13-3.少年は推測の後、提案す
「あのっ、借りるとはいっても絶対に外に持ち出したりはしませんから!」
急にお爺さんの顔つきが変わったため、あたしは慌てて弁明した。
「以前、お祭りで藤岡さんが真剣を扱われる姿を見て、本物を見学させていただきたいと思っただけなんです。担任の先生も一緒ですから、危ない事なんて――」
「隆二にそそのかされたか」
お爺さんの声は冷ややかだった。さっきまであった親しげな雰囲気が嘘みたいに消えている。
「……あいつはまだ戯言を言うてたか。自分じゃ無理だからと子供までよこしおって」
「ちっ、違いますっ! 藤岡さんは何も言って」
「庇わんでええ、お嬢ちゃん。儂はよく分かっておる」
それっきり、お爺さんは新聞に目を落とし、あたしの方を見ようともしてくれなくなった。
ど、どうしよう。
余計な事を言ってしまった。
あたふたと言い訳をしてみたもののお爺さんからの返事はなく、結局あたしはしおしおと部屋に戻り、藤岡さんにその事を話した。
「……勝手な事をしてごめんなさい」
手が使えない藤岡さんの代わりに、あたしが武器を持ち込めたらと思い付いたものの、余計事態をややこしくしてしまった。
「いや。協力しようという上村さんのお気持ちは嬉しいです、ありがとう」
藤岡さんはあたしのやらかした事に対して、責めるどころか慰めてくれた。
「ですが上村さん。以前お話したこともあるように、あちらの世界に関する事をあまりこちらに持ち込まない方がいいのです」
穏やかに、だけど、きっぱりした口調で藤岡さんが続ける。
「私は錯乱期に家族を傷付ける言動を幾度となく繰り返しました。おかげで当時は心に病を持った人間として扱われていました。異世界の話はもう10年ほど口にしていませんでしたが……やはり疑いは晴れていなかったようですね。
私は上村さんに、自分と同じ道を歩んでほしくないんです。
一度崩れた絆の修復は、とても難しいですから」
お爺さんの態度が豹変したのを思い出し、申し訳なさに胸が痛んだ。
きっと藤岡さんは時間をかけて、家族の信用を取り戻そうとしていたはずだ。それをあたしが壊してしまったのかもしれない。
「……でも、それじゃ藤岡さんやヨンはどうなるんですか」
だけど、言わずにはいられなかった。
「あたし、ヨンとずっと一緒にいたんです。関わるなって言われても無理です」
「私達の事は気にされず、上村さんは自身の安全確保に努めることを優先すべきです」
「そう言われてあたしが納得できるって、藤岡さんは本当に思ってあるんですか?」
「――してもらうほか無いのです」
藤岡さんの口調が少し強くなる。
「デペ・ガスタルは豪胆かつ非情な男であり、ヨジェリアンの本来の夫でもあります。
妻を奪った私の事を、彼は決して許さないでしょう」
しん、と座敷が静まりかえった。
先生は苦虫を潰したような顔で腕組みをしていて、與野木君は手帳に何かを書き込んでいる。
『手を潰された』と藤岡さんは言った。
どのようにしてそんな目に遭ったのかを知るのが、とても怖い。
でも、大切な人達が苦しむのを放っておくなんて、もっと嫌だ。
今この瞬間にも、ヨンが危険な目に遭っているかもしれないというのに。
「……先生」
あたしは、吉備北先生に呼びかけた。
「先生は、あたし達と同じ世界に行ったことがあるんですよね」
「……ああ」
「向こうで戦った事、あるんですよね」
「……」
「あたしなんかより、ずっと強いんですよね」
じりじりとにじり寄り、先生の逞しい腕にしがみ付く。
「お願いです先生、あたしと一緒に来てください。すごく危険かもしれないけど、でも何もしないなんて絶対それだけは嫌です。藤岡さんが無理でも、あたしなら先生を連れていけます! 一緒に来て、ヨンと藤岡さんを助けるのを手伝ってほしいんです!」
「――上村、落着け」
先生が手を放しながら、あたしを見た。
「俺はお前の担任だ。生徒であるお前の安全を確保することが先だ。
それが、たとえ異世界であろうともだ」
「……だって……先生、友達なんでしょ……」
歯がゆさに視界がうっすらと滲みだす。
「先生は、友達が苦しんでいるのに、放っておくの?
手、潰されたって聞いて……なんで、そんなに落ち着いていられるの……酷い……!」
固く引き結んだ口元は、何も答えてはくれなかった。
「――藤岡さん、質問をしてもいいですか」
與野木君が初めて口を開いた。
「以前吉備北先生を向こうの世界に飛ばした時、物質を転送したのと同じ方法、つまり手を繋いだ状態で眠られたんですよね。それって移動者二人共が同時に眠らないと不可能でしょうか?」
「いえ。転送者である私がこん睡状態に陥る事が重要らしいです。当時吉備は寝付けずにいたそうですが、隣の私が眠りにつくのと同時に意識が無くなったと聞いていますから。
私は睡眠の切り替えを長年かけて操作できるよう訓練していましたので、割合すんなりと眠りに付く事ができるのです」
「つまり、あちらの世界に馴染みが深い人の影響が最も強く反映されるという事ですね?」
「おそらくは」
「よしそういう事か。異世界で受けた肉体的なダメージは藤岡さんの手が残っているのを見る限り別個の存在として各々確立されているためこちらの世界に影響を受けることはない。そして一日手を繋ぐ程度ではあちらの世界にこちらの物質が残ることはない。いいぞ」
與野木君の口調が急にいきいきとしだし、藤岡さんの眉が怪訝そうにひそまる。
「いや、つまりこれがどういうことかというとですね、もし僕達が異世界でダメージを受け最悪死に至ったとしてもこちらの肉体までもが実際に影響を受ける事は決してないということです。勿論精神的な部分は繋がっていますから痛みや知識は記憶として残ったままでしょう。もしかしたら精神的な後遺症が残るかもしれません。ですが今はそこは置いておきましょう。重要なのはずっと異世界で生活をしている上村さんや藤岡さんならともかく一時的に転送された僕や先生ならいくらでも異世界に五体満足で蘇ることが可能だということです。極端に例えるなら、ゾンビのように」
ぽかん、とあたし達は與野木君の顔を見ていた。
與野木君は目をきらきらさせながら熱く語り続ける。
「いいですか、ここでポイントとなるのは二点です。まず僕と先生はもともと異世界に在住している人間ではないということ。一日程度でこちらに戻ることができるならばあちらでの僕らの存在は消滅します。これは過去に先生が藤岡さんの手によって異世界に飛んで戻ってきた経験からの裏付けがありますよね。そして先程藤岡さんのお話から察するに『異世界に馴染みが深い人の影響が最も強く反映される』という点。これはまだ確証には至りませんがおそらく藤岡さんが手を失い転送する能力が無くなったとしても上村さんが藤岡さんに抱き付いて眠れば、より異世界に馴染んでいる藤岡さんのいる場所まで上村さん自身が転送されるのではと僕は踏んでいます」
「ちょっ、ちょーっと待って與野木君!
ごめん、あたしあんま頭良くないから、もっと簡単に説明して。どういう事?」
「うん、つまりね」
與野木君はあたしを見て、にこっとした。
「三人同時に藤岡さんの場所までワープしよう、ってこと」




