143 光の帝国へ 23
気が付くと違う場所にいた。
「セヴァーナ!」
「ここは……太陽神の試練場……か?」
呼ばれて、それがザルドゥルだと気付いた。
見ればアストの仲間の二人もいる。
ここは太陽神の試練場の奥、太陽の殉教者が落ちてきた塔の場所だ。
「セヴァーナ。その格好はどうした?」
ザルドゥルがセヴァーナの格好を見て戸惑っている。
そういえば、ここに来たときとは違う格好になっているのだった。
だが、それをどう説明するか。
「……この場で説明する気になれないわ。それよりも、あなたたちはずっとここにいたの?」
ところどころ記憶が朧気だが、それでもセヴァーナの感覚では一月以上の時間が経過している。
三人はずっとここにいたのか?
だが、ザルドゥルの反応ですぐに間違いに気付いた。
「ずっと……? セヴァーナたちがいなくなってまだ、一時間も過ぎていないぞ」
「なんだって?」
ザルドゥルたちの格好が移動する前と変わっていないようだと気付いたものの、その答えは予想以上だったので、セヴァーナは顔をしかめた。
「なにかの転移の罠があったのか。待つべきか探しに行くべきか、話し合っていたところです」
「太陽の勇者も同じように消えたというしな。ルナークはなにか心当たりがありそうだったし、わたしとしては宿屋で待っていたかったんだが」
「そうか」
アストの仲間、ハラストとニドリナにもそう言われセヴァーナは頷いた。
「それで、セヴァーナ。説明できるのか? ユーリッヒはいたのか?」
食らいつかんばかりに距離を詰めてきたザルドゥルに顔をしかめながら、セヴァーナは記憶の整理を兼ねて話し始める。
太陽帝国と呼ばれる場所に移動させられたこと。
そこにユーリッヒがいて、皇帝と呼ばれた彼は剣闘士たちの戦いの成果を奪っていた。
そしてアストは剣闘士にさせられ、セヴァーナはユーリッヒの隣で戦いを眺める側だった。
アストが剣闘士と聞いて、仲間二人はきっと不快な気分になるだろうと思ったが違った。
「剣闘士ですか……ふっ」
「くくく……剣闘士。お似合いだな。ぷっくくく……」
「……なにやら力を抑えられていたようで、苦労していたのだが」
それも途中から芝居だったようなのだが、しかしそれでも最初は本当に傷を負っていたのだ。
「傷だらけですか……ちょっと、いい気味ですね」
「いっそ死んでしまえばいいのに」
「……お前たちは、仲間なんだよな?」
「命令上、しかたなくです」
「最初は弱みを握られ、いまは利用できるからそうしているだけだ」
「そ、そうなのか」
乾燥しきった返答に、セヴァーナは少しアストが哀れに思えてきた。
強大な力を手に入れた結果、彼は人望を得る術を見失っているのかもしれない。
「それで、どうして君だけ?」
話が横にそれたことにザルドゥルがいらついている。
以前は勇者として頼れる先輩だと思っていたが、いま見てみるとザルドゥルに対して物足りなさを感じる。
それは実力だけの問題ではないはずだ。
そうか、ザルドゥルもまた、悩みを抱えたただの人間だったのか。
そんなことを考えながら、セヴァーナは続きを話す。
「自動的に繰り返される日々に段々と疑問を持つようになったわたしはアストに接触し、そして玉座を降りて剣闘士になった」
そのときに火の聖霊の加護を新たに得たが、そのことは話さなかった。
ザルドゥルもしょせんは他国の貴族という気持ちもあるし、勇者でありながら彼だけが太陽帝国には入れなかったことに後ろめたさのようなものを感じてもいた。
セヴァーナは剣闘士として戦い、やがてその日を迎える。
アストに指示されるままに彼と比べてユーリッヒをひどく罵倒した。ユーリッヒはこっちの希望通りに怒り、次の日の試合でアストに強敵をぶつけた。
その試合で彼は死んだと思った。
だが、違った。
いつの間にか彼は玉座近くの観客席にいて、そして……。
「闘技場が血で溢れて、壊れたんだ」
その途端、セヴァーナは意識を失い、気が付けばここに立っていた。
あの血はきっと、アストの企みの結果なのだろう。
考えてみれば、いくら傷だらけになっていたとはいえ、檻の周辺があんな血泥を溜めているのはおかしな話なのだ。
どう考えても人の二~三人は絞ったような量だったのだから。
それを不吉だという以上に疑問を感じることがなかったのは、なにかに思考を制御されていたのかもしれない。
「どういう理屈かはまったくわからないが、ルナークの仕込みが成功した、ということか」
「そのようですね。相変わらず規格外な人のようです」
仲間二人の言葉もあってか、ザルドゥルが青ざめる。
「待て……それではユーリッヒは」
「殺したんじゃないのか?」
ニドリナがあっさりと言う。
「いい加減、過去の清算をする気になったのかもしれないしな。見たくないなら消してしまえばいいんだ」
「それは暴論ですよ。しかし、もしもそうなっていたら……はぁ、我が国の立場がさらに悪くなりそうだ」
タラリリカ王国の騎士であるハラストがそんな未来を想像して長いため息を零している。
そのときだ。
背後から強い血の臭いがした。
「勝手なことを言うな」
「アスト!」
「ルナーク!」
そこにアストがいた。
彼は手にユーリッヒを持っている。
ネコの首をひっつかむように服の背中を掴んでいたアストは、気絶しているらしいユーリッヒをザルドゥルへと放る。
「ユーリッヒ!」
「気絶してるだけだ。殺すかよ」
アストの声は暗かった。
疲れたようでもあり、なにか、やる気を失っているようでもあった。
いや、違うのか?
そう……まるで…………。
「なんだ、負けたのか?」
ニドリナがセヴァーナと同じ答えに少しだけ早く辿り着いた。
そのことになぜか苛立ちを感じつつ、アストの反応を見る。
「はっ!」
彼はそれを鼻で笑って流したが、やはりただの強がりにしか見えなかった。
「なんでもいいだろ。ここでの目的は果たした。帝国は居心地が悪いしな。さっさと帰るぞ」
「待て……」
歩き出そうとしたアストを止めたのは、ユーリッヒだった。
「ユーリ!」
「大丈夫だ。一人で立てる」
心配するザルドゥルを押しのけるように立ち上がると、ユーリッヒはアストに向き合った。
「ルナーク」
ユーリッヒの口からその名前が出たとき、なぜかセヴァーナは胸を突かれたような気持ちになった。
彼をアストと呼ばなかった。
その意味がセヴァーナにはわかるから。
「太陽は必ず沈むと言ったな」
「……ああ」
「その通りだ。そして、太陽はまた昇るんだ。必ずな」
「…………」
「見ていろ」
「やなこった」
吐き捨てるように答えると、もうアストは足を止めなかった。
その姿が逃げているように見えたのは、果たして気のせいなのだろうか?
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