104 竜の国へ 3
朝食時にラナンシェはおそるおそるといった様子で現われた。
「おはよう」
「おう、おはよう」
「え?」
「どうした? 食べていくんだろう?」
「あ、ああ……もちろん」
広いテーブルに並んだ料理を示すとラナンシェは戸惑った様子で頷き席に着く。
おれの態度が予想外だったようだ。
もちろん、ラナンシェの心情を理解した上でおれは知らんぷりをしている。
それでも昨夜の出会いがなければ彼女の予想通りの態度を取っていただろうが。
昨夜は、本当によかった。
夜の技というものは真実存在するのだと、おれは身に染みて教えられた。あれに比べたらおれがいままでしてきたことはただ動いていただけだったのだと痛感させられた。
初心者冒険者がゴブリンを殺していい気になっていたら巨人に踏みつぶされたようなものだ。
おれはまだ素人もいいところだった。
これはしばらく、王都に滞在して夜の技の深奥というものを会得しなくてはな!
幸いにも軍資金はたっぷりとあるのだ。
「な、なぁ……本当にどうしたんだ?」
おっと、どうやら顔に出ていたらしい。
不気味そうに見つめるラナンシェに、おれは表情を整えた。
「それより、ルニルにはいつ会えるんだ?」
「ああ……すでに昨夜の内に使者を出している。今日の内に返事は来ると思うが」
「それなら、今日は暇だな」
「そうなるな」
「なら、自由行動ということでいいな?」
「ああ……いや、できるなら剣の相手を指導して欲しいんだが」
「うん? いいぜ」
どうせ日の出ている内はやることがなかったしな。
勝負は夜だ。
「そうか! ありがとう!」
なんだか不安げだったラナンシェの機嫌もよくなる。
それから、午前は庭でラナンシェの剣の練習相手となった。
戦い方の基本は戦神に使えるラランシアに教わったものの、その後は独学のみのおれとは違い、ラナンシェのそれは成長の都度、熟練の戦士や剣士に教えられているらしく、その動きは洗練され、無駄がない。
勘と経験に頼っただけのおれとは違うので、こちらとしても勉強になることが多かった。
そんな感じで昼まで過ごし、屋敷で昼食を摂ったら今度は一人で王都に出て観光がてら商店を見て回った。
前回は思いつかなかったが、そういえばテテフィに土産を買って帰るべきだと気付き、装飾品店を見て回る。
良い感じのネックレスがあったのでそれにする。
それからまたぶらぶらとしていると足は自然と冒険者ギルドがある区画に向かっていた。
習性のようなものだろうか。
さすがに中に入って依頼を確認する気はなく、冒険者相手の店を幾つか見て回る。
その中に気になる店があったので入ってみた。
奇剣屋と書かれた看板をくぐる。
店内のほとんどを埋め尽くしているのは中古の武器防具のようだが、それらはあくまでも糊口を凌ぐためのものであるらしく、本命は奥に飾られた奇妙な武器の数々だ。
鍛冶師でもある店の主人が創意工夫した武器が並んでいた。
おれが興味を示すと、主人は嬉々としてそれらを説明してくれた。
例えば、螺子状の柄尻を合わせて双剣にするものや、柄にバネが仕込んであり刃が飛び出す機構を持つナイフ。鉄の筒に鎖を通した折りたたみ可能な槍や、剣身に刻まれた溝から毒を流す曲刀など……ここら辺はまだわかりやすい方だ。
鉄片と鎖を組み合わせた【蛇蝎】のような伸縮自在の剣もあれば、盾と鞘が合体し、精霊力を結晶化させた晶石をはめ込めば、鞘に収めるごとにその精霊力を剣に付与することができるというもの。
複雑な折り畳み機構によって剣と槍と戦斧の三種類に形態を変化させるもの。
上げていけば切りがないが面白いから長々とした説明を聞き、結果的に幾つか買った。
発想はおもしろいが、武器の威力としてはまったく魅力がないのだが、なぜか話を聞いている間中、腰の黒号が微かに震えていたのだ。
興奮している様子からこれらの奇剣に興味があったのだろう。
早速屋敷に持ち帰り、それらを並べてその近くに黒号を置いてみる。
すると黒号は形を崩してそれらの武器にのしかかりガリゴリと食い始めた。音を除けば、その様はまるでスライムの食事だ。
しかし……以前から切ったものを喰らってはいたが、今回のように自分から食欲を主張することはなかった。
伝説級に昇華したことで黒号の内部でなにかの変化があったのだろう。
悪化すると自分の食欲のために持ち主に影響を及ぼすようになるかもしれない。そうならないように気をつけなければ。
とりあえず黒号を部屋に置いておき、自分の夕食を済ませる。
戻ってくると黒号も食事を済ませていたので。イルヴァンに血を与え、それから夜の王都へと出かけていった。
さあ、これからが本番だ。
とりあえず昨日と同じ酒場に行く。昨夜のお姉さんは見つからなかったので、他のお姉さんと交渉して部屋に行った。
昨日のお姉さんの夜技が彼女だけのものなのかを確認したい意味もあったのだが、予想通りというか、あのお姉さんが特別うまいということが判明した。
しかしそれならそれで、こちらとしては女性を喜ばせるにはどうしたら良いのかという研究をさせてもらう。お姉さん自身からの意見をもらいながら様々なことに挑戦しつつ、楽しむ。
延長料金も払って研究に勤しみ、お互いにいい汗を掻いて別れた。
研究は捗ったとは思うが、スッキリしたかというとそうでもない。
ここはやはりあのお姉さんのお世話になりたいと、おれは酒場で酒を飲みながら待ってみた。
一頑張りしてきた後だからか、酒場で待機しているお姉さんたちも昨夜のように近づいては来なかった。
男たちはひっきりなしにやって来るし、性欲旺盛な彼らを落とすのに忙しい。
店に入ってきた男たちを見て、おれもあんな顔をしているんだろうな思いつつ時間を潰していると、昨夜のお姉さんが気怠げに入ってきた。
やったぜ。
さっそく近づこうとしていると、おれよりも早く彼女の前に立つ男の姿があった。
その男を見て、お姉さんの顔が引きつった。
「あなた!」
「……話があるんだ」
「来て!」
青ざめたお姉さんは男の手を引っ張るとすぐに上へと向かっていく。
不満を漏らす声が他からも上がったところをみると、あのお姉さんはやはり人気者のようだ。
なんだよもうと思いつつ、やる気が削がれたので今夜は帰ることにした。
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