107 竜の国へ 6
竜と王国との約束事を変更することができたら、おれの身分は今のままで、将来女王となるルニルの愛人になれる。
失敗したら、伯爵としてタラリリカ王国に仕える。
失敗した場合は竜の怒りを買って国に被害が及ぶかもしれない。その責任はとってもらうということでこういうことになってしまった。
他人が一見すれば、どちらでも損はないように見えてしまうかもしれないが、おれにとっては大損だ。
これからラーナに負けないだけの強さを手に入れるために色々と動き回らなければならないのに、それができなくなるということだからな。
やらないという選択肢はすでにない。
おれが持ちかけたのに、おれの方から「やっぱなーし」なんて格好悪いからな。
というわけで竜を探さなければならなくなった。
しかし、あてはない。
城から戻ったおれは服を着替えると、冒険者ギルドに赴き、竜の目撃情報を求めてみたが、そんなものは一つもなかった。
いや、山脈に近い場所で暮らしている人々は見たことがあるそうだが、それも雲よりも高い位置を飛ぶ姿を見た、という程度のものだった。
タラリリカ王国が建国してから今日まで、竜による被害は一度もない。
「建国物語を知らないのか?」
と、ギルドの職員に真顔で言われてしまい、おれは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
これは、王都にいてはどうにもできないかもしれないな。
となると、実際に山を登ってみるしかない……か。
と思ってグレンザ山脈に入っていいのか調べてみたところ、とくに禁止されてはいないようだった。
ただし、命の保証はないし、山で手に入れた物を売買することは禁じられているとのことだ。
建国物語における勇者と竜の約束においても、山に入る者は国民ではないと明言されている。
つまり、山に入った時点で国民ではないし、山を荒らして手に入れた物を国内に持ち込むような不届き者は罪人であるということなのだそうだ。
まぁ、おれは冒険者だし、もともとこの国の住人でもないし、売買するなというだけなら簡単なものだ。
というわけで明日からは山登りをするとして、今日は英気を養うとしよう。
山登りに必要そうなものを冒険者ギルドの周辺にある店で買い込み、無限管理庫に放り込んでおく。
ついでに暇そうにしている子供に小遣いを握らせて屋敷への伝言を頼む。
この手の、成人するより早く自分で仕事を見つけないといけない子供というのはどんな街にもいる。スペンザにもいた。
こういう子供は冒険者ギルドにある日雇いの依頼をこなすこともあるが、それでも体のできていない子供に任せられる仕事というのは少ない。
それは冒険者ギルドに限らず、街の商店にしてもそうだ。
なので、子供にでもできる仕事として伝言業というのがある。ちゃんとした仕事というわけではないが、暇そうな子供に小遣いを握らせて街中の誰かにちょっとした伝言や手紙を渡すのを頼むのだ。
おれが子供に頼んだのは夕食はいらないというものだ。
「兄ちゃん、遊ぶんならレクティラの遊回亭がいいよ。お酒も食事も美味しくて、きれいなお姉さんのいる店もすぐ近くだ」
「なんだ、宣伝しろとでも言われてんのか?」
「へへ」
「ありがとうよ」
「おうっ!」
伝言を頼んだ子供は元気に手を上げて走っていった。
たくましく生きている姿を見ていると、こちらも元気をもらえた気になる。
しかし、どこだよレクティラの遊回亭。あいつ住所言わなかったなと思いつつ、ぶらぶらと繁華街へと向かっていく。
さて、なにを食べようか?
以前にニドリナたちと食べた白雪牛のことを思い出したが、あんな気張ったものを一人で食べるのはなんだかわびしい。屋台通りで適当に買い込んで済ませるかと思っていると、その女を見つけた。
夕焼けに埋もれた月のような色をした髪のその女性は、あのお姉さんだ。
「ねぇ」
と、思わず声をかけてしまった。
「よかったら一緒にご飯とかどう?」
「はぁ……」
質問される前にささっと用件を言ってみる。
お姉さんの方は眠たげとも取れる緩い反応で首を傾げて見せるだけだった。
おれは印象はよくしようとにこにこと笑い、もう一度「どう?」と言ってみる。まだまだ夕方のこの時間、夜の仕事のことを口にするのは失礼だろうと思って、そのことは一言も言わなかった。
そんなおれをお姉さんはじっと見つめ、やがて微笑んだ。
溶けそうな大きな瞳が魅力的だ。
「どこかおすすめの店はあるの?」
「いや。おれは王都に来たばかりでさ」
「それなら、知り合いの店に行きましょう」
「了解。もちろん奢るよ」
「ありがとう」
そんな感じで彼女に案内されて入った店は……まさかのレクティラの遊回亭だった。
「レクティラってわたしの名前なの」
と、彼女……レクティラが言った。
「わたしがこの辺りで遊び回るから、ここを拠点にしなさいって」
「いい店主じゃないか」
もしかしたらレクティラに惚れているのかもしれない。
ちらりと見えた厨房でフライパンを振るっている店長の姿は筋骨隆々の大男だった。殴られたら痛そうだ。
「ね、いい子なのよ」
自分が褒められたように表情を崩すレクティラに少しばかり嫉妬のようなものを感じる。
「え? 旦那とか?」
「まさか!」
おれの言葉にレクティラが笑って否定したのでほっとした。
商売お姉さんとはいえ、既婚者と知ったら萎えてしまう。
「……あなた、面白い人ね」
と、いきなりそんなことを言う。
「覚えているわ、この間遊んだ人よね?」
「そうそう、覚えててくれたんだ」
「もういちど、わたしと遊びたいのよね?」
「是非とも!」
と、おれが勢い込んで言うとレクティラはさらに笑みを深めた。
「やっぱり、面白い」
「どうして?」
「ほとんどの人がわたしと遊ぶと次は嫌がるのよ。どうもわたしは遊びが深すぎるみたい」
「深く……」
たしかに、あれはすごかった。
だけど、おれにとってあれは新しい発見だった。夜の行為がただの生殖行為ではなく、ただの溜まりきった性衝動の捌け口ではないということを教えてくれた。
あれは肉体の神経というものに対する挑戦だ。快楽を制御する技だ。
肉体を運用する上でそれを攻撃と防衛に特化させたものが剣術や拳術であるならば、レクティラとの一夜もそれに相当するものだ。
と、おれが熱弁をふるうとレクティラはさらに笑った。
「やっぱり、あなたって面白い」
そう言って笑い、それからおれに顔を近づけ、声を潜めて教えてくれた。
「あれは房中術というのよ」
「房中術?」
聞いたことのない名前だ。
「仙術というものの中にある奥義の一つよ。わたしはそれが得意なの」
「へぇ……」
「得意すぎて独自解釈を進めすぎたら追放されちゃったのだけどね」
「仙術っていうのは魔法とは違うのか?」
「根幹は同じよ。それを魔力と捉えて魔法とするか、陰陽の気と捉えて仙術とするか。どちらも自分と世界との関係性、有り様を問うところは一緒」
「面白そうだ」
そんなことを言うおれをレクティラはじっと見つめる。
まるで目の奥からおれの中にあるものを探りとろうとしているかのような目。目を反らしてしまいたくなるが、それをするべきではないとおれの勘が囁いていた。
いつの間に真剣な表情となっていたレクティラが、また笑みを浮かべる。
「……あなたが望むなら、教えてあげてもいいわ」
「マジで!?」
「ええ」
「やったぜ。それならさっそく……あ」
と、嬉しさで言いかけておれは忘れかけていたことを思い出した。
「ああ、でも、おれは明日から山に行かないといけないんだよな」
「山?」
「そう、グレンザ山脈」
「なにそれ? 気になるんだけど、教えてもらってもいい?」
蠱惑的な瞳に誘われたが、だからといって全てを話すわけにもいかない。
ただ、建国物語の竜を探しに行くとだけ伝えた。
そうすると、彼女から宿題を渡されてしまった。
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