112 竜の国へ 11
リュウサクの目には哀れみが混ざっていた。
「君にその話をしたレクティラという女性だけどね。おそらく本当の名前はレイファ。タラリリカ王国の建国に関わった竜だよ」
「ああ……やっぱり?」
「おや、わかっていたのかね?」
「なんとなく……だけどな」
房中術とか仙術とかだけならまだそういう特殊な術を知る者もいるだろうと思えたかもしれないが、玉霊華という竜の国の物を知っているとなると話は違ってくる。
力の向上を模索しているおれにとっても仙術というものは嬉しいし、さらに彼女が教えてくれる条件というのがいまから行かなければならない竜の国にある物だった……なんて都合が良すぎる。
太陽神の試練場の件といい……そんなに都合の良いことが連続で起こるはずがないし、起こるのだとしたらなんらかの意思が働いていることを疑うべきだ。
「なるほどね。人間にしては思慮深いようだね」
おっと……人の良さそうな顔をしながら傲慢げなことを言う。
しかし、そんなことは気にせず、おれはハラストを見た。
「で、そうなってくると聞きたいのは、彼女がなんの目的であんたを付けたかだ? ハラスト君?」
「……どうして、そう思うのですか?」
そんな質問をしている時点で正解だと言っているようなものなのだが。
「おれをここまで案内したのが不自然だってのは、前にも言っただろ? それに加えてチョウタンとやりあったときだ」
最後の好機を掴もうとしたとき、ハラストの動きが速くなった。
「あのとき、お前の動きを支えた力は魔力じゃなかった。仙術の気、だろ?」
「…………」
「レクティラに房中術がどんなもんか体験させてもらってなかったら、さすがにわからなかったかもな」
「なるほど、だからあなたの中に彼女の気が混ざっていたのですか」
そういえば、門の上に現われたときにそんなことを言っていたな。
納得したリュウサクは次にハラストを見る。
「チョウタンと戦ったときにあなたが使った仙気は僕も感じていたよ。レイファのものではないけれど、それに近い仙気だった」
仙術の気だから仙気か。
なるほどな。
「それで、レイファはどうして地上にいるんだ?」
リュウサクに見つめられて黙り込んでしまったハラストに同情したわけではない。そのまま放っておいたら話が進まなそうだったので口を挟んだ。
さきにこちらの話を終わらせてもらおう。
「チョウタンから聞いた話だと、竜ってのは天を目指してここで修行をする種族なんだろ? そんな奴らがどうして地上で人間に関わってる?」
「人間と同じだよ。竜にだって多少は多様性というものがある。普通は天翼竜に至るまでの道のりは違うだけなのだけれどね」
「つまり、変わり者ってことかい?」
「かなりの、変わり者だよ」
強調するリュウサクの態度はかなりきつかった。
一緒にされたくないのだろうか?
「レイファは仙術の中でも房中術に長けていてね。艶翼竜という名を戴いて昇華したんだ」
「それは、称号みたいなものなのか?」
「人の称号よりももっと直接的だね。竜生だけでなく、その姿形にも影響する。レイファのそれは、たしかに見たこともないような姿だったよ」
「それで……?」
レイファのことを語るリュウサクの心情はとても複雑そうだと感じた。
竜として一緒にされたくないという思いは強いものの、同じぐらい、違うということに憧れを抱いているようにも見える。
大人の固定概念と子供の羨望が混じったような不可思議な感情を、おれは見ない振りをした。
「どうして、レイファはタラリリカ王国の建国に関わり、そしていまも居座っている?」
「ああ、そうだね。だが、彼女がいまもそこにいる理由はわかるはずもない」
「おいおい」
「しかし、出ていった理由ならわかる。房中術というのは生殖行為における陰陽の巡りを昇華に用いられないかと考えた末にできたものだが、ほとんどの竜はその技術に注目しなかった。なぜなら……」
生殖行為そのものが非常に淡白な竜にとって、それを楽しみとすることもない。そしてその行為によって生じる仙気があるのならば、それは生まれた卵にこそ用いられるべきものである。
「レイファはそれが面白くなかった?」
「そのようだね」
「ていうことは……」
簡単に言えば、楽しみのために行う性行為のついでに仙術の修行ができないか試してみたらできた。
だけど竜は性行為を楽しまない。
房中術を認めてくれないぞ。しょぼーん。
おや、人間は楽しみのために性行為をしているぞ。
閃いた!
「っていうことか?」
「おそらくそうではないかな」
おれの言い方にリュウサクは苦笑し、チョウタンは渋い顔をした。
しかし、間違えていないようだ。
「なら、どうして王を男でなければだめだと言うんだと思う?」
「おそらくだけど、その血筋が関係するのではないかな?」
「血筋?」
「タラリリカの建国王は『勇者』なのだろう?」
「それは称号だ。称号は継承されない」
「だが、『勇者』として戦って育った精強な肉体の基礎は子に継承される。彼女はそれを利用したかったのではないかな?」
リュウサクの言葉を考えてみる。
彼女は王となるような人間なら『勇者』として戦った先祖の肉体を強く継承しているだろうと思って王を男に限定させる契約をし、王となった男と一夜の交わりをする。
それは……もしかしたら、勇者として培った力をタラリリカ王家の人間から奪い続けるという意味でもあるのか?
レクティラ……レイファと二度交わったからわかるが、お互いの体を大きな力が巡っていたのがわかる。
つまり、おれの力がレクティラに。レクティラの力がおれに……という具合に移動し、混じり合い、不可思議な化学変化が生じて仙気となって元よりも大きくなっていく。
それは体内の仙気を自在に操るからこそできることであり、ならば相手から奪う一方ということだってやろうと思えばできるはずだ。
「……お前たちはレイファを探さなかったのか?」
「僕たちは探さない。都と空を行き来するだけだ。なぜなら天への道は地上にはないのだから」
「なら、変わり者の竜がなにをしようと気にしない?」
「もちろん、やりすぎて人間たちの恨みを買われては溜まらない。『勇者』をここに差し向けられてはたまらないからね。だからあまりにひどいようなら人間に手を貸そうということは話で決まっていた。だがあいにくと、レイファが騒ぎを起こしていたのは地上に降りてしばらくだけだった。だから僕たちもなにもしなかった」
「……国が一つ滅んだんだけどな」
おれはタラリリカ国王の語った建国話を思い出しながら言った。
「それに昔は竜もちょくちょく山を降りてきたとか言っていたけどな」
「それはない。あるとすればそれは竜に似た別のなにか、だよ」
だんだん、質問するのに疲れてきたな。
こいつら、口ではなんだかんだ言いつつ、出ていったレイファを放置したのだ。
都を出ていった変わり者の竜が地上でなにをしようが知ったことではないのだ。
「誰か、出ていったレイファを追いかけたり、なにしてるかちゃんと調べた奴はいないのか? いや……」
考えてみれば、そんなことはどうでもいい。
建国話の竜がレイファなのなら、彼女はおれがなんのために竜を探しているのか察しているだろう。
だから玉霊華を要求した。
これを手に入れることが条件なのか、あるいはこれでようやく交渉のテーブルに着けるのか。
それともただ、体よく利用しようとしているだけなのか。
三つ目ならおれも鉄拳交渉に移るだけだがな。
「いざとなったらレイファと戦闘になるかもしれないって言ったら、あんたらはどうする?」
「なにもしない。レイファは自らの意思で地上に降りたのだからね。そこで死を迎えるなら、それは自らが望んだ未来だ」
「なるほど……それなら次の話だ」
「玉霊華だね。実を言うと、それが一番の問題なんだよ」
「なんで?」
「それの管理者がレイファをとても嫌っていてね」
そのときに見せたリュウサクの顔がとても人間らしいとおれは思った。
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