7-1.少女達は乗車する
切符を買い、時刻表を確認しながら時計を見る。発車まであと20分。
学校では遅刻魔のあたしだが、イベント時は俄然張り切って早起きする。今朝も準備が整って出発するまでの間、無駄にリビングをうろうろしてしまった。
教室からだとただひたすらに暑苦しかったセミの鳴き声も夏休みの始まりだと何だか気分が盛り上がる感じだ。
すー、はー、すー、はー。
改札口を通り抜けながらあたしは小さく深呼吸をした。
(どうかどうか、リュージンさんが会ってくれますように。異世界やヨンの話ができますように)
今日は歴史イベントで訪れたK市に再び向かい、藤岡さんがいる窯元まで直接会いに行く予定だ。
藤岡さんにシラを切られても食い下がるつもりでも、あの長身と眠たげな目に凄いクマ、気怠そうな雰囲気が世捨て人っぽいというか、時代劇でいうところの『先生、やっちゃってください!』の先生っぽいというか……うん、こないだ見た抜刀術の影響受けてるな、あたし。
とにかく、そんな近付きがたい雰囲気だったため、実は会うのが少し怖い。
『――存じません』
きっぱりと否定されたのを思い出し、ぶるぶると首を横に振る。
(あれは絶対にリュージンさんだった!)
決定的な根拠はないけれど自信はあった。たぶん、同じ異世界に行った者同士が分かる……言葉で説明をするのが難しいけれど、匂いのような、ピンとくる感覚というか。
指先が触れ合った途端に走った電流はそんな類のものだった。
夏休みな上通勤時間外な事もあり、ホームに人影はまばらだった。喉が渇いていたのでうろうろと自動販売機を探していると、「上村さんおはよう」と與野木君が近付いてきた。
「おはよー、今日は付き合わせちゃってごめんね」
「ううん、僕も郷土資料館に行きたかったからちょうど良かった。先生は?」
「そろそろ来ると思うんだけど……」
藤岡さんは吉備北先生の友人であり、陶芸家でもある。貰った名刺にそう書いてあった。
「陶芸体験をしてみたいんですけど、いいところを知っていませんか?」
終業式後に吉備北先生に相談し、窯元にろくろ体験に行くという名目で藤岡さんを紹介してもらうことになっていた。
先生は藤岡さんに事前連絡をしてくれている。
だから、いきなり門前払いは食わされない筈だ。大丈夫。
「上原さん、はい」
與野木君が自販機からお茶を買い、あたしに手渡してくれた。
「あ、ありがと。ええっと」
ごそごそと財布を探っていると、「おごり」と言われてしまった。
「えっ、いいよ」
そういうのってあまり好きじゃない。慌てて160円を取り出して與野木君の手を掴む。
「はい」
「いいって。僕が勝手に買っただけだから」
「あたしも買おうとしてたもん」
「知ってるよ。だから受け取ってよ」
「駄ー目! お金のやり取りはケジメつけろってのがうちの家訓なの!」
ぐいぐいと與野木君の手の中に硬貨を押し込む。戻そうとする掌を、させじとぎゅううっと上から包み込む。
「お前ら、若い年して会計前のおばちゃんみたいなことすんなよ……」
いつの間にか、吉備北先生が後ろに立ち、呆れた顔であたし達を見ていた。今日の先生は学校でのラガーシャツと違って、こざっぱりした格好だ。
先生の言葉に、與野木君がパッと手を離し気まずそうに俯く。
よしっ、160円は向こうの手の中。あたしの勝ちだ。
「先生、学校でもそんな恰好してたらいいのにー」
「うっせえ、俺はあれで仕事モードに切り替えてんだ」
「せめてポロシャツとかさぁ」
そんな会話をしているうちにホームに電車が入ってきた。
「ほれ、乗るぞ」
「あ、ちょっ、ちょーっとだけ待ってください! もう少しだけホームでまったりしたいなー、なんて。はは」
「何言ってんだ。発車するだろうが」
そう言って先生達はさっさと電車に乗り込んでしまった。
乗車口付近でそわそわしていると、階段から駆け上がってくる人影が見えた。
「七村ーっ!」
あたしの声に向かって七村が片手を上げて走る。
ピーッ
発車の合図と同時に七村の身体が滑り込み、扉が締まった。
「……っは……ご、めっ……弟にお昼の分作ってたら、遅くなっちゃって……っ」
「いいよいいよ、間に合ってよかったね」
ハアハアと息をつく七村にあたしはお茶を渡した。
七村のお母さんは長期入院をしていて、昨年亡くなられたそうだ。
小5の時から母親代わりに家事をしている彼女のお弁当はとても美味しい。将来旦那になる人は幸せ者だよねー、なんてルビちゃんと話したりするあたしは、卵焼きひとつまともに焼けない。
「ふう、暑かったぁ」
ごくごくとお茶を飲み七村はため息をついた。
「今日は楽しみにしてたんだよね。ろくろっていっぺん回してみたかったの」
席につこうと歩き出した彼女の足が、ぴたりと止まる。
「……ねえ、何であいつらもいんの」
「あ、七村さんだー」
手を上げる與野木君と吉備北先生を見て、七村の頬がひきつる。
「あのっ、人数多い方が楽しいかなと思って。それに、藤岡さんは先生の友達だから、引率してもらった方が話をしてくれそうだから……」
「――で、どうして事前にそれを言ってくれなかったワケ?」
「そ、それはあの、七村と與野木君って仲良いから、サプライズのつもりで……ルビちゃんの時みたいに、二人きりでデートさせてあげたいなって……。
ご、ごめん、七村を嫌な気持ちにさせたのなら、本当にごめんっ!」
「――あのさあツキツキ」
七村がげんなりした顔で呟いた。
「もしかして、わたしが與野木の事を好きだって思ってんの?」
「へ……違うの?」
「どうしてそっちに持っていくのか、なあっ!」
七村はあたしの鼻先をぎゅうぅっとねじるようにして摘まんだ。
「いだだ!」
「いーい? 罰として今日は一日與野木と一緒にいな。ずっとだよ」
「ひゃんれえええっ?」
「鈍いのも大概にしろ、このお気楽天然娘が!」
「いだいいだいいいっ!」
七村はふんっ、という表情であたしを見ると、ズカズカと4人掛けの椅子に向かっていった。
「わー、先生おはようございまーす! お久しぶりですねっ」
「……ああ」
「與野木、ツキツキがあんたと一緒にいたいって言ってるから、悪いけどあっちいって」
「えっ」
「はよ行け! 横につけ!」
「あっ、うん……」
「さー先生っ、そんなわけであっちで二人は仲良くやるそうですから、こっちはこっちで今日はよろしくお願いしますううう!」
な、七村……何か、ヤケになってない?
「上村さん、こっちに座ろっか」
「うん……」
あーあ、七村は絶対好きな人がいるって思ったんだけどなあ。
いや待て、與野木君の方はどうなの? それこそ、與野木君が七村に片思いしてる可能性はあるわけでしょ?
「ねえ與野木君」
「何?」
「今好きな女の子っている?」
「えっ……ええっ?」
與野木君の頬がじわっと赤らんだ。
うおお、可愛い。
思わず息を呑むような頬の染め方だ。
「ねね、與野木君、ちょーっとだけ眼鏡外してもらっていい?」
「あ……上村、さん……」
あたしは與野木君の顔から半ば無理矢理黒縁眼鏡をもぎ取った。
うっひょおお! 想像以上に美人さんなんですけどー!
色白で黒目がちでまつ毛長くて薔薇色の頬……まるで白雪姫。
あんまり綺麗で見惚れていると、與野木君はますますかあっと赤くなりもじもじと下を向いた。その仕草もまた色っぽくって、あたしは電車に乗っている間中彼の顔を観察していたのだった。




