第四話 温泉とときめき
硫黄の匂いが漂う村に到着したとき、私のテンションは爆上がりした。村を流れる川からほんのりと湯気が立ち上っていて、情緒豊かな光景だ。
「温泉じゃない!? これ、温泉じゃない!?」
村のあちこちで、湯気が上がっている。リーナはすんすんとあちこちの匂いを嗅ぎ、ターニャは心配そうに「大丈夫なんですの?」と眉をひそめ、ソアラは「温泉ってなに?」と相変わらずの無表情で私に尋ねた。
「お風呂だよ!」
「まあ! お風呂! いいですわね!」
こうして私は、うきうきと温泉施設を探した。
この世界にもお風呂はもちろんあるけれど、温泉となると、また話は別だ。
うきうきとスキップするように足元を弾ませていた私は、うっかり人にぶつかってしまった。
「すみません」
「どこ見て歩いてんだ、コラ!」
見るからに素性の悪そうな男である。それでもぶつかったのは私だ。
謝る私に、ますます相手はつけ上がった。した手に出ていればつけあがる輩というのは、どこにでもいるんだな……と、私は呆れた。
「謝れよ! 謝れよコラ!」
「だからすみませんって」
「あーん!?」
ターニャが食事のときにする「あーん」と比べると、ずいぶん厳つくて、可愛げがない。
ターニャは怯え、ソアラは身構えている。リーナは気にしていない。豪胆だなぁと、私はリーナの目をちらりと見る。リーナの瞳孔が開いているのに気がついた。獲物を狙う目だ。
「美女ばかり、三人も連れやがって……! キャッキャウフフか! ハーレムか! しかも一人は猫耳美少女だとぉ……! お前みたいなのがいるから、オレのところに美女が回ってこないんだよ!」
「……私たちは、望んでミトといる……」
「そ、そうですわ! あなたが女性に意思などないかのように扱うおバカさんだから、おモテにならないんじゃないですの!?」
なんだ、この男の怒りは、嫉妬だったらしい。完全に八つ当たりじゃないか。
まともに謝っただけ損したと、私はため息をついた。
「まあまあ、そんなに目くじらを立てずにどうか」
一触即発の空気に割って入ってきたのは、見知らぬ男だった。どうやら村の温泉施設で働いている人らしい。
あっという間に素性の悪そうな男を追い払う。力に訴えるわけでもないのに、さらっと解決してしまうのは、匠の技としか言いようがない。惚れ惚れするような手腕だった。
この世界に転移したとき、私の身体は男性になってしまった。それでも心は女性のままだから、不覚にも少しばかり、ときめいてしまった。
「温泉、ゆっくり楽しんでってくださいねー」
にこやかな声をかけられたとき、私の視界の中で、その男性がやけに輝いて見えた。
──もしかして、BLってやつになるのだろうか?
照れてうつむいた私に、ターニャが複雑そうな顔をしている。リーナは若干むくれているし、ソアラはじっと男性を観察していた。
***
私の身体は男性なので、私だけは男湯である。
混浴だとセクハラになるので、私としてはこれでいい。ゆっくりと温泉に浸かることができる。
貸切にしたから、男湯に他の男性客はいない。いたらコンプライアンスに引っかかるところだったから、貸切にできてよかった。
隣の女湯から、声が聞こえてくる。
「ミトさま、まさか男性が好みだったなんて……想像もしていませんでしたわ」
「ミト、ああいう人が好き? リーナ、一番長い付き合いだよね」
「うーん……わかんない。でもあんなミト、初めて見た……」
しょんぼりした様子のリーナの声と、三人のため息が聞こえてくる。
私は聞こえないふりをしながら、お湯の中でゆっくりと脚を伸ばした。一人で入ると、湯船がずいぶん広い。
手を重ねて水鉄砲を作り、お湯を飛ばして遊んだ。男湯には私一人だから、当然反応はない。
「それにしてもこの温泉というの、すごいですわね。お肌、すべすべになってる気がしますわ」
「おお……ほんと。つるつるする」
「うわあああ!」
「ちょっとリーナ! 足元には気をつけなさいな!」
ドンガラガッシャンという音がして、きっとリーナが転けたんだろうなと私は心配になった。思わず腰が浮くが、女湯に様子を見に行くわけにもいかない。すぐに座り直した。
「……ミトはおっぱい大きいの、好き?」
「男性がお好きなら、そうではないのでは?」
「うぬー! ま、まだ聞いてないからわかんないじゃん!」
「ほほほほ! 豊かなお胸が仇となりましたわね! 猫人間!」
何の話をしているのやら。ともあれ、リーナがケガをしていなさそうでよかった。
硫黄の匂いが懐かしい。村の商店で卵を買って、温泉卵を作ればよかったかなと、私は少しだけ後悔した。




