151 隠れ家の日常 1
ルナーク(アスト)の一人称を「おれ」から「俺」に。
称号の表記を『称号』から《称号》に変更しました。
よろしくお願いします。
タラリリカ王国の一隅。
グレンザ大山脈に接するその周辺は魔物の駆除が万全ではないという理由でいままで放置されていた土地だった。
そこにいま、一軒の建物が建った。
急造を誤魔化すようかのようなログハウス調の建築物なのだが、その大きさはただのログハウスと呼ぶには大きく、しかし金持ちの別荘と呼ぶには飾り気が足りない。
隠れ家というとしっくり来るのだが、背の高い木がほとんど育たないこの辺りではあまり隠れてはいない。
それでも見る者が見れば、建材一つ一つに魔法使いによる入念な強化の魔法が施され急造ながらも砦並の強固さがあることを見抜くだろう。
だが、そもそも魔物の跋扈を許している土地であるということで、人がそれほど近づきはしないので、それを見抜ける者は関係者のみということになる。
そんな建物には無数の馬や馬車があり、警戒に巡回するのは騎士姿の者たちのみという特殊な緊張感を宿している。
それもそのはず、ここは人類領内タラリリカ王国。
しかし、この建物にいる客人は本来ならば魔物扱いされてもおかしくないエルフたち……魔族の者たちなのだから。
「ふう……」
そんな建物の一室で俺は満足の息を吐き出していた。
いや、ここ数日の鬱憤が一気に吐き出た。
これほど気分のいいことはない。
「満足した?」
「ああ」
俺の隣で両肘を付いて覗き込んでくるラーナに頷く。
浅黒い肌はうっすらと汗が浮かび、銀色の髪が張り付いている。
こちらを覗き込んでくる瞳は冴えた夜に見上げる満月のように美しく、俺は彼女に口付けをし、特徴的な耳を指で撫でた。
彼女の名前はラーナリングイン。ダークエルフであり、魔族の頂点に立つ者、大魔王だ。
「房中術とはあなたらしい技術を身につけたわね」
「ああ……やっぱり仙術は知ってるんだな」
そんな気はしたのだ。
以前に魔族領で体を重ねたとき、やけに緊張感を強いられたときがあった。あのときの感覚は、思い出してみれば仙気が満ちていたのだろう。
「これで一体、どれだけの女の子を困らせたのかしら?」
「実はまだそれほど。いや、けっこう大変な目にあってたからな」
「つまり、その予定はあるということね。まったく悪い人」
「はっはっは……」
笑って誤魔化せ。
前に浮気してもいいと言っていたのだが、しかし面白いわけでもないということだろう。
気をつけなければ。
「力も前より増しているみたいね。房中術のおかげ……だけってわけでもないのかしら」
「わかるか?」
「そりゃね」
ラーナは含むように笑い、言う。
「なにしろあなたより三百年は先に進んでいるんだから」
「すぐに追いついてやるさ」
「楽しみにしてる。それで?」
なにをしていたのか? ……か。
主戦場でごたごたしてからどれほど経ったんだったか……太陽神の試練場に行ってみようと準備をしていたら思わぬ揉め事に巻き込まれ、その結果として仙術を学ぶ機会を得、ついでにタラリリカ王国の王位継承に絡む問題に関わり、それらを解決してようやく太陽神の試練場に到着したと思ったらそこでもさらに一悶着があり、それを解決して試練場に入ってみれば、太陽神の仕組みのせいでユーリッヒにいじめられ、やり返したはずなのになぜか負けた気分にさせられたのだった。
「ずいぶんと波瀾万丈だったみたいね」
「まったく……世間は俺に優しくないぜ」
「はいはい。その分、わたしが優しくしてあげるわよ」
「ああもう……ラーナにちやほやされて暮らしたい」
彼女の胸に沈み込み、その匂いを肺一杯に吸い込む。
ああ……癒される。
「いいわよ。それなら魔族領に来る?」
「いいのか?」
「その代わり、そのときには浮気は絶対に禁止だから」
おう。その笑顔はなかなか怖い。
「……熟考させていただきます」
「もうっ!」
かわいく頬を膨らませながら脇腹に拳を押し当ててくる。
やめてください骨が折れるどころじゃ済みませんから。
そんなことをやっているとドアをノックされた。
「はいよ」
「……そろそろいいでしょうか? 食事の支度ができているのですけど」
口調が変化しているが、その声はタラリリカ王国の姫ルニルアーラだ。
王位継承に関わる秘事のせいで男装を余儀なくされていたのだが、この度その必要もなくなり、彼女は女名を手に入れて正式に姫となった。
しかしまだ女性口調に慣れていないようで、言葉の端々に戸惑いが混ざっている。
本来なら侍女がやるようなことを一国の姫が行っているのはラーナの立場を考慮してのことだろう。
「行くわ」
「では、お待ちしていますね」
ドア越しの会話を終えると、ラーナは俺を見て微笑む。
「それじゃあ、まじめにお仕事をしましょうか」
服を着て部屋を出るとルニルアーラが待っていて、そのまま食堂へと案内されていった。
待っていた面々はドアが開いて俺たちの姿を確かめると、一斉に剣呑な視線を向けてきた。
ラーナを避けて俺にだけ。
重要な会談を『待て』にしてよろしくやっていれば、そりゃあそんな目にもなるのかもしれない。
しかし、俺だけをそんなに睨むのはどういう了見だ。
合意なしでラーナができる女なわけないだろうに。
そんな空気をダークエルフの大魔王は苦笑で散らした。
「ごめんなさいね。おまたせしたかしら?」
「いえいえ、かまいませんとも。土地を隔てた関係なのです。色々と募るものもあるでしょう」
タラリリカ国王ルアンドルは俺に向けていた視線を隠し、笑顔で応じる。
「ええ。できればもっと気軽に人類領を行き来できるような関係になればこんな大事な場面で時間をいただかなくても済むのですけどね」
「そうですね。もっと表立ってご招待できるような関係になれるよう、タラリリカ王国としても努力していきたいところですな」
「両人種が友好的な関係になる時代が早く来ることを祈ります」
腹の黒さを確かめ合うような会話を交えて、お互いに着席した。
俺の席はラーナから離されてニドリナの隣に用意されていた。
元々は暗殺組織の長だったのだが、いまではすっかり冒険者が板に付いた自称不老の美少女だ。
「お待たせ」
「見境なしの性欲魔人め」
ぼそりと返された毒舌を聞き流し、俺はいまだ料理の並んでいないテーブルとそこに座る人々を観察する。
広い円卓としたのは上位席を作らないようにする意図なのだろうが、それでも食堂に対して奥まった位置にラーナとルアンドルが並んで座り、片側にラーナに付いてきたエルフたち、タラリリカ王国のお偉いさんという風に座っている。
自然と、俺たちはラーナたちと対面になる形となる。
それぞれの背後には護衛が立っている。彼らは自分の主人に見えないことをいいことに俺を睨み付けている。
ルアンドルとルニルアーラの後ろにはハラストがいて、彼だけが素知らぬ顔をしていた。
「エルフ族の皆さんは野菜と果実が主食だと聞いていますが、肉の方はまったくだめなのですかな?」
「いいえ。そんなことはないですよ。ただ、あまり食べないというだけです」
「では、我が国自慢の白雪牛をぜひとも試していただきたい」
白雪牛と聞いてニドリナが微かに反応を示す。
「食いしん坊め」
呟くと同時にテーブル下で肘鉄が襲ってきたが、もちろん防いだ。
そんな俺たちのやりとりなど気付かないまま、ルアンドルが手を叩くとキッチンに通じているのだろう扉が開き、料理が運ばれる。
運んできたのは鎧を脱いではいるが、騎士たちだ。
おそらく料理人たちにはいまここにいる客が何者なのか報されていないのだろう。
そのため、顔合わせしないよう給仕は騎士が担当しているということか。
「特殊な状況ですので、多少の不作法はお許しを」
その言葉とともにテーブルに料理が置かれていった。
見た目にもこだわった料理の数々にエルフたちが反応を見せ、それにテーブルに付いた人々はほっとした顔を浮かべた。
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