142 光の帝国へ 22
聖霊の姿は様々だ。
それは同じ聖霊であっても違うらしい。
例えば火の聖霊だ。
この前亡くなった仮面優等生勇者のクリファも火の聖霊の加護を受けていたが、【聖霊憑依】によって姿を見せる聖霊の姿は黒い角を生やした人と羊の混合した、いわゆる炎の魔人の姿だったという。
だが、セヴァーナに呼ばれて現われる火の聖霊は炎に半身を溶かした戦乙女だ。
ちなみに、おれの雷聖霊は翼を生やした獅子。
聖霊にも色んな形があるのか、あるいは聖霊は加護を与えた者に影響された姿で現われるのか。
いま目の前で起きていることから考えるに、どうも後者の方が有力っぽい。
「おおおおおおおおお!!」
ユーリッヒの声とともに太陽の聖霊が姿を消し、そして膨張する魔力とともに再び現われる。
だが、その姿は先ほどとは変化していた。
赤銅の肌に金の髪の壮年の男がそこにいる。頭部に黄金の王冠を戴き、背中には巨大な光輪を背負っている。光輪には幾つもの枝が伸び、それは翼に見えなくもない。
右手には槍、左手には王錫が握られている。
他人の称号の変化など見えはしないが、おれにだってなにが起きているのかはわかる。
昇華だ。
ユーリッヒは『勇者』から別のものへと変わろうとしている。
「さあ、なにに変わった?」
『天孫』ではないことだけは確かだ。『天孫』と『勇者』は別のものとしておれの中にある。
「順当に考えれば『王』だな。だが、それではおれに勝てないぞ?」
すでに魔王だって倒している。
『王』程度ではおれをどうにもできない。
そんなおれの言葉に、ユーリッヒは笑った。
「貴様には壊す以外の考えはないんだな」
なんだ?
「貴様を殺すことはおれの道ではない」
「へぇ」
「貴様を殺すためだけに、おれはおれの道を見誤りはしない」
「……言ってくれるな」
ユーリッヒの武具は変わらない。
だが、奴の纏う魔力が変わった。
近寄りがたいなにかを感じる。
威圧感? ……違う、精神障壁だ。
奴に近づけば近づくほど、堪えがたい圧力が足を重くさせる。
ちっ、厄介だな。
「貴様は確かに雷だ。気まぐれに空を覆い、雷鳴で脅しつける。光と音で人々を驚かせる。さぞ気持ちよかろう。そうやって、おれは強いのだと叫ぶだけなのだからな」
「…………」
「気まぐれに人を脅し、気まぐれに人を殺し、そして自分は雷なのだからしかたがない。おれをこんなにしたのは誰だ!? ……そう叫べばみんなが黙る。貴様は強いのかもしれない。だが同じぐらいに、貴様は卑怯者だ。他人の罪悪感を利用してたかるだけの寄生虫だ」
「黙れ」
「貴様はただの災害だ。人並に考えるだけ厄介な災害だ。台風だってこんなに長くは世界に居座らない。暴れるだけしかやることがないのなら、頼むからもう消えろ。農民の方が役に立つぞ。半端者の勇者よりはな!」
「っ!」
その瞬間、おれはユーリッヒの精神障壁を突き抜けた。
狙うは奴の舌。
切り取ってしまえばなにも喋れない。
だが、後一歩で届かなかった。
無数の穂先がおれの邪魔をした。
いつのまにか奴の周りに黄金騎士がいた。闘技場にいた連中とは違う。おれたちのよく知る形式の鎧だ。おれが昔、黄金の剣を狩り集めていたときのそれに似ている。兜付きの全身鎧の騎士たちが槍を構えておれとユーリッヒの間に壁となって立ちふさがったのだ。
ユーリッヒは笑っていない。
もはや太陽の試練場に、太陽帝国に充満していた法則は霧散した。奴は闘技場の道化師皇帝ではなく、ただのユーリッヒとしてここにいる。
ユーリッヒ・クォルバルとして。
「おれと貴様は住む世界が違う。見ている景色が違う。貴様は無邪気に力を欲しがるだけだ。それの使い方など考えたこともない」
「その力がなければ、お前らは大要塞で仲良く討ち死にしていただろうが。馴れ合いの戦争をしているだけのつもりで、見事に相手に出し抜かれたのは誰だ?」
「そうだな。災害もたまには役に立つ。だが、それだけだ。偶然、おれたちは救われた。それだけだ」
「負け惜しみだ」
「そうかもしれん。だが、貴様が考えなしであることも否定できまい。人魔の戦争がなくなった先のことを考えたことはあるか? 貴様は、自分がやったことの先でなにが起きるかわかっていたのか? 貴様は、結果的におれたちを救っただけだ。貴様はただ、あの大魔王と呼ばれていた女に遊んで欲しいだけだろう?」
「っ!」
おれの怒りに黄金騎士が反応して槍を鳴らす。
いつのまにか黄金騎士は無数にいて十重二十重とおれを包囲していた。
そのとき、おれはグンバニールでのことを思い出した。
冒険者ギルドで受けた仕打ち……おれならああいうやり返しだってできただろう。
だが、他の冒険者にはそんなことはできない。
ただタラリリカ王国で活動していたという前歴があるだけで、彼らはグルンバルン帝国で冒険者活動をすることができないのだ。
もしかしたら、他の国でも同じようなことが起きているのかもしれない。
タラリリカ王国を取り巻く世界情勢は、あの国の国王親子の考えに基づいた結果に過ぎない。
だが、そこにおれが関わっているのも事実だ。
主戦場が閉じなければ、まだ世界の動きは違ったかもしれない。
そして主戦場が閉じられ、大要塞が無用の存在となったのは、間違いなくおれの行動の結果だ。
「貴様はこの世界のことなど知ったことではないのだろう。なにがあろうと貴様だけは生き残るだろうからな。だがおれには、クォルバル家の長子として、貴族として、民を守る義務がある。貴様とは違うのだ。失せろ悪童」
「……ああ、そうかい」
勝った気でいるユーリッヒに対し、おれは再び指を鳴らした。
それに応えるのは、地響きだ。
おれは【飛行】で宙へと退避する。
【狂神血界】はまだ生きている。
闘技場を満たしていた血の海が黄金騎士に襲いかかり、呑み込んだ。
「っ!」
突然のことでユーリッヒも対応が遅れた。黄金騎士が壁となって守ろうとしたが、防波堤は一度の衝突で崩れて流れの中に呑み込まれた。
「…………」
胸の内で怒りが殺意へと変じているのがわかる。
このまま、怒りに任せてユーリッヒを殺すのは簡単だろう。
この世界での殺害が本当にあいつの命を絶つことになるのかどうかはわからないが、おれの気が多少はスッキリするし、あいつの心に改めて敗北感を打ち込むことだってできるだろう。
だが、それがどうした?
……ああくそ、やられたな。
ここで殺せば、おれはまさしくあいつの言う通り無軌道な暴力でしかないことを認めることになる。
しかし、殺さなければそれはそれで、あいつの言葉が間違いであると証明して見せようとしているようにも取られる。
ほんのわずかな時間の口論でおれは完全にあいつに掌握されてしまったのだ。
「まったく、やってくれる」
世界の崩れる音がする。
この世界を構成する紋章はことごとくおれが掌握し、取り込んだ。神の力をほんの一部だろうが手に入れたのだ。
ユーリッヒが道化師皇帝になってドヤ顔で繰り出してきた魔物たちの全てを、おれは支配し、その能力を使うことができるようになった。自身でダンジョンを作れば、そこで再現することだってできるだろう。
だが、それだけ……そう言われればそうだろう。
ラーナとの再戦のために強くなることを目指しているが、おれにはその先の考えはない。
ユーリッヒの指摘は正しい。
おれはまさしく、雷のように気まぐれな力しかない存在だろう。
渦を巻く血潮の奔流の中に突き出た手を見つけた。
「……ちっ」
よろしければ評価・ブックマーク登録をおねがいします。




