報酬を貰おう
「うぅ……こんなはずでは」
クロエは落ち込んでいた。
獅子のプレートをこっそり返すつもりだったのだ。
エリザベートに頼んで、情報を集めてもらった。
それでサムが王都にいるとわかったので、渡しに行くだけのはずだった。
「よしよし、お姉さんは悪くないです」
「いや、投げ飛ばしちゃまずいんじゃねえか。もっとこう、話し合うとか」
ジェイクの一言がクロエをえぐる。
アーニャに撫でられていなかったら即死だったかもしれない。
見た目怖そうなジェイクのほうがまともな意見だ。
「あ、後はフォローお願いします」
ジェイクおじさんに丸投げすればなんとかなるだろう。
クロエの高度な判断である。
「お前な……まあ、お前が行ったら流血沙汰になりかねんし……仕方ないか」
ジェイクはため息を一つ。
サムの仲間もサムを気にかけてたし、声くらいかけるかとジェイク。
彼は面倒見がいい。クロエのフォローに奔走するくらいには。
ジェイクは元公爵お抱えの『抜刀隊』、元冒険者、現戦技教導官という経歴から、各方面に顔が利く。
冒険者ギルドとしても折衝面を期待しているのではないかとクロエは思っている。
ここは冒険者ギルドの応接室である。
酒をかっくらっていたサムをぶん投げたクロエは、翌朝冒険者ギルドに来ていた。
ジェイクにフォローをお願いにきたのと、もう一つ。
「あれ?ジェイクさん?」
ノックをして入ってきたのはメリッサであった。
可愛らしく小首を傾げる。右手をわざとらしく顎に当てながら。
肩までかかる、栗色の柔らかそうなくせっ毛がふわりと跳ねる。
普段のクロエへの態度とえらく違う。
今日は、ミノタウロス退治の報酬を受け取りにきたのだ。
「ああ、すまんなメリッサ。ちょっと姪に説教をな」
「ふふ、ジェイクさんも苦労人ですね」
「おっと、仕事の邪魔をして悪い。じゃあな」
パタンと扉が閉まる。
十秒ほどの沈黙。
「カーッ! やっぱシブいなぁ! ジェイクさん」
「え、メリッサさん。ジェイクさんみたいなのがタイプなんですか?」
「クロエ『ちゃん』にはわかんないかぁ。あのがっつかないとことか」
「ジェイクおじさん既婚者ですよ?」
「わかってないなぁ」
潤いが必要なのよ潤いが、とドカリと腰かけるメリッサ。
メリッサは、どこかの誰かさん以上に態度が変わる。悪い意味で。
公私は分けるからね私。と豪語するメリッサだが今は仕事中ではなかろうか。
一度このメリッサを冒険者共に見せてやりたいと思うクロエであった。
「こんにちは、メリッサさん」
「あ、ここここんにちはアーニャさん」
笑いかけるアーニャに居住まいを正すメリッサ。
メリッサ内のヒエラルキーではかなり上らしい。犬か。
「普段通りでいいですよ」
「あ、じゃあアーニャちゃんで」
コホンと咳払い。
「えー、この度は冒険者ギルドのご利用まことにありがとうございます」
「……どうも」
クロエとしても、本当に、本当に口惜しいが、エリザベートの依頼の支払いは冒険者ギルド経由になった。
「いやぁ、さすがクロエさん。優良顧客は大歓迎ですよぅ」
ヨッ、高額納税者。と煽るメリッサ。
スルーだ。スルー。
直接エリザベートから貰う選択もあったが、こういったギルドを介さない取引は信用をなくす。
「……あんまりお姉さんをいじめないで下さいね?」
「はい、すみませんでした。……いや、本当に助かりますよ。最近わかってない馬鹿が多くて」
平謝りのメリッサ。
メリッサの愚痴はわからないこともない。
ギルドを介さなければ、無税で報酬が貰える。
短絡的にこういうことをやる輩は少なからずいる。
まぁ、そういうのをシメるのが私らなんですけど。とメリッサは内心でこぼした。
「こちらとしても、優良な方にはサービスしますよサービス」
「え、いらないです」
そんなー、とわざとらしく突っ伏すメリッサ。
メリッサなんかよりアーニャにサービスしてもらいたいのだ。
「まあまあ、お一人あたり金貨百枚のところ、なんと減税で二十枚プラス!」
「おお! たまには仕事するんですね、メリッサさん」
「……いや、まあ、エリザベート様の口利きですんで」
クロエの冒険者活動において、エリザベートは有力な援助者でもある。
厄介ごとを持ち込む元凶でもあるのだが。
師匠がエリザベートとのコネを作らせたのはこういった意味合いもあるのだろう。
クロエとしては、悪友という感じだが。
有力な冒険者に援助者が付くのは珍しい話ではない。
冒険者の<戦闘・上級>などよりもこちらがステータス、と言える場合は多々ある。
「お支払いは、いつもどおりでいいですよね?」
「ええ」
この国では金貨以上の高額通貨はない。
金貨十枚程度ならそのまま受け取るが――
「うひゃー、クロエさんお金持ちですね!」
金地金を一つ一つ秤で量りながら軽口を漏らすメリッサ。
高額取引にはインゴットも用いられる。
『錬金』術の名の通り、この世界の金属加工技術は高い。
錬金で意のままに加工できるので、インゴットには錬金術で緻密な意匠が施されてある。
その為、インゴット自体が芸術品にも見える。
金属性魔法でのコーティングもしてあるので、摩耗等にも強い。
この国での金貨やインゴット作成は錬金術師の仕事だ。
国に属する為、錬金術師というより国家公務員のほうが正しいだろうか。
難度、名誉ともに<錬金>資格持ちの最高峰。エリート職である。
国家機密に関わる仕事なのでかなり不自由になるから、クロエは目指そうとも思わないが。
最後にコンコンと<反響>で確認。
元々<反響>はマナによる金属探知技術であり、応用が利く。
金額が金額なだけに互いに慎重に確認するのだ。
一応ギルドに預けられるのだが、引き出せるのはそのギルドのみ、手続きが面倒で頻繁に引き出せない。
と、デメリットも多い。
今日は大金を使う予定なのでそのまま持っていくのである。
かなり重い。だが、サムを軽く投げ飛ばせるクロエには誤差だ。
「んー、クロエちゃんがジェイクさんみたいだったら口説くのに――」
「お姉さんは渡しません」
「すみません冗談ですすみません」
アーニャが殺気のみで『斬った』。
口は災いのもと。この世界でもそうらしい。
「オホン。これからお出かけですか?」
「えへへ、アーニャちゃんとデートです」
「デートです」
「アーイイナー。ウラヤマシイナー」
腕を組む二人のことを毛ほども羨ましがらないメリッサ。
二人の耳には入っていない。
「あ、関係ないですけど、私もデートなんですよ。受付終わったら冒険者さんと」
「へぇ、そうなんですね。じゃあいこ。アーニャちゃん」
「はぁい。お姉さん」
メリッサにはスルー。日頃の言動のせいだ。
そのまま手を繋いで出ていく二人をメリッサは見送った。
「うへぇ、怖ぇアーニャちゃん、いやアーニャさん。マジで抵抗できねぇ」
今後はクロエ関連でからかうのはよそうとメリッサは誓った。
「今日は忙しくなるなー。デートプラン考えないとなー」
今日は、今夜は忙しくなる。準備をしなければ。
メリッサのひとり言は部屋にポツリと響いて消えた。




