138 光の帝国へ 18
「バカなの?」
「バカじゃない」
「いや、バカだって」
「バカではない!」
おれの隣の檻で強情に首を振るセヴァーナにおれは呆れて見せた。
昨日のことだ。
おれの出番が終わって「はぁやれやれ」と檻に戻されていると、後ろでなにやらいつもとは違う音がし、振り返ってみると観客席から乱入したセヴァーナに剣闘士が襲いかかり、そして返り討ちにしていた。
そして彼女はそのまま、おれの隣の檻へと入っていったのだ。
どうしてかと聞けば「もう嫌になった」ということだそうだ。
「嫌なことを嫌だと言えない自分自身にも。よくわからない自意識と貴族意識を肥大化させたユーリッヒの隣にいるのにもだ。あんなのと一緒にいて同じ存在になるぐらいならこっちで戦い抜いて死ぬ」
「戦いが嫌いなくせに、よくもまぁ……」
とはいえ、セヴァーナに起きた変化はおれにもわかっている。
剣闘士たちが襲いかかってきたとき、セヴァーナは無手だったのだが次の瞬間には両手に武器を持っていた。
それは氷と炎で作られた剣だ。柄から小剣ほど伸びた剣身までが氷によって作られ、その小剣部分を包むようにして伸びた赤い剣身が炎によって構成されている。
属性的に水と炎は相性が悪い。水の延長上の存在である氷もまたしかり。この二つを同じ場所に同時に存在させようとすれば、かなり特殊な技術が必要となる。魔力でいえばかなりの無駄遣いになる。お互いにお互いの存在を削る作用を持っているからな。しかたのないことだ。
しかしそれをセヴァーナは実現させる。二つの聖霊に認められたことで可能となる。
炎……火ってことはクリファが確かそうだったな。あの優等生面の不良が死んだから、聖霊はセヴァーナに手を貸すことにしたのか。
いままで出会った勇者と知っている『王』も含め、属性被りってなかったからな。なんらかの法則が存在しているのだろう。
しかし、聖霊か。
剣闘士へと落ちたセヴァーナは魔法を使えなくなっていた。
だが、聖霊が関係してくるものは使えるのだということがわかった。
ためしにおれも雷撃系の魔法を今日の試合で使ってみたらできた。
しかし、聖霊か……どうしていままで考えなかったのか。
「どうもいまいち冴えないな。まぁ、あんまり聖霊は当てにしてなかったからってのもあるんだが」
「かわいそうなことを言ってあげないで。泣いてるわよ」
「見えるのか?」
「そんな気がするだけ」
聖霊二柱に加護をもらっているんだ、あるいはおれには見えないものが見えているのだとしてもおかしくはないが。
「あなたの性格ってそういう意味では雷よね。無軌道で、どこで何するかわからない」
「なんだそりゃ? ならセヴァーナは氷だからいつまでも一箇所にいたってか?」
「そうかもしれないわね」
「そいつは、氷の聖霊が浮かばれないな」
「わたしの性格に関係しているだけで聖霊そのものに罪はない。どちらの聖霊にも同じぐらいに感謝している」
「へぇ、そうかい。っと、これやる」
「え?」
檻の隙間を縫ってそれをセヴァーナに渡す。
「これ、鎧?」
それは透明度の高い素材によって作られた鎧だ。だが、着ても中が透けているということはない。光の当たる角度によって様々な色が鎧の表面に現われるのだ。
「極光水晶の鎧。伝説級だが、おれが着るには派手すぎる」
「こんなもの、どこに隠してたの!?」
ふうむ。
セヴァーナの言い方からして、あっち側にいたときになにか特別なアイテムを手に入れたりはしてないんだな。
無限管理庫なんて、戦神の試練場ならわりと早めの階層で手に入ったんだが。
「秘密だ。それより、その格好は目の毒だからさっさと着ろ」
いまのセヴァーナは胸と腰の部分に布があるだけという、おれの腰布と似たような状態だ。
そんなものでは隠した内に入らないから、色々と見えてしまう。
「その言い方だと他にもあるということだな? ならばどうして自分で使わない? そんな大怪我をしてまで?」
そう言ったセヴァーナの目は地面に向けられた。
おれの周りの血だまりは前にセヴァーナとあったときよりもさらにひどくなっている。まさしく血生臭くてセヴァーナにはいい迷惑だろう。
「まぁ、色々とあるんだよ。それよりも早く着とけ。それともおれを誘ってんのか?」
「バカが」
おれに向かってそう吐き捨て、セヴァーナはそれを着る。
「これは、女性用だな? なんでそんなものをお前が……」
ぶつぶつ言いながら着たそれは露出部分が多い、男が着てもぜんぜん嬉しくないデザインの鎧だ。肩が丸出しで、スカートが短いので腿も剥き出しで下腹部の肌色部分もなかなかきわどい。
体の線にきっちりと対応するサイズ調整機能は試練場のドロップ装備のお約束とはいえ、見事なぐらいにセヴァーナのボディを表現している。
しかし、だからといって動きやすさを優先した軽装鎧というわけではない。動きやすいのは事実だが。
極光障壁という独自の防御能力によって、鎧に触れる前に装着者に襲いかかるあらゆる悪意に対応するのだ。
この鎧は着なかったが、他にも極光障壁が付加された装備があったので、それの世話になったことがある。
「……おまえ、目の毒とか言いながら、なんだこの装備は?」
「いいだろ?」
「性能は良さそうだが、そういう話ではない!」
「やっぱり一回するか? 実はちょっと房中術を試したいから相手が欲しいんだが」
「よくはわからないが、それは別にわたしでなくてもかまわないって物言いよね。死ね」
「ひどい言われようだ」
「お前の方が世の女性に対して失礼なことを言っているのだと気付きなさい」
「はっは……」
そんな風に腹を立てているセヴァーナだが、鎧自体は悪くないと思っているようだ。
色々と動いて鎧の具合を確かめる表情は綻んでいる。
そんな顔をされると、おれもサービスしたくなるじゃないか。
「んじゃ、これもやる」
そう言って渡したのは幻翼のマントに王獣索だ。幻翼のマントは飛翔能力と魔法防御のあるマントで不必要な時にはチョーカーの姿になるという携帯に便利な優れもの。
王獣索は自身の魔力次第でどこまでも伸びる投げ縄で、これで縛られた獣を支配することができる。
セヴァーナはそれらの品を見て説明を聞き、呆然としている。もう、それがどこから出てきたのかは聞いてこなかった。
ただ、そのレアリティを気にする。
「……あなたわかってる? これら全て伝説級よ」
「心配するな。そいつらの上位版も持ってるから」
その言葉でさらに信じられないという顔をされた。
同じような能力構成の武器防具や道具はあるが、やはりランクによって性能が違う。例えば王獣索に似たものなら神話級に帝王の獣錫というものがあるが、こちらは振りかざすだけで魔力に応じた範囲の獣を全て支配し、思うままに命じることができる。
いまのところ、おれが確認しているランクは神話級までだが、地獄ルートの中で読んだ書物には他にもあると書かれていた。番外といわれる幻想級と、神話級の正当上位である創世級というのがそれだ。
幻想級は他に似たものの存在しないただ一つの能力を持つ物だという。
著者は創世級の存在を確認しているが、あるいはその上も存在しているかもしれないという予測を書いて締め括っていた。
「本当に、あなたは戦神の試練場でなにを体験してきたの?」
「ここでそれを説明できるかと思ってたんだがな。どうもなんか違うな」
「違う?」
「儀式的要素を含めた試練ってことではあそことここは同じなんだろうが、どうも辿り着く先が違うようだな。……はてさて、こいつは本当に太陽神の身贔屓だけなのか……」
まぁ……真意はどうあれ。
「おれがやることはもう決まっているけどな」
「なにをする気?」
「もちろん、脱出のための手立てだ。手伝うだろう?」
「それは……でも、どうやって」
おれはにやりと笑い、答える。
「太陽を沈ませるのさ」
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