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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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101 太陽神の坊 11


 光を抜けると、そこはやはり公爵邸の廊下だった。

 アーゲンティルはまだいた。

 それなりに時間が経っていたのか、廊下で動かない彼の世話をするために執事やメイドがその周りに控えていた。


 ドアを蹴破って出てきたおれたちにアーゲンティルたちは驚き固まっていたが、シビリスの腕に抱かれている少女の姿に気付いて、歓声が沸き上がった。


「ミリーナリナ!」

「お嬢様!」


 そんな声が次々と眠ったままの少女に注がれていく。

 孫娘の名前はミリーナリナというらしい。

 シビリスから孫娘を引き取ったアーゲンティルは涙を流していた。それほどまでに大事にしていたのか。

 そこまで大事にされていたのかと思えば、達成感を覚えなくもない。


 後で知ることになるが、ミリーナリナの両親は彼女を生んだ後で馬車の事故によって二人とも亡くなっているそうだ。

 だからこそ呪源はミリーナリナに固執していたのだろう。

 彼女は母親に生き写しのように美しいらしい。


 美しいらしいのだが、アーゲンティルが抱きしめて話さないのでその顔が見えないのは残念だ。


 なにはともあれ、依頼は達成した。公爵邸に雇われている、回復魔法を使う医者の診断でミリーナリナは自然の眠りを行っているだけということが確認された。


 それでも一応、目が覚めるまでということで公爵邸で一泊することになる。

 達成感と疲労でシビリスはすぐに倒れたが、ニドリナは暴れたりない様子で庭に出ると、おれが貸したレイピアの銀睡蓮を振り回して型の練習をし、おれは黒号の手入れをした。


 とはいえ、生体金属とかいうわけのわからない存在である黒号に普通の武器のような手入れは必要ない。

 それでもとりあえず剣の状態にさせて手入れ用の薬品を染みこませた布で拭ってやると気持ちよさそうに発光していた。

 呪源を喰らって妖しげな呪い成分を取り込んだせいか、剣身が薄紫色の霧を纏うようになった。


 うーん、なんだかどんどん邪悪になっていく気がするな。


 そんな感じでそれぞれに夜を過ごし、朝となった。

 朝食の席で、ミリーナリナが目覚めたことが告げられた。


 よし、これで今度こそ帰ることができるな。

 と思ったのだがミリーナリナが直接礼がしたいということで、朝食後に会話をする場所を設けられてしまった。


 食堂からここに来たときに最初に通された応接室に移動する。

 食後のコーヒーを楽しんでいると、アーゲンティルに伴われたミリーナリナが入ってきた。


「この度は危ないところを助けていただき本当にありがとうございます」


 眠りっぱなしだったとは思えないほどに丁寧な挨拶をされて、おれの方が対応に困った。


 ミリーナリナは十五歳だそうだ。

 金髪碧眼白磁の肌。深窓の令嬢という言葉をそのまま形にすればこうなるのだろう。長い睫に飾られた物憂げな瞳には表現しにくい危うい均衡が存在し、男を安心させない雰囲気がある。

 他の男を惑わせるのでは? という艶めいた危険性ではない。このまま世界のどこかに溶けてしまうのではないかという存在的な危うさだ。


 しかしそれと同時に、おれたちに対して礼を取った態度はしっかりとしており、その後に浮かべた笑みには人を安堵させるものがある。


 彼女には生きようという強い意思がある。きっとそれは、あの呪いの領域にあって彼女の無事を保っていた一因だろう。

 しかし同時に、人の意思ではどうにもできない運命的な儚さがあるような気がして、やはり、見ていると落ち着かない気持ちになるので、おれは目を反らしてコーヒーの苦い味に集中した。


 運命。

 おそらく、おれをここへ連れて来させたのもそれだ。

 太陽神が深く関わる運命は、シビリスの人生を迷わせたままここに導いた。


 はたして、太陽神はなんのためにおれを関わらせたのか?

 シビリスを成長させるためか。

 それともミリーナリナを守るためか。

 あるいはその両方か。


 そのシビリスだが、目を反らすおれとは対照的にミリーナリナから目を離せなくなっていた。

 たすけたときにも見ていただろうに。起きているときの彼女の印象がそれほど違うのか、呆けたようにミリーナリナを見つめ、会話の水を向けられればうわずった声でまるで見当違いの答えを返している。


 そんなシビリスの様子にミリーナリナもアーゲンティルも笑っている。本人だけが、どうして笑われているのかわかっていない。


 ひとしきり会話を楽しんだところで、アーゲンティルが話題を報酬へと切り替えた。

 おれとしては手打ちとなれば問題ないので報酬にはそれほど興味がないのだが、話はまずシビリスの件となった。


「彼だがね、このままタラリリカに戻っても風聞もあって居づらいだろう。どうかね? こちらの太陽神の神殿で聖戦士の修行を行うというのは?」

「は? え? ええ!?」


 いきなり自分の話題を振られ、正気に返ったシビリスが目を丸くしている。


「望むならグルンバルン帝国でもいいぞ。太陽神の神官としてはあちらの方が本場だろうしな。もちろん、お父上にはこちらで話を付けよう。こちらの大神官にも一筆書かせる。どうかね?」

「……す、少し考えさせてください」


 そう言いながらちらちらとミリーナリナを見ている。

 うん、これはあれだな。

 この国に残れば彼女と会う機会があるかもとか考えているのだろう。


「さて……それでは君たちだが…………」

「手打ちになれば問題ない」

「わたしもだ」


 おれの言葉にニドリナも頷くのだが、それでは困るとアーゲンティルが言う。


「手打ちの件は君たちがここに辿り着いた時点で成立している。我が商会の秘密にこうも簡単に辿り着ける者と敵対するなど損失しかないからない。商人は損得には敏感なんだよ。その上で、君たちとは友好な関係を築きたい。そしてもう一つ言わせてもらえば、商人がなにを怖れるかわかるかな?」

「なんだ?」

「無欲だよ。あるいは金銭で解決できない問題と言い換えても良い」

「ふうむ?」

「金に興味を示さない者は、ときに解決不能の強欲を振り回す。真に無欲な者など存在しないのだ」

「わかった。そっちがスッキリするだけの額の金貨か宝石をくれ。それでいいだろう?」


 脅されて金を渡されるというのは初めての体験だ。おれはニドリナと目を合わせ、その対応でかまわないか問いかけた。

 彼女は肩をすくめるだけだ。


「わかった。……あとはこの指輪も受け取ってくれ。我が商会の上級会員の印だ。この指輪と同じ印の店を見つけたらその指輪を見せるといい。便宜を計ってくれるだろう。もちろん、有料だと思ってくれ」

「それはありがとう」


 断ってもどうせ押しつけられるのだ。交渉するのも面倒だと、おれは出されたものを全て受け取った。


 おれたちの件は終了し、その間に悩んでいたシビリスはアーゲンティルの提案を受けることにした。


 そのためにシビリスとアーゲンティルの手紙、そしてファランツ王国大神官の推薦状という三つを携えて戻らなくてはならなくなったため、さらに一泊することになった。

 というか、一泊するだけで大神官の推薦書が手配できるのか。


 たしか太陽神の試練場に入るために色々としなくてはと考えていたらこんなことになったんだよな。

 おれたちの努力ってなんなんだろうなと嫌になる。


 そんなおれの嘆きでなにかを察したアーゲンティルは言葉巧みにおれたちから話を聞きだし、ジンガリアから推薦状を取り付けるために一筆書き加えることまで約束してくれた。


 アーゲンティルが引き受けたのなら推薦状は必ず手に入るだろう。

 となるとこれで目的は達成したことになる。


「よくよく考えると、おれたちってすごい大勝ちしてないか?」


 ニドリナと二人きりになれたときに言ってみた。


「大勝ち?」

「目的の推薦状も手に入るっぽいし、しかも金も手に入る。なんていうか、怖いぐらいにうまくいっている気がしないでもないよな」

「…………」


 おれのその言葉にニドリナは少しだけなにか考えるような仕種をしてみせた。


「それが運命だったんだろ」


 その後の呟きには皮肉げな響きが含まれており、本心でそう思っている様子ではなかった。

 ただ、偶然うまくいっただけ、そう言いたいのだろう。

 いつものようにおれが調子に乗ってそんなことを言っていると片付けてしまったのか。


 だが、今回のことに関しては運命……神の手が入っている気がしてならない。

 あの呪源の領域にシビリスを連れてきてしまったときにそのことを考え、そして覚醒とも取れるような現象を目の当たりにして確信へと近づいた。


 太陽神はなにかを企んだ。

 それがシビリスの覚醒なのか、それともミリーナリナの救出なのか、呪源の排除なのか……あるいはそこから派生する別の運命のためか。


 あるいはおれを太陽神の試練場へと導くために、太陽神なりの茶番を仕立て上げたのか?


 だとすれば、おれは太陽神に招かれているのか?


 なんのために?


 試練場へとおれを導くために?


 なんのために?


 おれが思っているよりも、そこには深い意味があるのだとしたら?


 おれは、少しだけ試練場へと向かうのが怖くなった。


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