第五話 下着泥棒とミト
男湯から出ると、三人のキャーッ! という悲鳴があがった。風呂上がりに牛乳でも飲もうかなと探していた私は戸惑った。
女湯から走り出てきたのは、先ほど私がときめいた男性だ。
一瞬目が合ったとき、とてもさわやかに「どうも」と微笑んでいった。きらめいている。
男湯の貸切を頼んだ温泉施設のお婆さんが、「またお前かー!」と怒鳴った。
「え? 温泉のスタッフさんじゃないんですか?」
「うちの従業員じゃないよ! 従業員のふりして、油断させるんだよ!」
「悪質……」
女湯から出てきた三人は、それぞれに顔を赤くして怒っている。温泉で温まったから……という理由だけではなさそうだ。
リーナはいつも肩幅に開いている脚を閉じてもじもじしているし、ターニャも脚をぎゅっと寄せている。ソアラは普段通りだったが、ドス黒い怒りのオーラが頭上にわいているように見えた。
私はうっすらと事情を察した。下着を盗まれたのではないだろうか。
「三人とも、まだ女湯にいていいよ! 私が行ってくる!」
あのさわやかな「どうも」は何だったのか……。
私は気落ちしながら、男を追った。
***
温泉施設から出て、脇道に入る。
迂闊にも私がほんの少しときめいてしまった下着泥棒は、すぐに見つかった。普段、足の速いリーナに合わせて走っていたから、私も少し足が速くなったのかもしれない。
この世界に転移する直前、駅のホームで痴漢を追いかけたことが脳裏をよぎる。足がすくみそうになる。大丈夫、と自分に言い聞かせた。今日はパンプスでもないし、タイトスカートでもない。
下着泥棒は路地裏で、先ほど私に因縁をつけてきた素性の悪そうな男に、何かを渡している。
彼らがそれを口に含もうとしたとき、私は怒りのあまり、声を上げた。
「何してるの!」
「やべっ、見つかった!」
さっきのガラの悪い男もグルだったらしい。道理で簡単に引き下がったわけだ。
一対二──勝てるだろうか。
ふと頭をよぎった疑問を押さえ込んで、私は「セクハラだー!」と絶叫しながら、さわやかな下着泥棒をぶん殴った。下着泥棒が吹っ飛んでいく。殴られている瞬間も、なぜかさわやかだった。
ガラの悪い男が私に飛びかかろうとする。身構えたそのとき、私の目の前を、さっと影が通り過ぎた。ソアラだ。
ソアラはガラの悪い男にあっという間に足払いを喰らわせると、股間を目一杯踏んづけた。
痛そう……という感想がほんのり浮かんだけれど、パンツを盗んで食べるような奴らだから、自業自得だ。
「ソアラ、女湯にいてって言ったのに」
「……きっちりやり返さないと」
ソアラはいつも通り無表情だが、あふれ出る怒りのドス黒いオーラは、まだ消えそうになかった。
「お気に入りのパンツだったのに……」
下着泥棒たちは、すっかり目を回して伸びている。
こうして私のときめきは、あっという間に幕を閉じた。
一瞬でも、下着泥棒にときめいてしまった自分をぶん殴りたい。
ソアラは怒りのオーラを背負ったまま下着を回収すると、下着泥棒たちをつま先で何度か蹴った。




