117 竜の国へ 16
タイコウは嫌々という様子を隠しもせず、仙桃・玉霊華を立派な木箱にいれておれに渡した。
「この箱に入れておる限り、腐りはせぬ」
「なるほど」
納得し、おれはその場で無限管理庫にそれを収めた。
鍵を取りだしたおれがその場から消え、そしてすぐに現われたことに、その場にいたリュウサクやタイコウ、ハラストは驚いた顔をした。
「なら、これで誰にも盗まれない」
「さきほどのは一体……?」
「おれの数少ない秘密の一つだ。そう簡単には明かせないね」
竜たちならこれぐらいは出来ていそうな気がしたので、得意な気持ちになって自慢した。
門を出ると再び霧のようなものが現れて全てを包み、視界が晴れたときには元の休憩をしていた山の光景に戻っていた。
ハラストが少しばかり景色の変化を受け入れるのに時間を要したものの、下山は問題なく行なえた。
ただ、ハラストがずっと竜の国への感動を語り続けていたのにはいただけない。
どうやら彼は竜と人の間の子であることに劣等感のようなものを抱いていたらしく、心の底で竜の国へと行くことを望んでいたらしい。
一人で大山脈を登ったことも一度や二度ではなかったようだ。
だが、一度として彼が迎え入れられることはなかった。
それが今回、おれと一緒に登ったことで竜の国に入ることが出来た。
そして彼らは竜と人の間の子であることでハラストを差別することもなく、ただ仙術を学ぶ者として扱ってくれたことを喜んでいた。
同時に、自分と竜たちの生き方が完全に違うことも理解したらしく、それもあってうまく割り切ることが出来たと言っている。
おれとしては「それはよかった」と言ってやるぐらいしかできることはない。
それよりもおれがいたことで竜の国が現われたという言葉が気にかかる。
おれが万夫不当の儀をやっている間にリュウサクから聞いたということだが、どうもおれが天の階梯に至る者だから竜の国は姿を現わしたということのようだ。
それはつまり、おれの持つ称号『天孫』が関係しているのだろう。ラーナとともに戦ったあのダンジョンの巨人も似たような言葉を使っていたのを覚えているから、間違いない。
ルニルの影武者をするための【天啓】予防の件といい、『天孫』は便利だ。
いや、ただ便利だと済ませるわけにもいかないだろう。
『天孫』は明らかにおれをなんらかの運命に導いている。
それに従うことが良いことなのかどうなのか、判断材料の足りないいまは黙って起きたことを受け流していくしかないだろう。
あるいはラーナはなにか知っているのかもしれない。
それを聞くべきか、しかし彼女が知っているのだとしたら、それは自分で見つけたということだろう。
ならばおれもそうするべきか。
まぁしかし……なるようになると考えるしかないか、な。
仙気が充実したハラストの身体能力が上がったおかげでかなり早く下山でき、おれたちはその日のうちに王都タランズに帰ることができた。
その後、ハラストは王城に報告に帰り、おれも屋敷へと戻ったのだが、そのときになって山に入ってから一月経っていることを報されて驚いた。
体感的には七日か十日くらいのものなのだが。
竜の都では時間の流れが違ったのかもしれない。
ハラストもきっと驚いているだろう。
とりあえずはラナンシェに帰還を伝えるように頼み、部屋でだらだらとする。
ラナンシェはすぐにやってきた。
おれがどこにいてなにをやっていたのかとしつこく聞いてきたが、面倒なのでざっくりと説明する。
「大山脈に登って竜の国に行ってきた」
「それで、例の竜はいたのか? 話はできたのか?」
「それはこれからだ」
「どういうことだ?」
「決戦の地はこの屋敷だ。いずれ招くからそのときは邪魔をしないように」
その説明では納得できなかったようだがおれとしても詳しく説明するのはめんどうだった。
交換条件ではないが「試したいことがあるから今夜どうだ?」と言ったら呆れた顔でそれ以上の追求はやめた。
それでも「いずれ姫様たちの前で説明しなくてはいけないからな」と釘を刺してから帰っていった。
こっちはこっちで大変だったんだぞとかぶつぶつ言っていたが、それを説明する機会を逃したことが腹を立てた原因だったのだろうか?
しまったなと思いつつも、いずれ取り返す機会はあるだろうと開き直る。
翌日の夕方、ハラストがやってきておれたちがいない間に起きたことを説明してくれた。
やはり国王と王弟派との政争はあったようだ。
一月の間に色々とあったようだが、ざっくりといえば……王弟派が暗殺組織と繋がっており、ルニルを暗殺しようとしたという証拠を手に入れることに成功した国王ルアンドルはその証拠を武器に王弟派を追いつめ、ついに王弟から権力を奪い、軟禁することに成功したらしい。
その証拠を掴むためにハラストは影で色々と活躍していたようだ。
おれの暗殺を命じられたせいで最後の一番良いところを見逃したわけだが、ハラストはそのことを気にしてないようだ。
むしろその場にいなかったことで王弟派に裏切りが露見することもなかったのでありがたいということらしい。
ハラストとしておれの暗殺に失敗して帰還したら王弟派が潰れていた。任務に失敗してむしろ幸運だったと素知らぬ顔でいままで通りに騎士を続ける……ということにしておくらしい。王弟派だった騎士団長も投獄され、生き残りに大わらわな他の連中もハラストの処世術を羨み、助命の協力を頼んでくることはあっても、そこを疑って来る者はいないだろうし、いたとしても握り潰すことは可能だそうだ。
万事うまくいっているようでなによりだ。
だが、ハラストはその報告のために来たわけではない。
レクティラの件でだ。
城での務めを済ませてレクティラの遊回亭に顔を出したハラストは彼女と会いおれの件で話をしたのだそうだ。
余談だが、あの店のゴツイマスターも彼女の息子なのだそうだ。先代王との間の子だ。タラリリカ代々の王の間に子がいるというのだから呆れるしかない。
なにがどうしてそこまでタラリリカ王家の血筋にこだわっているのだろうか? 『勇者』がどうとか言っていたが、そんなに大事なことだろうか?
ともあれ、ハラストはその店でレクティラを待ち、無事に会えたのだそうだ。
おれが竜の国で万夫不当の儀を済ませたことを伝えると、むしろ喜んだという。
そして玉霊華も無事に手に入れたことを知ると、近々おれを訪ねると言ったという。
彼女とおれの考えは合致しているようだ。
満足げに頷くおれにハラストはなにか言いたげだったが、結局なにも言わなかった。
そのまま去るハラストを見送り、執事に女性の来客があればいつでも受け入れるようにと伝えておく。
おれもここに間借りしているだけの客のはずなんだが、執事は嫌な顔一つせずに了承してくれた。一つの仕事に邁進するっていうのはやはりカッコイイものだなとしみじみ思いながら、来たるべき決戦に備えておれは仙気を練った。
風呂にも入って体をきれいにして待っていると、その気配は開けた覚えのない窓から風とともにふわりと入り込んだ。
「こんばんは」
窓の前にレクティラが立っていた。
竜の国で見た衣装を身に纏った彼女は艶然とした微笑みを浮かべている。
「ドアから入れよ。失礼だなぁ」
「ごめんなさい。気が急いていたものだから」
「それに、自分の素性を隠すなんてつれないじゃないか」
「そう簡単に言える話でもないでしょう」
「……それもそうか」
「玉霊華は手に入れてくれたのでしょう?」
「まぁね」
「見せて」
「その前に、隠し事をされていたんだから追加の交渉をしたいのだけどな」
「あら。玉霊華の報酬はもう話が付いているのではなかったかしら?」
「それももちろんだが、あいにくといまのおれが一番に守らなければならないものは自由な身分なんだ。それがないと色々困る」
「困るのはあなたの勝手だわ」
「なら、この話はなしだ。代わりに竜殺しの栄誉をもらうとしよう」
レクティラの微笑みが少し深くなる。
瞬間、その場に緊張感が満ちた。
仙気と殺気が狭い部屋の中に満ちていまにも破裂しそうになる中、屋敷と屋敷の人間に被害が及ばない方法で片を付けるにはやはり一瞬で首を狩るのが一番だなと考えていた。
ディザムニアと同じやり方だ。
できないことはないだろう。
そんなおれの考えが読めたのか、レクティラの笑みが一瞬にして消え、青ざめた。
「どうする?」
「……あなた、とんだ暴君ね」
「そうかい? おれはただの弱い一庶民だよ。弱いから吠えなきゃいけない。吠えなきゃ、誰もおれのことなんて見向きもしない」
「強さだけが自己主張の方法ではないわよ」
「おれにとってはまずは強さだ。それが変わることはないし、捨てる気もない。ていうか、そんな話をしにここに来たわけじゃないだろ?」
「そうね……そちらの要求はなんだったかしら?」
「タラリリカ王家の継承にはもう関わらない」
「ああ……その件ね。ええいいわ。といっても口約束だけではだめでしょうからなにか書きましょうか? タラリリカ王家が物持ち良いなら、建国王とわたしとの契約文書があるはずだし、執筆鑑定はできるでしょ」
おれが紙とペンを用意するとレクティラはさらさらと念書を書き始めた。
「意外にすんなりと了承したな」
「だって……もうわたしにとっての彼らの役目は終わっているもの」
「そうなのか?」
「ええ。目的がなんだったかは、教えてあげないけど」
「いいけどさ」
子供を何人も作っておくぐらいになにかに執着しておきながら、それをあっさりと捨ててしまう。
それはおれにはない感覚のようで、少しばかり怖い。
レクティラが念書を書き終え、それをひらひらと揺らして笑う。
「それで、玉霊華は?」
「これだよ」
あらかじめ無限管理庫から出しておいたタイコウの箱を見せると、彼女は納得して箱と念書を交換した。
レクティラは箱を開けて中の仙桃を確認すると満足げな笑みを浮かべた。
「これでいいわ……さて…………あなたの邪魔をするものの代償としてこれを差しだしてしまったわけだけど……」
そう言ってレクティラは掌に桃色の果実を乗せ、それにくちづけをする。
「房中術の深奥。覗いてみたいとは思わない」
「それは是非とも」
おれは大きく頷いたのだった。
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