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運び屋ヨン  作者: SPICE5
第14章<異世界編>
39/41

14-2.大人達は決意する




「えーいっ」


 掛け声と共に、與野木が床に大量のビー玉をばら撒いた。

 駆け寄ってきた三人の僧のうち一人がビー玉の上で滑り尻餅をつく。起き上がろうとした後頭部に向かって藤岡の踵落としが決まった。

 ビー玉を避けた僧達はどちらもツキツキに向かって走ってくる。


「ちょっとー! なんであたしばっか!」


 逃げるツキツキに向かって僧達の武器であるスタラト棒が振り下ろされる。悲鳴を上げた眼前に風が起こり、棒は弧を描きながら跳ね飛ばされた。


「上村さんタバスコです!」

「あっ、はい」


 藤岡の声に慌ててホルダーから水鉄砲を抜くと、ツキツキは相手の目に向けて引き金を引いた。

 絶叫してうずくまる男の隣で、吉備北はもう一人の僧を相手にスタラト棒とバールをぶつけあいながら戦っていた。その斜め後方からは與野木が僧の顔面に向かってモデルガンを連射するといういやらしい邪魔をしている。

 四人は現在、夜警室に残っていた僧達をおびき出して戦っているところだ。


「先に潰した二人が帰ってこないと分かると他に連絡が入りますからね。騒がれる前に先手必勝です」


 とは、藤岡の談である。




「よし、これで全員だな」


 拷問部屋にてそれぞれ離れた位置に僧達を転がすと、吉備北は流れる汗を袖で拭った。

 僧達は全員、手足を縛られ目と口にダクトテープを貼り付けられている。縛っている最中に暴れだす僧には、ツキツキが丸めた頭に向かって容赦なく巨大中華鍋を振り下ろしていた。そのため、うち何人かは意識を失ったままだ。


「とりあえずこれで少しは安心できます。外壁には見張りがついていても、僧院の中の警備は薄いですからね」

「ワープできて良かったね!」


 拷問部屋を出ると、藤岡はそれぞれにヘッドライトを点けるよう指示した。


「まずは妻が残してくれた案内を探しましょう。上村さんが渡されたメモに書かれていたのは、私とヨジェリアンで使っていた暗号です。ビニールテープを使った、赤・青・黄・緑のいずれかの矢印を見付けてください」


 四人はヘッドライトで柱を照らしながら回廊を歩いていった。

 やがて、一本の柱にとても小さな緑色の二等辺三角形が付いているのをツキツキが発見した。ちょうど彼女の頭と同じ高さに貼り付けてある。


「ありましたね。ではここからは妻の案内で進んでいきましょう。誰にも出くわさないとは限りませんから、慎重に。ツキツキさん以外はヘッドライトを消しておいてください。この回廊なら月明かりだけで歩けますから」


 四人はヨンの足跡を追いだした。

 ヘッドライトで柱を照らして矢印を探すのはツキツキの役目だ。その色を確認した藤岡が次に進むべき方向を指示していく。

 最初こそ息を止めて忍び足で歩いていたものの、長い移動とあまりの人けの無さに藤岡以外の三人はだんだんと気が緩みだしていた。


「……なあ、ここ寺だよな? なんで俺がジョギングしている公園より広いんだよ……」


 吉備北がぼやくその隣で、「飴持ってきたよー、食べる?」とツキツキが喉飴を回していく。


「面白いなあ、真夜中なのに明かりなしで歩けるなんて。どの回廊も傍に建物を寄せないようにして月光が入るように設計してあるの……あ、そうか、溜池が点在しているのも水面に光を反射させて建物の白さとの相乗効果で明るさを演出するためか。うん、そう考えてみれば透かし細工が多いのも光が抜けるための計算だと分かるぞ。月が一つ増えるだけで建築デザインは……」

「ここで最後のようですね」


 藤岡の言葉により與野木の僧院観察は終わった。


 赤【警告】の色テープが一つの扉を指して終わっていたため、一行は顔を見合わせ眉をひそめた。


「……この中にヨンが?」

「いや、中から気配を感じません。無人のようです」


 鍵は掛かっていなかったため、すんなりと扉は開いた。中に入ったツキツキの靴にコツリと何かがぶつかる。吉備北が拾い上げ、ヘッドライトを点灯して藤岡の前で照らした。


「……妻のサーベルです。吉備、部屋の中をゆっくり照らしてみてください」


 室内をひととおり観察し終えると、藤岡は難しい顔になった。


「刃にも部屋にも血痕は残っていませんね。ということは、おそらく妻は自分の意思でこの武器を捨てたことになります。

 これまで彼女がそうしたことは一度もありませんでしたから、勝てぬと判断した相手に人質を取られた可能性が高い。となると、相手はおそらく――」

「『デペ・ガスタル将軍』、ですか?」


 與野木の言葉に藤岡は頷いた。


「もともとデペによる私への拷問は、酷い結末を迎える予定でした。ですがヨジェリアンが訪れたと知らせが入ると、彼は私を放置したまま出ていった。それだけ、彼は妻に執着しているのでしょう。

 おそらく妻はここでデペに会い……連行された」

「あの、じゃあ、あたし達はこの先どうやってヨンを探せばいいんですか?」

「そうですね……賓客用の部屋を探しだすのが最も可能性が高いと思いますが……」

「藤岡さん、質問いいですか」


 與野木が小さく手を挙げた。


「デペ将軍とはヨジェリアンさんにとって、全く歯が立たない相手なんですか?」

「いいえ、そういうわけではありません。質が違うのです。

 例えるならヨジェリアンは隼でありデペは飢えた獅子です。兵の掌握法も、人心を掴み先導するヨジェリアンと力を見せつけ支配するデペとでは真逆だといえるでしょう」

「ありがとうございます、ではもう一つだけ。

 藤岡さんは、デペ将軍がヨジェリアンさんに対して執着している感情が、害意からだと思われますか」

「……いいえ」


 藤岡はそれ以上語らなかったが、與野木は納得したように頷いた。


「では、たとえ今は無理だとしても、いずれ隙を見てヨジェリアンさん自身がデペ将軍の元を脱出することは可能じゃないでしょうか。

 このまま四人で逃げる選択肢も僕は有りだと思います」

「與野木」


 吉備北の声に止まることなく、與野木は続けた。


「藤岡さんの答えやこれまでの話から考えるに、デペ将軍がヨジェリアンさんに対して何らかの危害を加える可能性は低い。ならばまずはここを脱出して一刻も早く優れた外科医に藤岡さんを診てもらうべきです。こんな酷い状態のまま動き回るのはあまりにも危険過ぎます。

 それに元々ヨジェリアンさんの目的は藤岡さんを見付けて救出することだったんでしょう? もし彼女がこの現状を知れば、きっと藤岡さんにここから逃げてほしいと願うはずなんです。

 正直、今の戦力ではデペ将軍を相手に勝つなんて無理です。戦う前から負けると分かっていているのなら安全な策を取るべきです。ヨジェリアンさんは冷静で強い方だと聞いていますから、信じてひとまず引き――」


 ぱしっ、と乾いた音がした。


「與野木くんのばかっ」


 ツキツキは唇をへの字に曲げて叫んだ。與野木は頬を押さえている。


「そんな事言って、ヨンがもし危険な目に遭っていたらどうするの? 害意が無いからって、何もしないとは限らないじゃん! こんなに酷い目に藤岡さんが遭っているのに、ヨンなら大丈夫だろうって……そんなこと、勝手に決めつけないで!」


「……いえ、上村さん。與野木さんの提案は、私も正しいと思います」


 藤岡の言葉にツキツキは驚き、泣きそうな顔になった。


「……なんで、藤岡さんがそれを言うんですか。だって、デペって人、藤岡さんにそんな事をしたのに!」

「デペが私を拷問にかけたのは、裁きのようなものです。私は彼の妻を奪った罪人ですから。

 本当は、私がいなくなった方が妻は幸せになれるのです。

 彼女が私に抱くのは今も家族愛の延長でしかない。私が彼女を求めて押さえつけ、偽りの枷を付けてしまった」

「それは違います! だってヨンが言ってました、離れている間に男として見るようになった、って!」


 だが、ヨンの言葉を聞いても藤岡は首を横に振った。


「それは彼女が自分にそう言い聞かせているのです。

 ヨジェリアンの本当の心は、デペ・ガスタルにありますから」


「……何、言ってるんですか……」


 呆然とするツキツキの耳に、淡々とした藤岡の声が届く。


「ヨジェリアンは高潔で強い魂の持ち主です。父であるドルタス将軍以外に彼女を超える武人はおらず、剣の腕を磨いた私も彼女の影で有り続けるしかなかった。

 そんな彼女の前に突然現れたのが、デペでした。

 先程お話したようにヨジェリアンとデペでは気質が全く違います。ですが……いえ、おそらく、だからでしょう。デペはヨジェリアンを欲し、そして彼女もまた彼の豪胆さと激情に惹かれた」


「嘘ですっ! だって、そんな事全然……!」

「ヨジェリアンを愛しているから分かるのです。

 上村さん、與野木さんが言ったようにここであなた方が引くのは正しい。無事に帰還できない可能性がありますから」

「――お前は行くのか」


 吉備北の言葉に藤岡は頷いた。


「彼女を取り戻しデペに復讐したいという欲望に、私は忠実になります」


「よし分かった。

 じゃあ、上村と與野木、お前達先にここから出ろ。打ち合わせしといた例の店で待機しとけ」

「先生待って、勝手に決めないで」

「いいのですか、吉備」

「いいもなにも付き合うしかねーだろ。お前がいったん決めたら覆さねえ事くらい知っとるわ」

「あの待ってください、僕が脱出を提案したのは藤岡さんの安全を優先したいからであって、これじゃ本末転倒――」

「與野木優! 上村朋!」


 学校での点呼時のように呼ばれたため、二人は思わず「気をつけ」の姿勢になった。


「前にも言ったが、俺はお前らの担任で生徒の安全を確保することを優先する。

 上村、お前の力のおかげでここに来れた。ありがとうな。

 後は大丈夫だから、行け」

「やだっ!」

「與野木、リュックの中から俺の荷物だけそこのテーブルに置いてってくれ。

 上村のことを頼んだぞ」

「……はい。行こう、上村さん」

「やだあっ!」


 與野木はツキツキの手を掴むと、嫌だと連呼する少女を引きずり、部屋を出て行った。



 子供達がいなくなり、部屋がしん、と静かになる。


 吉備北がワークパンツのサイドポケットから煙草を取り出すのを見て、藤岡がクスリと笑った。


「あなた、そんなものまで持ってきていたんですか」

「いろいろと切り替えたい時に役立つからな。

 あいつらもいなくなったし、吸い時だろ」


 マッチを擦り火を消してから、ゆっくりと時間をかけて吉備北は煙草を吸った。


「……さーてと、どうやって賓客部屋探すかね」

「先程の僧達に吐かせるのが手っ取り早いでしょうね」

「げ、またあそこまで戻んのかよ。

 まあいいか。藤岡、ちょっとその椅子に座れ。そろそろ付けるぞ」


 藤岡は椅子に座りながら、ガシャガシャと荷物を探る吉備北を見上げた。


「吉備。あなた本当によかったのですか」

「しゃーねーだろ、こうなったらとことん最後まで付き合ってやるよ。

 俺もやっと腹括れたしな」

「七村さんとのこと、決めたんですね」

「ああ。無事戻れたらプロポーズするわ」


 吉備北は藤岡の前に屈み込むと、組み終えた器具を取り付けだした。




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