108 竜の国へ 7
その後一晩中、レクティラと房中術について教わった。
端的に楽しんだと表現したいところだが、あいにくと楽しみきれたかどうかは言葉にするのが難しい。
最初の夜は手加減されていたのだとはっきりわかったし、今回は感覚を弄ぶだけでは終わらなかったからだ。
仙術における陰陽の気というもの。それが担当する聖霊が存在する属性としての気とどのように違うのかはわからない。
あるいは同じものなのかもしれない。レクティラは魔力との違いに関して解釈の違いとしか言わなかったし、あるいはそれらは一つの力に対しての様々な側面の一つ、ということなのかもしれない。
魔力を介して魔法は様々な形となって現われるように、根源的な力は魔力にもなれば陰陽の気ともなるのだろう。
レクティラとの交わりの中で、おれは一つの力が二人の間を循環し、そして大きく育っていくのを感じた。
その力が体を巡る度に、行為とその果ての疲労が癒され、逆に力が満ちていくのを感じた。体にはかつてない充足感があるのだが、同時に精神はいままでにない疲労を覚えてもいた。
夜が明けたときには、おれは完全に屈服させられていた。
それでいながら体は気力に満ちているのだ。わけのわからない現象に混乱するおれに、レクティラは笑いかける。
「面白いでしょう? 極めたかったら、宿題をちゃんとこなしてきてね」
そう言って笑った彼女は、子供にするように額にキスをして去っていったのだった。
微妙な気分で宿を出て……さて、このまま山に行くかと思っていると、早朝だというのに子供がいた。
よく見れば、昨日伝言を頼んだ子供だ。
ちょうどいいかとその子にまた伝言を頼むと子供は小遣いを握りしめてにやりと笑う。
「レクティラには会えた?」
おれと彼女がなにをするのかわかっている顔だ。
「おかげさまで勉強になったよ」
そう返すと子供はさらに意味深な笑みを浮かべて走っていった。
都会の子供はマセてるなぁ。
走り去る子供の背にそんな感想を投げかけ、おれは山へ向かうために北門を目指した。
北門にはすでに朝の行列ができていた。
こちらの門は王国北部へと向かう、あるいは来た者たちばかりだ。そして王国北部は生産地帯でもあるため、並んでいるのは商人や農民が多く感じる。
「ルナークさん」
出るための列に並んでいると、そう呼びかけられた。
見れば城内を案内してくれた焦げ茶色の髪の騎士だ。
名前は……たしか……。
「バラスト?」
「惜しい、ハラストです」
そう言ってハラストは爽やかに笑う。
そのハラストだが、城仕えようのきれいな鎧ではなく、各所を鎖帷子に変えた動きやすさを重視した鎧に変わっている。
「で? どうしたんだ? 外の巡回任務とか?」
「いえいえ。あなたに同行するよう命令を受けていまして」
「は?」
「グレンザ山脈まで付いて参ります」
「マジで?」
「マジです」
爽やかに頷くハラストを見て、まぁいいかと考えた。
差し向けたのはルニルかラナンシェか。
女性を付けておくわけにもいかずってことだろうが、それなら同行者なんて誰もいらないんだけどな。
「別に逃げたりはしないぞ?」
「そういう心配はしておりませんのでご安心ください。荷物持ちと思っていただければ」
「ふうん」
まぁ、そうしたいのならそうすればいい。
騎士のハラストがいたおかげで列に並ばずに外に出ることができたし馬も使えた。
「そういえば、ハラストはレクティラを知ってるのか?」
「え!?」
爽やかな笑顔をはり付けて進んでいたハラストの表情が凍った。
この間、酒場で彼女に連れて行かれたところを目撃したのだと話すと、冷や汗が顔から溢れ出して止まらなくなっている。
「別に騎士だって溜まるもんは溜まるだろ」
「は、はは……まぁそうですね」
「それにしても……あのレクティラと顔見知りになるくらい遊んでるってことだろ? 顔に似合わずやり手だな!」
「やめて……やめてください」
おれの言葉でハラストは顔を隠したまま馬を進ませるという器用なことをし始めた。
あまりエロを表に出さない性格なのだろうか?
もしかしたらハラストも房中術のことを知っているのかと思ったが、聞ける雰囲気ではなかった。
北へ向かう道は、進んでいくほど空気が澄んでいくのを感じた。
山から冷気を含んだ風が降りてくるからだ。
あちこちで放牧された牛を見かけるようになる。あれが白雪牛だろうかと思いながら進んでいく内に夕方近くになって村に到着した。
ここから先に村はないので、ここで馬を預けて徒歩で行くという。
宿はないので村長の家に泊めさせてもらう。
ハラストのおかげで村長は渋ることなく泊めてくれた。自慢のチーズをたっぷりかけた芋をご馳走になる。塩をかけた蒸かし芋にとろとろに溶かしたチーズをかけただけなのだが、絶妙に美味しかった。これぞ素材で勝負というものだろう。
無限管理庫に隠し持っていた酒を幾つか出して宴会になった。
ハラストは明日に備えてすぐに寝た。あくまでも爽やかにまじめな男だ。村長の娘が彼ばかり気にするのもしかたないというものだろう。
翌朝。
早朝には出発する。二日酔い気味の村長に見送られて山へと向かう。それを見送る村長の娘の立ち姿は、まるで戦場へ向かう恋人を見るかのようだ。
美男子ってのは得だなとしみじみ思う。
山脈へと近づけば近づくほど、人が定住できるのはあの村までだなとしみじみと思う。吹き付ける冷気のためか高い木は全くなく、低木か草が生えるのみだ。
こんな寒い場所でしか咲かない薬草があったよなと思うが、依頼として受けたことがないので形までは思い出せない。
山脈に入るような依頼は冒険者ギルドには貼り出されないのでしかたないのだが、そのためにこの手の薬草は他国からの輸入品か闇市の商品に頼らなければならないと、以前に依頼を受けた薬師や錬金術士がため息を吐いていたのは覚えている。
持って帰れば彼らは買ってくれるだろうか?
うーん……やめておこう。
おれは法律を破りたいわけではない。自分の力を過信した連中をそれ以上の力で押さえつけたいという欲求が強いのは認めるが。
先を進むハラストに従う。
動きやすいように軽量化されているとはいえ、全身鎧を着ているとは思えない身軽さで進んでいくハラストに感心する。
「竜の国まで行ったことがあるのかい?」
「え? いいえまさか」
振り返ったハラストが首を振る。
「それにしては、なにかわかってる感じで進んでいくな」
「とりあえず登るしかないのではないですか?」
「まぁ、そうなんだけどな」
彼の言っていることは正論なのだが、迷いのない足取りはやはり気になる。
「もう少ししたら休憩しますか?」
わずかに汗ばみながらも爽やかな笑みは張り付いたままだ。
「任せる」
「わかりました」
そう答えたハラストは休憩しなかった。
そのまま道なき道を軽々と登っていく。それを追いかけるおれの体も軽い。
いつも以上に軽い。
これはおそらく、レクティラと行った房中術というものが関係しているのだろう。いつもとは違う力の充実が感じられる。別種のなにかがおれの体を巡り、おれの体を支えていると感じるのだ。
これが仙術なのだとしたら、学ぶ価値はある。
斜面には雪が現われるようになり、すぐに腰の辺りにまで届くようになった。
振りかえれば雲が目線と同じ高さにあった。
吐く息は即座に白くなって氷片を輝かせる。
しかしここまで竜の姿は一度も見なかった。
ここまで来て、ハラストがようやく休憩を取る。
「すごいですね。ぜんぜん疲れてなさそうだ」
「もっと寒いところも経験したことあるしな。そっちこそよくここまで休憩なしできたもんだ」
「いや、ちょっと汗を掻きました。ダメなんですけどね、汗掻いたら」
「まったくだ」
焚き火を熾すのも待てず、おれは【下位召喚】で火の精霊を呼ぶ。精霊が薪の上で踊る内に火は点き、それで湧かした湯でお茶を作り、携帯食を齧る。
「……聞いてはいけないのかもしれませんが、どうして竜の国へ?」
「うん?」
「陛下との話は、僕のような下っ端騎士には明かされません。ですが、気になったものでして」
「うーん……じゃあ、おれも聞いていい?」
「はい?」
「あんた、王とかに命令されておれに付いてきたわけじゃないよな?」
「え?」
「城を出てからほとんど誰にも会わずにここに来たんだぜ? そんな都合よく門前に案内の騎士がいるわけないじゃん」
「う……」
ハラストが気まずげに言葉を詰まらせた。
ここで、「ずっと待ってたんです」とか言い切られたらおれもなるほどと思ったかもしれないが、ハラストは見た目通りに正直な性格らしい。
おれが山に行くと別の誰かに聞いたから北門で待っていたのだろう。
では、誰に聞いた。
そんなの……。
「レクティラしかいないよな?」
おれがそう言ったのとほぼ同時だった。
白いものが辺りを覆う。
雲がここに流れてきたのだ。
視界を覆う白い流れが通り過ぎたとき、おれはその光景に驚いた。
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