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BBC-黒い血の狩人  作者: 栗木下
第四章:射抜く狩人

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第182話「黒鵺と剣士-3」

「くっ、新手ですか」

 イマジナに向けて幾つもの攻撃が飛んでいく。

 それらはイマジナの氷の剣によって呆気なく切り裂かれていくが、そうして生まれた隙は乱入者たちが俺の下に来て、迎撃の態勢を整えるのには十分過ぎる時間だった。


「ティタン様!」

「メルトレス……どうしてこんなところに……」

 乱入者たちの正体はイマジナがオース山に入ってくると同時に安全圏に移動したはずの面々……つまりはメルトレスたち三人にソウソーさんを加えた四人だった。


「何かとてつもなく嫌な予感がしたので、三人を説得してきたのです」

「説得って……」

 メルトレスの言葉に俺はイマジナに向けて弩を撃ち込んでいるソウソーさんに視線を向ける。


「説得と言うか実質脅しみたいなものだったでやんすよ……一人でも行きます。邪魔をするなら倒していきます。って感じでやんしたからね」

「……」

「何の話でしょうか?」

「……」

 ……。

 ああうん、どうやらソウソーさんは当然の事、堅固な陣地を築いているゲルドと牽制を続けているイニムにも多大な迷惑をかけたらしい。

 この場を無事に乗り切れたら、詫びの品の一つでも持っていくべきだろう。


「それよりもティタン!状況説明っすよ!この禿山を作った禁術使いはどうしたでやんすか!?」

 俺はソウソーさんの言葉に今の状況を思い出し、慌てて今の状況……禁術使いを仕留め、イマジナを片腕にしたが、押されていると言う状況を説明する。

 勿論、俺の矢を難なく切り落としてくる事もだ。


「なるほど厄介な相手のようですね」

「音より速い矢を放つ方も放つ方でやんすが、撃ち落とす方もどうしているでやんすね」

「つまり接近はさせてはいけないという事か。イニム」

「言われなくてもそのつもりでもう魔法は張っています」

 四人のイマジナを見る目が変わる。

 片腕を失って死ぬ気で暴れまわっているだけの死兵を見る目から、一種の化け物を見る目へと。

 だがそれで正しい。

 名実ともに化け物である俺が言うのも何だが、イマジナの実力は明らかに普通の人の領域を超えているからだ。

 間違っても片腕だからと侮ったりしてはいけないのである。


「いやはや、これは面倒な事になりましたねぇ。一対五、しかも今の生徒の中でも指折りの実力者三人に、化け物と面倒な男が一人ずつ、おまけに油断もない、と。ふふふ、本当に面倒だ」

 と、俺の状況説明を聞いて四人の目の色が変わったのを察したのか、今まで常に何かしらの攻撃を仕掛けていたイマジナが足を止め、笑みを浮かべる。

 そんなイマジナに対してメルトレス以外の俺を含めた四人は怪訝な顔をし、メルトレスは不機嫌そうな視線を向ける。

 イマジナは何ををする気なのか……。

 俺はベグブレッサーの弓に新たな矢をつがえつつ、イマジナの様子を窺う。


「これで勝てれば私はかなりの満足感が得られそうですが、これは流石に勝てませんね」

「……!」

 肩を竦ませたイマジナが俺たちに向けて舌を出す。

 イマジナの舌には……紋章が彫り込まれていた。

 そして、その紋章は白い光を発し始めていた。

 俺は咄嗟に息を吸い込む。


「なのべ、にげあす」

 イマジナの舌の紋章から白く輝く球体が放たれる。


「閃光魔法!」

「姫様!」

「メルトレス様!」

「対閃光防御っす!」

「ーーーーーー!!」

 次の瞬間。

 俺は口から羊とも鼠ともつかないような叫び声と共に大量の黒い煙を生み出すと、イマジナの舌から放たれた閃光を完全に遮断。

 煙の壁から外れた場所が一瞬昼の様に明るくはなるも、メルトレスたちの視界が潰されるのを防ぐ事には成功する。


「ティタン様ありがとうございます!」

「イマジナは何処に行ったでやんすか!?」

「森の中です!森の中に逃げ込んでます!」

 だがイマジナの足を止める暇は無かった。

 俺の黒煙とイマジナの閃光が消えた時、既にイマジナの姿はこの場には無く、俺の感覚はイマジナがオース山の森の中にに逃げ込んでいた事を伝えて来ていた。


「くっ、逃げられたでやんすか……」

「ですが、ティタン様が無事ならば……」

 イマジナは逃げた。

 それはつまり、この場におけるメルトレスの安全が確保されたと言う事でもあるし、あの様子ならば他の生徒や教職員をわざわざ自分から襲いに行くこともないだろうから、今日の事件にはこれで幕を下ろす事が出来ると言う事である。

 だがそれでいいのだろうか。


「いや、まだだ……」

「ティタンさん?」

「一体何を……」

 此処でイマジナを逃がしてしまえば、奴は間違いなくまた碌でもない事をする。

 自分が満足するだけの為に、真っ当な生き方をしている人間を害する。

 そんな事を許す事は……出来ない。


「まだ仕留められる」

「ティタン、落ち着くっすよ。今のティタンに一人で行かせるわけには……まさか!?」

 俺は一度深呼吸をすると、矢をつがえていない弓を構える。

 そしてイメージする。

 全身を黒い水のたまった湖に浸け、その力を全身に巡らせつつも、白い光の中が満ちた空間に自分が居る事を。

 黒い湖の中と白い空間の両方に同時に存在する自分自身を。

 それから発する。

 この力を使うために必要な言葉を。


「『肉体(アッスーム)詐称(ヒュマフィジカ)』……解除」


「ぐっ……」

「ティタン様。大丈夫です。私は絶対に貴方の傍を離れませんから」

「ああ、頼む……」

 その言葉を発すると同時に俺の全身に力が漲り始め、膨れ上がり始める。

 そして俺に微笑みかけるメルトレスの目の前で、俺の姿は人ならざるものへと……つまりは全身を黒い毛に包まれた、複数の生物を掛け合わせた奇怪な姿へと変化していく。

 それと同時に俺の手の内にあるベグブレッサーの弓もその姿を変え、太く長くなると同時に、前後左右にうねり、より強い反発力を持つ形へと変化していく。


「……」

 やがて身体が膨れ上がるのが止まり、俺の口から黒い煙と共に息が漏れる。

 その音は人のそれではなく、鼠とも羊ともつかないような奇怪で俺自身にすら微かな恐怖を抱かせるようなものだった。

 だが、メルトレスと言うこの姿の俺すらも恐れない人物がいるからだろうか。

 姿は完全に人のそれでなくとも、俺の意識ははっきりとしていたし、為すべき事も、相手の位置もよく分かっていた。


「ーー……」

 俺は深呼吸をして呼吸を整えつつ、ベグブレッサーの弓から杭のような太さの矢を取りだし、つがえる。


「ーーーー……」

 深呼吸を繰り返し、俺の気配を抑え込み、周囲の気配と同化させ、姿含めて曖昧にしていく。

 そして決して表には出ないように注意を払いつつ、矢にお前だけを絶対に仕留めるという念を込めていく。


「「「……」」」

「……」

 イマジナの位置ははっきりと見えている。

 これから先どう動くのかも分かっている。

 だから俺もそれに合わせて弓を傾ける。


「ーーー……」

 ベグブレッサーの弓から音もなく、姿が消えた矢が放たれる。

 放たれた矢は気配もなく飛び、途中触れた樹も岩もすり抜けて夜のオース山を真っ直ぐに飛び続けていく。

 そして数秒かけて目的の場所に到達し……


「シトメタ」

「「「!?」」」

 走っていたイマジナの心の臓を貫いて殺した。

06/15誤字訂正

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