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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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139 光の帝国へ 19


 闘技場三十三日目。

 セヴァーナがとち狂って剣闘士に落ちてから三日。

 玉座に座っていたときはぼんやりとしていた彼女の意識も鮮明になっていき、闘技場の主役も彼女へと移っていった。


 ユーリッヒはいまでも笑っているが、その声は変化してきている。


 愉悦だけではない。怒りが混じっている。怒りを誤魔化すために余裕の笑声を放とうとしている。


 そのためか、日を追うごとに強くなっていたおれの敵はそれほど強くなくなり、代わりにセヴァーナが日々、強くなっていく敵と衝突している。


 おかげでおれは余裕ある日々が送れている。


 仕込みも上々だ。

 無限管理庫の鍵も取り戻せたし、黒号もこの手に戻した。

 え? いつだって?


 その種明かしはもう少し後だ。


 闘技場三十四日目。

 セヴァーナが順調に勝利を重ね成長していく。

 伝説級の装備に身を固め、氷炎の二聖霊を従えて戦う彼女の姿は眩く忌々しく映ることだろう。

 ユーリッヒの注意は彼女に注がれているので、おれは順調に逆襲のための下拵えを進めていく。

 あいつを玉座から引きずり下ろすだけならいまでも可能だが、それだけではもう面白くない。


 それにしても、セヴァーナだ。

 二聖霊を従えるということは、【聖霊憑依】を使ってからの消費魔力は単純にいえば二倍になっているはずなのだが、彼女の様子からしてそれが足を引っ張っている様子はない。強化されていく敵に対応するように、彼女も強くなり、魔力も増大しているということだろう。


 しかし、おれが魔法を使えないのにセヴァーナが使えるという事実が腹立たしい。


 好意的に考えた場合に一つの答えはある。

 しかしそれが正解だったとしても、おれが阻害されている事実は変わらないし、腹立たしさが収まるわけでもない。

 ユーリッヒを引きずるというおれの考えも変わらない。


「いい加減にしたらどうだ!?」


 双頭四腕の巨人を屠ったセヴァーナは、その背を踏みつけ、氷炎の剣を玉座にいるユーリッヒに向ける。


「いつまでそんなところで支配者の真似事をしている!? そんなところで高笑いするだけがそうではないと、知っているだろう!?」


 セヴァーナの叫びにユーリッヒの笑いが止まる。


「そんなところにいるだけで! そんなところで搾取をするだけの存在と成り果てて、それでアストに勝てると本気で思っているのか!?」

「黙れ!!」


 ユーリッヒが玉座から立ち上がり、吠える。


「アストなど最初から相手にしていない! おれが見ているのはもっと先だ! 奴など所詮、足下の小石程度の存在でしかない」


 おうおう、言ってくれる。

 まぁでも、ユーリッヒならそんなことを言いそうだな。


 観客たちはユーリッヒの味方だ。

 誰一人セヴァーナの味方をすることはない。

 なぜならば、この世界はそういうものだからだ。

 皇帝を頂点とした絶対君主の世界。

 皇帝に逆らう者など存在するはずもない。

 それが太陽の帝国の法則だ。


 掟でも、決まりでも、法律でもない。

 法則だ。

 熟れた果実が地面に落ちるのと同じぐらいに、それは覆しようのない法則なのだ。


 だからセヴァーナの言葉はユーリッヒには届いても観客には届かない。

 皇帝に逆らうセヴァーナの姿に不満の声が上がり、悪罵が降り注ぐ。


 しかしセヴァーナはそれらの声を無視してユーリッヒを見つめ続ける。

 周囲の言葉に逆らうこともできず勇者をしていた以前のセヴァーナでは考えられない態度だ。


「どんな嘘で塗り固めようと、あなたがアストを気にするあまりに身動きができなくなっているのは事実だ。あなたは、アストの方が強いことを認めるのを怖がっている。だからその玉座から動くこともできない!」

「その女を下がらせろ!」


 ユーリッヒの命令で兵士たちが現れ、セヴァーナを槍で囲む。

 兵士たちを一瞥したセヴァーナはそのまま観客席へと一歩を踏んだ。そのまま玉座へと乗り込みかねない勢いだったが、結局そうはならず、彼女は入退場口へと去っていく。


 そんなセヴァーナを見送り、ユーリッヒは苛立たしげに地面を踏みつけると玉座に戻った。


 おれはそれをにやにやと見守る。


 いやいや、セヴァーナはいい感じに煽ってくれた。

 彼女にユーリッヒの意識が集中してくれているのは、おれが下準備をするには都合が良かったのだが、仕上げに移るときには再びおれの方を向いていて欲しかった。


 裏切るわけがないと思っていたセヴァーナに裏切られ、そしてそんなこと言われるとも思っていなかった相手から言われる。

 あいつのプライドはもうぼろぼろだ。激怒を止めることはもうできないだろう。


 しかしこれで、奴はおれから搾取することから、おれを殺すことへと意識を変えるだろう。

 もしもこれで変えなければ逆にたいしたものだ。

 そのときは敬意を込めて作戦の方向を修正しよう。


 だが、きっとそうはならない。

 大要塞で見たあいつのままなら、きっと成長などしていないからな。


 闘技場三十五日目。

 呼び出しの兵士すら殺気立つ中、おれは自身の血でできた泥を踏みしめて闘技場の舞台へと進む。


 漏れ聞こえてくる観客の声は健闘ではなく死を願っている。

 悪意が腐臭を放って充満し、漂ってくる。

 いい空気だ。


「アスト!」


 檻にいるセヴァーナに呼びかけられ、振りかえる。


「……これで良かったんだな?」


 彼女の問いかけに頷き、おれは闘技場に入る。

 死を願う歓声はさらに強くなり、おれはそれを煽るように剣を振り上げる。


 伝説級で色っぽく身を固めたセヴァーナとは違い、おれは変わらず腰布一枚に粗末な剣と盾のみだ。

 全身は血に汚れており、貧相を超えて悲壮感さえ漂っていることだろう。


 そんなおれの姿にユーリッヒは少しばかり溜飲を下げたようで、唇の端に笑みを浮かべた。

 そして立ち上がると、おもむろに言葉を投げかける。

 初めてのことだ。


「アスト! 這いつくばって許しを請うなら、こちら側に座らせてやろう」


 なんとも傲慢なお言葉だ。

 おれは黙って剣を地面に突き立てるとユーリッヒに向かって中指を突き立てた。


「っ!」


 ユーリッヒはまなじりを決し、奥歯を噛みしめると玉座に座り試合を始めるように指を振る。

 対戦者側の入退場口から現われたものを見て、その怒りの表情から余裕のそれにわずかに変化した。


 現われたのは黄金の巨人、それも二体だ。

 盾と戦斧を持ち、胴回りに鎖帷子を巻き、それはスカートとなって下半身も守っている。脚甲にはトゲが並んでいる。

 異形による威圧感はないが、研ぎ澄まされた戦意を感じさせる。


 見た目としてはさほど目新しいものでもないが、ユーリッヒに浮かんだ余裕からして内在する戦闘能力はこれまでの比ではないだろう。


 こいつを喰らえば面白い成果を期待できそうだ。


 戦いが始まる。

 サイズ差のある戦いはおおむね大きい方が有利であることは間違いない。

 体積が十倍違えば、単純計算で体重は千倍違うことになる。

 それほどの重量差から繰り出される攻撃、そしてそれほどの重量がありながら人間と同じ体型を維持する筋繊維によって織りなされる攻撃は、もはや人間など紙切れ同然だ。

 もちろんおれと黄金の巨人との間で体積差は十倍もないが、一撃の重さの違いへの絶望感にそれほどの違いはないだろう。


 しかし同時に、罠もなくネズミを追いかける人間の姿を想像すればわかる通り、小回りが利く、という利点は決して無視できるものではない。


 黄金の巨人の下半身への徹底的な防備は、身長差からそこを狙うしかない人間にとってきつい対策だ。


 しかしこっちだって、ただの人間でいるつもりはない。

 この程度の身長差を覆したことは何度だってある。

 いまさらこの程度のことで臆すことはない。


 迫る戦斧を巧みにかわし、剣を巨人の太ももにへと走らせる。だがあいにくと斬撃はスカートの上を走って火花を散らせたのみで終わる。

 黒号や手持ちの他の武器ならば、両断するなど簡単なことだったろうにとは思うものの、この程度の未練を長々と引きずりはしない。


 薙ぎ払いから突きへと攻撃の主体を変化させ、スカートの隙間を付いて太ももに穴を開けていく。


 黄金の巨人たちは貫かれた足の痛みなど意に介さず、前面に出した盾でこちらの移動範囲を狭め、戦斧を振り下ろし、蹴りを繰り出してくる。


 挟み撃ちを狙った巨人たちの立ち回りはおれの動ける場所を奪い、かわす余地を奪い、おれの命を奪う機会を増やしていく。


 そしてついに、そのときが……。


「アスト!」


 檻にいるはずのセヴァーナの悲鳴が響く。

 薙ぎ払いに放たれた戦斧の一撃がおれの胴体に食い込んだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「体積が十倍違えば体重は千倍」は「身長が十倍違えば体重は千倍」ですよね。 誤字報告機能をONにしてくれれば、本にする時に楽ではないですか?
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