9-2.少女は教師の秘密を知る
「当時18で寮暮らしだった私は、冬期休みは勿論、金曜には実家に戻り月曜の早朝に登校しました。
ヨジェリアンとデペ将軍が婚約し、式の日取りが決まっても尚、その生活は続きました。
金さえ揃えば彼女を得られる。そう思い込み、私は一振りでも多く刀を売ろうと必死だったのです。
愛した女性に拒絶され、別の男に奪われるのをただ待つばかり。恐怖と嫉妬で見境のない状態にあったのだと、今では分かります」
藤岡さんの口ぶりは、落ち着いていて静かだ。
とても歪んだ情熱なんて持ちそうにない雰囲気なのに。
『――正直君に告白されちゃったぁ』
そう言いながら幸せそうにはにかむルビちゃんの顔を思い出す。
恋愛っていいなあ、すっごく楽しいんだろうなあって、思っていた。
けれど藤岡さんの話を聞いていたら、段々と不安になってくる。
恋って、そこまで人を変えてしまうものなんだろうか。
「上村さんもご存知でしょうが、両世界の時間枠はぴたりと同じわけではありません。
元々の母体はこちら側ですから、眠りについても朝が来れば自然と目覚めることができます。夢の中で数日が経っていたとしても、目覚めればいつもと同じ時間。そんな感覚とよく似ていますね。
ですがあちらの世界での身体は、眠った瞬間にふつりと意識を失って昏睡状態に陥ります。
ですから、あの日。
眠っていた私は、何もできなかったのです」
再び、沈黙が訪れる。
カップ周りの水滴を指で拭いながら、あたしは藤岡さんが口を開くの待った。
「――ヨジェリアンが嫁いだ翌日深夜に、革命は起こりました。
彼女と父であるドルタス将軍、そして精鋭の部下達が留守にした所を狙われたわけです。
父もヨジェリアンも、情に厚く義を重んじる人でした。降伏の意を見せた相手は殺生をせず、永遠の忠誠を誓うなら進んで登用も行いました。
ですが、全ての降伏者が彼らに心酔していたわけではありません。広く情けがかかるほど、僅かであれ反乱因子が芽生えだすのが理です。そうしてそこに付け入る形で別勢力が旨味ある話を持ち掛け、じわじわと内通者の数を増やしていきました。
伝令を受けた父と部下、そして嫁いだばかりのヨジェリアンが帰還した時には、既に城は焼け落ちようとしているところでした。父は地下の秘密部屋に隠れているであろう王達を救いに、ヨジェリアンは城に残った者達の救助にあたっていたと聞きます。
ですがその時の私は――。情けない話ですが、昏睡状態のまま、敵に捕らえていました」
藤岡さんのカップを持つ指先が、白く色を変えている。
「目覚めた私は見知らぬ者達に担架で運ばれている事に気付きました。手足は縛られ、さるぐつわをされています。
状況は分からずともこの状況を打破せねばと、私は運ばれている間も意識を失ったフリをしつつ手首の縄を解くことに集中しました。
やがて、敵兵達が休息をとろうと担架を置いた瞬間、私は傍の兵から剣を奪い、その場にいた兵士達を皆殺しにしました。
城のあった方を見れば、赤い炎が天高く昇っているのが見えています。
はやる気持ちを抑えながら私は考えました。
ろくな武器を持っていない自分が、この状況で一体どこまで戦力に成りうるのかを。
考えあぐねた末、私は茂みに隠れて一旦眠りにつく事にしました。事態を知れば必ずヨジェリアンは戻ってきます。それまでに武器や役立つ品々を手に入れ彼女の元へ駆け付けねばと、そう思ったのです。
興奮する心をなだめつつ何とか眠り、私はこちらの世界の学生寮へと戻りました。
瞼を上げ、夜明け前にも関わらず実家へ向かおうと支度をしていた私に、同室だった吉備北が声をかけてきたのです」
「……へっ?」
我ながら間抜けな声をあげてしまった。
「あの……藤岡さん。今のって、もしかして……先生、ですか?」
「ええ。上村さんの担任の吉備北幸助。彼は私は寮の同室で、初めてできた友人なんですよ」
藤岡さんはあたしを見て微笑んだ。
「彼の名を出して良いものが迷いましたが……やはり知ってもらうべきだと思います。
上村さん。吉備はこの時、私と一緒にあちらの世界に飛んでくれたんです」
「どええええええええっ!?」
今度こそ、あたしは大声で叫んでしまった。
*
「おう、どうした。何かあったのか?」
内線電話で呼び出され、吉備北先生が店内に戻ってきた。
「いえ。ちょっと上村さんと話をしていて、吉備の話題になったので」
電動ミルの音と共に、再びコーヒー豆の香りが鼻先をくすぐる。味は苦くて飲めないけど、この匂いは落ち着く。
「なんだなんだ上村、俺の話で盛り上がってたのか?」
笑いながらカウンター席に座った先生を、あたしはまじまじと見上げてしまった。
だって、今まで先生のことは先生としてしか見たことがなかったのだ。
それが、まさか同じ世界に飛んでいたなんて。
「……藤岡。お前こいつに何言った」
あたしの視線に、先生の眉間に深い皺ができる。
「何って、事実しか話していませんよ。
私とあなたで持てる限りの武器や道具を持って、ヨジェリア国に飛んだ事。
私がヨジェリアンを探しに行く間、あなたは城の生き残りの人々の救護をし、落ち延びる人々に非常食や物資を配給して回っていた事。
それから、錯乱しかけた私の頬を思いきり殴って目を覚まさせてくれた事。
主にこの辺りを、あなたが来るまで話していました」
「なっ……!?」
先生の目が丸くなり、慌てたようにガタリと席を立った。
「おいっ! お前何でそれを――」
「吉備。この子も我々と同じ世界を知っています。
上村朋さんは、私と同じ『あちらの世界にも肉の器を持つ』お嬢さんなのです」
丸い目に加え、先生の顎が外れそうな程あんぐりと開く。
(漫画みたいな顔だなあ)
と、あたしは思った。




