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運び屋ヨン  作者: SPICE5
第11章<日常編>
29/41

11-1.少女は恋を自覚する





 シャワシャワシャワシャワ……。

 相変わらずなセミの声。カーテン越しに朝日が透けて枕元まで届いている。


 今が夏休みで本当に良かった。

 疲れが全く取れていない。


 あたしは寝転んだまま格好のまま腕を上げ、握った手のひらをゆっくりと開く。



『て。つないでも、いい?』


 朝がくればお別れだからと、昨日は寝る前にそう誘ってみた。

 ややあって重なった温もりに、安心して眠りへと入る。


『ワジ……だいすき……』


 暗転間際に呟けば、そっと握り返された気がした。



 ワジは優しい。お兄ちゃんみたいだ。

 暇さえあれば毎日必ずヨルダム語を教えてくれた。覚えるまで何度も何度も一緒に発音してくれた。

 砂漠に盗賊が出た時は、自分だって怖かったはずなのにあたしを守ろうとしてくれた。一人で外に出た時には、びっくりするくらい心配された。

 まっすぐにこちらの目を見て話すから、あたしの方が恥ずかしくなって途中で目を逸らしてしまう。

 ご飯の支度が丁寧で、食材毎に切り方を変える。

 服を畳む指の動きが綺麗で、いつまででも見ていたくなる。

 同い年のはずなのに、あたしの世界での男の子達とは何だか全然違うなと思う。



 確かについさっきまで、ここに温もりを感じてた。

 ワジと手を繋いでいた。


(藤岡少年がおかしくなるはずだよ……)


 最近ではどちらの世界にいるのかが、すぐには分からなくなってきている。



「トモー、起きなさーい! 味噌汁冷めちゃうわよー!」

「はぁーい」


 夏休みであろうとも、決まった時間に食卓を囲む。たとえその後に二度寝しようとも、家族揃って食卓を囲むのが上村家でのルールだ。

 のろのろとベッドから降りようとして、何かが足首に当たったのに気付く。


「これ……」


 金属製のアンクレットが鈍い光を放っていた。表面に刻まれたそれなんなのかは分からない。

 指先でしばらく表面をなぞってから、パジャマ代わりのTシャツに手を掛けた。






「ツキツキぃ、なぁんか今日、変」


 ルシャーペンを上唇と鼻の間に挟んで頬杖をついたまま、ルビちゃんが尖り口で言う。


「えっ、そう?」


 慌ててシャーペンを握り直し、英語のプリントに取り掛かった。

 今日はあたしの家に集まって夏休みの課題を解いている。勉強ができる七村にも縋りつこうとしたところ、


「今ねっ、水族館にいるんだ! お土産買ってくるね!」


 と、ウキウキした声で報告されてしまった。

 ルビちゃん曰く、「あの声のトーンはデート」らしい。


 デートかあ。七村の相手って、一体誰なんだろ。

 與野木君は違うって否定されたばかりだし、ちょっと、いや、かなり気になっている。


「ふっふっふ。やっぱ恋してたら勉強なんて手につかないよねぇ~、ツキツキ♡」


 ルビちゃんに同意を求められ頷く。そうそう、手につかないよね、恋なんてしてたら――、って。


「……へ?」


 あたしはぽかんと口を開けて、ルビちゃんを見た。


「なあにぃ、ツキツキその顔変~」


 きゃっきゃっとルビちゃんが手を叩いて笑う。


「あ、の。今、何て?」

「『その顔変~』」

「その前」

「何か言ったっけ?」


 恋。

 恋って言ったよ! ルビちゃん!


「うっそ……こ、い……って、恋? は? ち、違う、違うもん! だってお兄さんみたいだし、それに……」


 パニックになったあたしに、ルビちゃんは不思議そうな顔で「違うの?」と尋ねてきた。


「だってツキツキ、ぼーっとしたり、ニヤニヤしたり、泣きそうになったりして、ずっと上の空だもん」

「……えっ、そんな顔、してたの? あたしが?」

「うん」

「ずっと?」

「うん。ずーっと」

「うっそ……」


 挙動不審っぷりを教えられて血の気が引く。


 待って、ちょっと待ってよ! 恋ってさ、もっとルビちゃん達みたいに、甘酸っぱくてふわふわしてるもんじゃなかったっけ!? だってあたし、ラクダに乗って旅して言葉教えてもらってただけだよ!? 何ら特別な思い出無いよ!? そりゃ盗賊に襲われた事もあったけど! 恐ろし過ぎてドキドキどころじゃなかったんだってば!!


 誰に対してだか分からない言い訳を心の中で絶叫しながら、わしゃわしゃと頭を掻き毟る。


「そんな、あ、あ、あ、う、うそ……」

「ツキツキ? あの、落ち着いて」


 ルビちゃんが若干怯えている事に気付き、あたしは慌てて落ち着こうと深呼吸をした。

 すうーっ、はあーっ。

 ふう。

 息を付いた途端、ワジの顔が、ぼわん、と浮かぶ。


「っひぃゃあああっ」


 突然の自覚にどうしていいか分からず、あひゃあおひゃあ叫びながら顔を覆いだすあたしを見て、ルビちゃんは止める事を諦めたらしい。



「――落ち着いたら、ここの問題教えてねぇ」


 そう言って、一人課題に取り組みだしたのだった。


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