第21話 しろの正体
俺は藍香ねぇと共に、しろの母親の下に向かっていた。
藍香ねぇの話によると、しろは俺の──俺達の、腹違いの妹──らしい。
年齢は俺達の一つ年下らしい。
両親は、
「まぁまた知らない香水の匂い。今度はどこの誰?」
「誰でもいいだろ」
って言うような会話を日常的にしてたから、子供ながらに親父が女好きだというのは理解していた。
お袋も諦めた様子だったし、きっとわかった上で結婚したんだろう。
だから『隠し子がいました』なんて言われても俺も夢奈もやっぱりかー。ぐらいにしか思わない──と思ってたわけだが、実際はかなり衝撃を受けた。
それに、まさかしろがその『隠し子』だとは思いもしなかったし。
「そういえばしろって人間じゃないよな? 何者なんだ?」
「母親が《獣人族》なのよ。ああ、獣に人って書いて獣人ね」
「なんだそれ?」
「今ではどこの一族でも《式神》とかの《異形》の《召喚》が出来る人間はいないけど、昔は一定数《召喚士》って呼ばれる人間がいたの。それで、うちの一族が《召喚》出来たのが《半獣》の《式神》なのよ」
「はんじゅうって……半分獣で半分人ってことか?」
藍香ねぇは頷きながら「そうよ」と言った。
確かにしろは《半獣》って表現がしっくりくる。
「それで、ご先祖様がその《式神》を孕ませて生ませた子供が《獣人族》ってことよ。ちなみに、理由は不明だけど、《式神》も生まれてくる《獣人族》も、みんな女の子らしいわ」
「なるほどな……」
もうため息しか出てこない。
「それにしても……意外とあっさり受け入れるのね、彼女が妹だって言うこと。そんなに驚いてる様子もないし」
「まぁ驚いてはいるぞ、これでも。でも親父が女好きなのはわかってたし、『隠し子』自体はやっぱりかー、って感じだな。だけど、受け入れてる……わけじゃないと思う」
自分でもよくわからないけど。
「じゃあやっぱり嫌なの?」
「いや……つーかさ、そもそもしろとはこないだ初めて会ったばっかりなんだぞ。異母兄妹です~って言われてもいまいち実感が湧かない。藍香ねぇみたいに昔から知ってる相手だと心境的に違うのかもしれないけど」
「……確かに、血の繋がりがあったとしても、一度も接触したことなければ感覚的には他人と大差ないのかもしれないわね」
「そういうことだな」
それから少し歩いて、藍香ねぇが足を止める。そしてふすま越しに声をかける。
「優理香さん、藍香です。開けて大丈夫ですか?」
「どうぞ~」
ほんわかした声が聞こえてくる。
藍香ねぇは扉を開けて中に入る。俺もそれに続く。
そこは八畳ほどの広さの和室。そこにはしろと同じ長い銀髪をポニーテールにして、着物を身につけた女の人がいた。
おっとりとした雰囲気でニコニコしている女性の瞳はやはりしろと同じ赤。
耳はやはり猫耳で、尻尾は見えないが多分生えているのだろう。
女性は立ち上がり、部屋の隅に積まれた座布団を二枚持ってきて、自分が座っていた目の前に置く。
女性はゆったりとした動作で腰掛けると、にこにこしながら俺達を見る。座れと言うことだろう。
藍香ねぇに続いて、座布団に腰掛ける。
「あらあら。リラックスして大丈夫よ?」
正座をしたらそう言われたので、苦笑を浮かべながら遠慮なくあぐらを組む。
「それで、藍香ちゃん。こちらは?」
「蒼真さんの正妻の子ですよ」
「まぁまぁ、あの人の」
女性は頬に片手を添えながら興味深げに俺の顔を覗き込む。
「目つきの悪さがそっくりね」
「うぐっ……」
放っておいてほしい。
仕切り直すためにごほん、と咳払いをして口を開く。
「……初めまして。七風出雲です」
「ご丁寧にありがとう。わたしは天使ちゃんの母親で、七風優理香って言います」
天使ちゃん……?
「……えっと、あの……天使ちゃん?」
思わず訝しげに女性を──優理香さんを見ると、優理香さんは不思議そうな顔で俺を見る。
「ええ、天使ちゃん。今は出雲くんのおうちに厄介になってるのよね?」
今、しろが名前を言いたがらない理由を理解した。
確かにこれは言いたくないだろうし、呼ばれたくないだろう。
「そ、そうですね……」
「あの子は元気? 迷惑かけてない? 素直じゃないところはあるけど、すごくいい子なのよ。自慢の娘よ~。天使みたいに可愛いでしょう~」
ああ、この人本気で天使みたいに可愛いから天使って付けて、今でもその名前はぴったりだって思ってるんだろう。だからこそ、しろもあまり文句が言えないのかもしれない。
「ええ、しろ……天使ちゃんは元気ですよ。家族が一人増えたようで毎日楽しいです」
「ふふふ、それはよかったわぁ。あの子、小さい頃からね、藍香ちゃんから貴方たちの話を聞くのを楽しみにしてたのよ? お兄ちゃんとお姉ちゃんに会ってみたい、ってよく言っていたわ」
俺は思わず苦笑を浮かべる。
うちに来たときにしろが提案した呼び方は、冗談とかではなく、しろ自身がそう呼びたかったのかもしれない。
「それで、『しろ』って言うのはあの子がそう名乗ったの?」
「い、いや、それは……いろいろあって俺が……その……」
「ああ、気にしなくていいのよ? 最近になってようやく私はあの子が自分の名前を嫌ってることに気付いたの。それでも私のために頑張って表情を作るところが可愛くて、ついつい意地悪で天使ちゃん天使ちゃん~っていっぱい呼んじゃうんだけど」
露骨に嫌そうな顔をしてしまうのを堪えて、必死に表情を作るしろの姿が目に浮かぶ。
「だから私はずっとしーちゃんって呼んでたのよ。しろって名前でもこのあだ名は違和感ないわね」
そう言って藍香ねぇは楽しそうに笑う。
「出雲くん。貴方たちさえ迷惑じゃなければ、これからも天使ちゃんと一緒に暮らしてあげて欲しいの。あの子、貴方たちと暮らすのが夢だったみたいだから……。少しずつで良いから、『家族』になってあげて欲しいの」
「……しろ自身がそれを望むなら、俺も夢奈も大歓迎ですよ」
優理香さんは嬉しそうに表情を綻ばせ、「よかった~」と言った。
それから俺達は部屋を出る。歩きながら、藍香ねぇは口を開いた。
「元々ね、貴方たちのうちに送る予定の子はしーちゃんじゃなかったのよ」
「そうなのか。なんでそれがしろになったんだ?」
「ぽろっとしーちゃんにその話をしちゃってね、それでしーちゃんが『それをわたしにやらせてくれないか?』って」
「それってやっぱり俺達と一緒に暮らしたかったから、だよな? そんなまどろっこしいことしなくても、普通にうちにくればいいのに」
「いきなり『妹です~』って会いに行くよりも、少しでも親しくなってから『妹です~』って言う方がお互いの心境的にいいと思ったんだと思うわ」
……確かに、それはそうかもしれない。
いきなり『妹です~』って来ていたら、今以上に隔たりがあったのかもしれない。
「それでも私は反対したのよ? 貴方たちを騙すわけだし」
藍香ねぇは足を止めてしゅんと俯く。
「気にしなくていいよ。実際夢奈はなんともなかったわけだし」
「ありがとう」
藍香ねぇは俺を見上げて苦笑を浮かべた。
「貴方もわかってると思うけど、しーちゃんはすごくいい子なのよ。だからね、これからもあの子のこと、よろしくお願いします」
そう言って藍香ねぇはぺこりと頭を下げた。
「藍香ねぇにとって、しろは妹みたいな感じなんだな」
「そうね、そんな感じね」
俺はじっと藍香ねぇを見つめる。
「さっきも言ったけど、しろが望むんだったら、俺達はしろと一緒にいるよ」
藍香ねぇは嬉しそうに満面の笑顔を浮かべた。




