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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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126 光の帝国へ 6


 久しぶりの自分の部屋は少しだけ心が安まった。

 あくまでも少しだけ。子供の頃に大事にしていた人形が棚に飾られていて、それを抱きしめているときだけ。

 それ以外は質素な雰囲気に変えられてしまっている。御伽噺や恋物語が詰まっていた本棚には魔道書や剣術教本や兵書や軍略書が並んでいるし、壁には魔法の武具が飾られている。


 武人とはこういうものだろうという父親の偏見が現実に形をなしたのがこの部屋だ。


 これはもう、わたしの部屋ではない。


 セヴァーナ・カーレンツァの部屋はとうの昔に消えてしまったのだ。

 唯一残ったこの人形は、母か、あるいは子供の頃から世話をしてくれているメイドのどちらかが幼いわたしの幻影を偲んで残してくれたのだろう。


 つまりこれは幼い頃のわたしからの遺産か。

 それを胸に抱き、わたしはベッドから天井を眺める。

 幼い頃の記憶を思い出そうとしたが、うまくいかなかった。

 代わりに浮かんだのは、先日までの思い出したくもない記憶だった。

 東西の大山脈から吹き下ろされる冷風。戦いで荒らされた大地と重苦しく空を覆う雲。

 北からは敵しか来ない。

 魔法は殺意しか宿さない。

 霧に紛れたゴブリンの殺気はわたしの喉元に迫っていた。


 あのまま死ねていたら楽になれていたのではないだろうか?


 だが、そうはさせてくれなかった。

 ゴブリンの魔太子クウザンが運んでくれた死は、わたしの罪が奪い去っていった。


 アスト……いまはルナークか。


 タラリリカ王国王子の影武者として大要塞に現われ、彼の国の企みに加担して魔族と繋がった……はずの男。

 だが、彼はクウザンを殺し、オーガの魔太子グアガラダインを追い払い、ドワーフの魔王ゴ・ア・ディザムニアを討った。

 さらに噂だけでしか知られていなかった魔族の頂点に立つと言われる大魔王と一騎打ちをし、主戦場を生命の近寄れない混沌の地へと変えた。


 こうして大要塞に集う人類軍の大敗北は主戦場の大崩壊という変事によって誤魔化され、わたしは久しぶりに実家に戻ってきた。


 国王への報告は素直に行った。

 ルナークがアスト……かつて排除しようとした庶民出の勇者であることもすでに調査済みであったが報告した。

 そしてその実力はもはや勇者を超越したものであり、『王』たちをも超えており、敵対は愚かであることも付け加えておいた。


 わたしの故郷であるオウガン王国はタラリリカ王国とは接していない。

 だから危機感はそれほどではないが、魔族と繋がったタラリリカ王国が人類領への大侵攻を企むのではないかと危惧する空気はある。


 各国の戦士団の壊滅は主戦場の大変異に呑み込まれたため、ということになっているが、それが建て前だということを知っている者にとっては、タラリリカ王国は新たな仮想敵となることは止めようもない。

 なにより、その建て前もあまり通用していないという事実もある。


「今度わたしが戦う事があれば、そのときはあいつが敵になるかもしれないのか」


 療養を命じられこうして実家で退屈な日々を送っているが、勇者としてのセヴァーナの役割が終わったわけではない。なくなるはずもない。

 壁に掛けられた剣と同じだ。埃に埋もれようと錆び付こうと出番が来ることがなかろうと、折れて捨てられて鋳つぶされるそのときまで武器は武器だ。


 勇者は勇者だ。


 死なない限り、わたしは人形を抱いて恋物語に夢を見る幼いセヴには戻れない。


 いまは次なる戦いに向けての準備の期間だ。

 だが、そのために鍛えようという気にわたしは慣れなかった。


 わたしは死にたいのだ。

 自分で死ぬ勇気はないけれど、死なないために強くなる気にもなれない。


 そんなわたしを父が心配して国内で有名な騎士や魔法使いを訓練として差し向けてくる。そんなときだけ適当に体を動かす。


 勇者の娘を持つことが、カーレンツァ候の政治的強みだ。その部分に陰りが見えれば焦りたくなる気持ちもわかるが、理解と共感はまた別の話だ。


 そんな風に怠惰な日々を送っていると、ある日、父の書斎に呼ばれた。


「密命だ。グルンバルン帝国に行ってもらわなければならん」

「帝国に? なぜです?」

「ユーリッヒ殿が太陽神の試練場で消息を絶った」

「なんですって?」

「同行していたザルドゥル殿の証言によると、彼は突然に姿を消したそうだ。帝国に向かい、彼と合流しユーリッヒ殿の捜索に協力してくれ」

「よろしいのですか?」


 それはわたしが国外に出てもいいのか? という質問だ。仮想敵が魔族から同族に変わろうとしている現在の状況で勇者という戦力を気軽に国外に出していいものなのか。

 帝国が敵にならないと決まったわけではないだろうに。


「これは王からの要請でもある。王はグルンバルン帝国との友誼を重要視している。わかるな?」


 帝国では皇帝の権力はすでに形骸化し、上位貴族たちの合議制が政治の主軸となっている。

 カーレンツァ家と同じく勇者を保有しているという一点で他の貴族よりも抜きんでているクォルバル家が、ユーリッヒを失って力を失墜すれば帝国は政治闘争を始めることになりかねない。


「帝国の結束が乱れれば、それをタラリリカ王国に突かれることにもなりかねん。いま、帝国に弱くなられては困る」

「……わかりました」


 タラリリカ王国を仮想敵とした場合、グルンバルン帝国はオウガン王国にとって防御の壁となる。強すぎても困るが弱すぎても困る。勇者というパーツをあの国から外すときはいまではない。


 そういうことだ。


 この家から出られるのであれば、それはそれで良いことなのかもしれない。

 わたしは了承し、その日の内に準備を済ませた。

 父の用意した同行者とともに、騎乗で帝国に向かう。


 グンバニールに到着し皇帝への拝謁を済ませると、わたしはザルドゥルと再会した。

 軽口が得意だった美男子は、その面影をわずかに残しただけで傷ついていた。

 グアガラダインとの戦いで受けた傷を癒しきることができなかったのだ。顔の半分を仮面で隠し、失われた視力を魔法の目が代替している。


「まったく……こんな事態になるとは夢にも思わなかったよ」


 嘆くザルドゥルの口調は昔の通りだった。

 戦場での無理な治療が祟って体に傷を残したザルドゥルは新たな力を求めてユーリッヒとともに太陽神の試練場へと向かった。

 攻略は順調に進んだ。

 時期は違えどどちらもかつては戦神の試練場で鍛え、最下層に辿り着いたことがある。試練場の難易度もそれほど変わることはなかった。

 そのことに失望を覚えながら、最下層、最奥に控えるボス、太陽の殉教者と戦い勝利した。


 戦いにおかしなところはなかった。しかしそれなのに、太陽の殉教者の心臓に剣を突き立てたユーリッヒの体が光に包まれ、消えたのだった。


「おそらくは魔法の罠に掛かったんだ。彼は試練場のどこかにいる。助け出さなくては」


 ザルドゥルから感じるのは貴族としての打算以外のなにかだった。大要塞にいた頃からそれはあった。友情なのか、それとも愛か。

 彼の必死さに見なかった振りをし、わたしは試練場へと赴く日取りを決めただけでそこを去った。


 大使館に戻ったわたしに幾人かの来客が会ったことが告げられた。

 この時期に他国の勇者に接近したがるような貴族なんてろくでもない考えの持ち主ばかりに違いない。

 渡されたリストを眺めて全員に断るよう告げかけ、貴族ではない者がいることに気付いた。


 グンバニール冒険者ギルドのギルドマスター。

 そんな人間が、一体なんの用で?


「ギルドマスターは特に困っているご様子でした」


 リストを持って来た大使館職員がそんなことを言う。懐に金貨でも偲ばされたのか、追従の笑みは気持ち悪かったが、なにかに揺り動かされたような気持ちになって会うと答えてしまった。


 現われたギルドマスターは応じてくれたことに何度も繰り返し礼を言ったが、いざ本題に入るとなると言葉を濁した。


「申しわけありません。本当に……こんなことをあなたにお願いしなければならないなんて……」

「いえ、かまいませんから。とりあえずそのお願いというものを聞かせてもらえませんか?」

「……緊急に太陽神の試練場に入りたがっている者がいるのです。それで、セヴァーナ様のパーティにその者たちを紛れ込ませていただければと……」


 わたしがここにいることを知っている以上、なぜ、ここにいるのか、ということもわかっているのだろう。

 だからその点について無理に聞こうとは思わない。


「しかし、どうしてその者たちは太陽神の試練場にそこまで急いで……」

「それはおれにもわかりません。ですがこれを望んでいるのはあなたがたに縁のある人物であるはずです」


 そう言われた瞬間のわたしの気持ちが誰にわかるだろう。

 目に見えない誰かに操られているのだと思った。

 彼にとっての都合のよい存在になれと。

 それがお前への罰なのだと。

 選択の余地のない境遇で選択の余地のない罪への罰が、これなのだと。


「彼の……名前は?」


 ギルドマスターは男だとは一度も言っていない。

 そうとわかっていても、わたしはあえて彼と呼んだ。


「ルナーク……と名乗っております」

「わかりました。出発は三日後。日が昇る前に太陽神の神殿に来るように伝えてください」

「ありがとうございます。これで冒険者ギルドは救われます」


 深々と頭を下げるギルドマスターから目を反らす。

 救われる?

 ならば彼らもあの男の怒りを買ったということか。


 あの男はたとえ利用するにしても利用するに値する理由がなければそれをしない。


 そのことだけは、わたしは彼を信用している。

 ろくでもない信用だけれど。


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