い案を出してくれたらそれを採用すれば良いのだ。
入り口の設定は暫定的にでもこれでいくとしよう。
「しかしそうなると、あえてここに作る必要はないよな」
転移陣を利用するとして、さてでは肝心のダンジョンの中身はどうするか?
「くくく……いよいよ楽しい部分に入ってきたな」
そんなことを呟いていると、厨房からなにやら調味料の匂いが漂ってきた。
「……まさか人肉料理とか作ってないよな?」
ふと心配になりつつも、俺はダンジョン造りに集中するのだった。
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