第181話「黒鵺と剣士-2」
「っつ!?」
「ちいっ!」
赤黒い軌跡を残して飛んでいく矢をイマジナは多少顔を歪めつつも身体を少し捻るだけで避けて見せる。
剣で受けてくれたなら都合が良かったのだが、流石にそう上手くはいかないらしい。
だが、身を捻った影響でイマジナの動きが僅かにだが止まった。
「シッ!」
その隙を見て俺は斜めにしたベグブレッサーの弓に三本の矢をつがえ、即座に放つ。
ただし、イマジナに当たるのは中央の一本だけで、残りの二本はイマジナには掠りもしないように。
「おっと!」
当然イマジナは自分の身体に当たる軌道の一本だけを打ち払い、前に進もうとする。
「燃え上がれ!」
「っつ!またこれですか!?」
そこに矢の軌道に沿って発動するように調整した『焚火』が発動。
イマジナは慌てて身体を逸らし、炎に焼かれる位置から逃れる。
そして炎から逃れようとしたことで再びイマジナの動きが僅かだが止まる。
「シッ!」
「面倒な!」
だから俺は移動しながら再び矢を放つ。
イマジナ自身に向けて、イマジナの周囲に向けて、天高くに向けて、正確性を幾らか捨てる代わりに素早く何本もの矢をベグブレッサーの弓から放ち、周囲一帯に炎の縄を張り巡らしていく。
勿論、イマジナを俺の近くに近づけないようにすることを第一として。
「同じ手が何度も通用するとは思わないで下さい!」
「通用するさ……」
だが、流石にこれだけの数の炎の縄を立てつづけに張っていればイマジナにも見えてくる物もあるのだろう。
イマジナは俺の『焚火』に特別な仕掛けは無いと判断し、氷の剣で一時的に炎の縄を散らしながら俺の方へと向かってくるようになる。
中にはイマジナの身体に触れている炎の縄もあるが……駄目だな、触れている時間が短い上に氷属性の紋章魔法が使えるイマジナ相手じゃ、物が燃え続ける温度にまで上がらない。
しかし問題はない……はずだ。
状況的にアレは見られていなかったはずなのだから。
「捉えまし……」
イマジナが俺の近くにまでやってくる。
既に次の矢をつがえている時間はない。
だから俺は妖属性の魔力を放出して一時的に炎の縄に実体を持たせると、実体を持たせた縄に足をかける。
「ふんっ!」
「なにっ!」
そして縄を足場としてイマジナの剣が届かない距離にまで跳び上がる。
「ははっ!なるほど!翼だけで『黄金色の水は全て連れていく』から逃れたと思っていましたが、そう言うカラクリが有ったのですね!!」
「悪いが問答をしている暇はない!」
跳び上がった俺は笑い声を上げつつ俺の事を見上げているイマジナに向けて弓矢を構えると、立て続けに何本も矢を放つ。
「ええそうですね!そうですとも!語りたい事が有れば勝手に語ればいいんですよ!」
「っつ!?」
しかしイマジナは当然のように俺が放った矢を全て斬り落とし、有ろうことか氷の剣を投げつけ、俺の近くで爆発させることによって攻撃を仕掛けてくる。
「くっ!」
「そしてこれはこれで面白い!まるで森の中で猿を追いかけているようだ!!」
俺は炎の縄の上を時には走り、時には跳び移る事でイマジナとの間にある距離を離そうとする。
だが離せない。
恐らくは足に仕込んであろう風属性の紋章魔法一つを操って、炎の縄を的確に抜けつつイマジナは俺の事を追ってくる。
そして十分に距離が詰まると、流れるような動作で氷のナイフを投擲、俺の近くで爆発させて攻撃してくる。
「それによく分かっている!これ以上自分が地面からの距離を離せば私がどうするのかと言う事を!」
イマジナの攻撃によるダメージは距離がある上に、俺の近くに来た氷のナイフが既に消えかけな事もあり、一撃一撃はかすり傷程度だ。
そしてこれまでの戦いから読み取れるイマジナの魔法能力からして、もっと高い場所に俺が逃げればこちらが一方的に攻撃を仕掛ける事も出来る。
だがそれをしてはいけない。
「ええそうですとも!そうなれば私は逃げる。逃げて私が満足できるように行動するでしょう!例えば、この山の何処かに居るメルトレス姫を斬りに行ったりねぇ!」
それをすれば本人もそう宣言している通り、イマジナはこの場から逃げ出す。
逃げ出して、俺の目が届かない場所に着いたら何かを始める。
碌でもない何かを。
「くそっ……」
「あはははははっ!」
そうして何度か同じような事を繰り返していると、まるで俺が魔獣に、イマジナが狩人になったような気分だった。
当初は全く逆の立場で有ったはずなのにだ。
「なら、この場で仕留めるだけの話だ!」
俺は三本の矢をイマジナに向けて放とうとする。
ただし、三本の内、二本は『ぼやける』によってその姿を見えなくした状態で。
「今度は見えない矢ですか!」
「つっ!?」
だがこれすらもイマジナは完璧に迎撃、三本の矢全てを一振りで撃ち落として見せる。
そして返す刃で氷の剣を投擲。
ただし、その数は一本ではなく三本、一つ一つの刃を小さくする代わりに数を増しており、その刃の内の一つが数の増加に対応しきれなかった俺の脇腹に突き刺さる。
「『弾けろ』」
「ぐっ……!?」
三本の刃が爆発し、爆発の衝撃波で身体が揺さぶられると同時に脇腹の傷が抉られる。
その痛みと振動はとても大きく、俺の身体は不安定な炎の縄の上で俺の身体が傾き始める。
「ヒハッ!」
「くそっ……」
炎の縄から落ち始める俺に向けて悍ましい笑みを浮かべたイマジナが氷の剣を突き出そうとする。
翼を出すのは勿論の事、息を吸って吐く事すらも出来ないような状況だった。
もはやイマジナの剣が俺の事を貫くのは逃れようのない事実。
俺がそう思わざるを得ないような状況だった。
「これで私の……」
「あれは……」
そんな時だった。
イマジナの背後、森の中から……
「かぎゃっ!?」
雷と風が混ざり合ったような何かが飛んできて、イマジナを吹き飛ばし、身体を打ちつけつつも命は保って俺が地面に着いたのは。




