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運び屋ヨン  作者: SPICE5
第8章 <異世界編>
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8-4.青年は日本製を持ち込む





 ――思えば予兆はあったのだ。


 炎の中、大木槌をふるい崩れかけた柱を向こう側へと崩し落としながら、ヨジェリアンは思った。

 

 我々は異世界の文化に頼り過ぎたのだ。


 価値が知られてしまえばリュージンが狙われるのは分かっていた。

 だが長過ぎた準備期間が濁流となり緊張をかき消し、その効果を目の当たりにしたいがために全ての日本製品をいちどきに使い切ってしまった。

 

 そうしてこれが、その結果だ。


 

 国王はどうされてあるだろうか。エヴァリア妃に幼い若君、それから生まれて間もない姫君も。

 父上が助けに向かったと聞いている。大丈夫だと信じているが、乳飲み子を連れた女性が落ち延びるのは大変なことだろう。





* * * 





 はじまりは17年前。一粒の飴だった。


「ん? 何だ?」


 弟であるリュージンが、ある朝、薄く丈夫な指先ほどの小袋を差し出してきたのだ。


『アメ』


 リュージンは言った。


 受け取って、しげしげと眺めてみる。見たことの無い材質の袋だ。紙に似ているがつるつるして綺麗な水玉模様が描かれている。指先で確認すると、丸いものが入っていた。

 そのまま袋を返したのがリュージンは気に食わなかったようだ。

 ぶんぶんと首を横に振り、器用にその袋を開けると手渡してきた。

 

「これは何だ?」


 半透明の紫の小玉。アメジスト鉱石かとヨジェリアンが鑑定していると、「いいから食べて」とリュージンが手を取り、彼女の唇に押し付けた。

 ようやく食べるものだと気が付き、ヨジェリアンは匂いを嗅いだ。甘い芳香が美味なるものを約束する。


 ぱくりと勢いよく口に入れ、そうしてヨジェリアンの目が丸くなった。




「エヴェリア様、エヴェリア様!」

「まあ、どうしたのヨジェリアン」


 後宮に入ってきたドルタス将軍の娘を見て、若き后エヴァリアが豪奢な寝台から声をかけた。

 年若いもの同士仲良くしろと父から言いつけられているらしく、ヨジェリアンはたびたび後宮へと顔を出す。凛々しい彼女は暇を持て余した女達にも人気があり、彼女と面会する際はいつも多くの顔が部屋の外から覗いていた。


「エヴァリア様、突然押しかけてしまいすみません。ああ、どうぞそのままで」


 体調の優れないエヴァリアは最近いつも横たわっていた。両方から侍女にゆったりと大団扇であおいでもらっているものの、げっそりと痩せこけた頬がそのまま吹き飛ばされそうなのが痛々しい。


 原因は分かっている。悪阻つわりだ。


 子を授かり喜んではいるものの、エヴェリア妃は初めての悪阻にすっかりまいってしまっていた。一日中何も食べず、果物をほんの一口、それがやっとだと聞いている。


「お食事は」

「何も食べる気がおきないの……」


 弱弱しくエヴァリアは微笑んだ。

ヨジェリアンは侍女に小皿を頼み、懐から包みを取り出した。差し出された金色の皿に、小袋の中身を一つずつ開けて並べていく。そうしてうやうやしくエヴァリア妃の枕元へと持ってきた。

 

「――これは?」


 摘まみあげられたそれは、黄色く丸く、質の悪い宝石のような見た目だ。


「飴です、エヴァリア様」

「飴……?」


 不思議そうな顔でヱヴァリアが繰り返す。

 密を煮詰めた飴はとろりとしたものが常であり、ここまで固いものは初めてだった。


「ちょっとしたツテで手に入れました。これならば横になったまま口に入れておくだけでいいのです。一度、お試しになられてください」


 食欲など無かったものの、物珍しさも手伝ってエヴァリアは小さな口を開いた。その中に、そっとヨジェリアンが黄色い飴玉を落とす。


 暫しの後、ほう、と小さなため息が漏れる。


「……まあ、まるで柑橘の果汁を煮詰めたみたい。甘酸っぱくて美味しいわ。

 これなら、いくらでも食べられそうよ」


 エヴァリアは日本製フルーツキャンディを気に入った。




「なあ、あの菓子をどうやって手に入れたんだ。エヴァリア様がもっと食べたいと仰ってあるんだ」


 ヨジェリアンの問いに、リュージンは暫く黙っていた。


「――姉上。僕の言う事を信じてくれる?」

「ああ、勿論。あんたの言うことに嘘はないからね」


 これは何か秘密があるなと思いつつ、ヨジェリアンはできるだけ穏やかに答える。

 もし彼がいかがわしい商人と繋がってしまったのならば、調査しなければ。そう思っていただけに、


「別の国から持ってきた」


 という返答に、内心拍子抜けしてしまった。

 

「そうか。いつの間に街に出たかは知らないが、そういう外国の雑貨店から買ってきたんだね。よくできた商品だった」

「違うんだ、姉上。実は、僕……寝ている間にもう一つの世界で生活しているんだ」

「何だって?」


 彼の言う言葉の意味が、ヨジェリアンにはさっぱりだった。


「言っている事がよく分からないが……、とにかくまた飴を持って来る事は可能なんだね?」

「明日の朝なら」


 リュージンは頷き、そうして約束通り翌日には再び袋に入った飴を持ってきたのだった。





 この変わった菓子をどうやって弟が持ってくるのか、ヨジェリアンには予想がつかなかった。

 そんな彼女に、リュージンは真顔で突拍子もない説明をした。



 曰く、眠っている間、このヨジェリアでなく別の国に行っているというのだ。



 そこでは、こことは全く異なる生活を営む人々がいて、リュージンは元々その『ニホン』という国の住人であるという。

 そうして彼が持ってきた飴はフルーツキャンディというそこでの菓子らしい。


 はは、と笑って流しかけたものの、


 ではこの菓子は何処から来たのだ? 


 という疑問が残る。


「――そんなら、そのニホンとやらから別の物を持ってきな」


 ヨジェリアンの挑発にリュージンは頷き、それからというもの毎朝不思議な品々を彼女に持ってくるようになった。



 書き味が驚くほどに滑らかなボールペンにノート。異国の言葉が書かれたつるりとした装丁書には美しい絵が描かれている(児童が読むための本らしい。なんと贅沢な話だ)。黒くみずみずしいものを固めたつるりとした羊羹という菓子は、銀色の金属箱に入っていて引けば簡単にぱかりと蓋が取れ、いつでも心地よい喉越しを楽しめる。引っ張れば使いたい時にだけ物同士を留めることのできるガムテープ。それから、熊を模したぬいぐるみは、あまりの可愛らしさにエヴァリアに献上した所、第一王子のワジェライルがハイハイしながら飛びかかるお気に入りのおもちゃとなってしまった。



 連日連朝そうやってリュージンが様々なものを持ってくるようになったため、ついにヨジェリアンはニホンという国の存在を認めざるを得なくなった。


 思い返してみれば、彼が言葉を覚え出した頃からヨジェリアンも彼から教わる暗号言葉があった。彼が教えたそうにしていたため遊び半分で付き合っていたが、確認すればそれこそがニホン語であったらしい。

 彼が教える不思議な調子と音程を気に入り、ヨジェリアンは風変りな歌を真似て口ずさんでいたものだ。


 そうして一度信じてみれば、彼女は元来大変に好奇心旺盛だったため、ニホンという国について些細な事でも知りたがった。

 毎日いろんなものを持ってきてもらっては使い方を教わり、日常は勿論、戦争時に役立ちそうなものについてはもっと持ってきてくれとせがんだ。


 この事は城内上層部だけに留める秘密とされていた。珍しい品を魔法のように持ってくる少年の事を知られたら、きっと各国が喉から手がでるほど欲しがるのに違いないというのが上層部での共通意見だ。


 毎日リュージンの寝室の前には見張りの兵が立っていた。朝になるとヨジェリアンが入室し、持ってきた品をうまく隠して二人揃って別室へと向かう。そうしてそこで待ち構えていた城付きの学者達に、品物について説明をするのだった。


 リュージンは恩返しができると大喜びだった。率先して戦争時に役立ちそうなものを考えては持ってきた。

 そうして毎日熱心にニホン語をヨジェリアンと学者達に講義するようになった。児童用の教科書を持ち込み配布し、秘密の教室で授業する。未知なる世界の未知なる言葉をよじぇリアンと学者達は城内でさりげなく使ってみては面白がった。

 戦争時に使用すれば解読不能の暗号になる、というの学習に励む表向きの理由である。だがそれらは単に一度研究を始めればどこまでも追及したがる学者気質であったり、己に厳しい鍛錬を課すヨジェリアンの性格によるものだ。



 やがて、戦争が始まった。


 実戦に使用してみれば、これら日本製の品々はどれもヨジェリア軍に役立つ結果となった。


 湯を沸かして注ぐだけで栄養の取れる食料や、鮮やかな糖衣がかかり口に含むと瞬時にとろけるチョコレートという滋養菓子はどれも素晴らしく美味だった。

 方向が瞬時に分かる方位磁石は昼間の砂漠でも方向確認が容易となり、デジタルカメラは絵を描かずとも瞬時に陣形の記録ができる。

 雨が降れば折り畳み傘にレインコート、寒ければ使い捨てカイロが兵士達に配布される。

 発熱者には冷却シートと熱冷ましの薬が使われ、テーピングテープを始め救護関係は骨折等の非常時に助かると評判になった。

 そしてマウンテンバイクという乗り物は餌をやったり手間をかけずとも高速移動が可能なため、唯一乗りこなせるリュージンが短距離間の連絡に颯爽と漕ぎまわっては注目を浴びた。


「一体全体、どんな魔法を使ったんです?」


 兵等は興味津々で上官に尋ねたが、配布した彼らも出所は教わらなかったため「知らん」と答える他になかった。



 こうして勝利したヨジェリア兵達は意気揚々と帰還した。

 軍全体に、今回使用された道具について決して口外しないよう厳令が出され、漏らした者は極刑だという脅しが加わった。


 だが、人の口に戸は立てられぬ。


 数人の口から家族や知り合い・友人に漏れ、それらは酒場での行きずりの相手にまで伝わった。不思議な道具の功績話は話す度に実際以上の尾ひれがつき、その魔法のような品々は一体どこからきたのだと人々は噂しあった。


 帰還したヨジェリアに嫁入りの話が出たのがこの頃だ。

 それから、弟であるリュージンが彼女にせまりフラれたのも。






 急速な繁栄は疑いの目を持って調べ上げられる。

 


 異世界から来たという青年の噂は、一体どこから漏れ出したのだろうか。



 ――いつの間にか、周辺国上層部までその噂は及んでいた。

 



 危険因子として排除を講じる国。

 生きた宝として欲しがる団体。



 それぞれが、秘密裏に動き始めていた。


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