0-1.訳の分からない状況に弓兵は困惑を浮かべる
そんなこんなで視界がホワイトアウトしたと思ったら。
次の瞬間には、なんか森の中に突っ立っていたでござる。
……しかも、素っ裸で。
「……自分でも何を言ってるのか、さっぱり分からない」
そんな自分のつぶやき声が、やけにリアルに響いて聞こえるのは何故なのか。
いや、そんなことよりも、もっと気になるのは……。
「いや、そもそも、なんでマッパなんだ……。たしか、このゲーム、アバターひん剥いても、下着までにしかなれないはずなのに……」
そう呟きながらも、思わずしげしげと自分の体のアレやらコレやらを眺めてしまうのは、それなりにこのキャラに愛着と執着があったからなのかもしれない。
思えば、このキャラ育て始めて、なんだかんだで二年くらい経ってんだよなぁ……とか。
そんな、色々と思うところはあるのだけど、こうして改めて見てみると……。
「……ちっぱい」
一言で言うとそういうことになる。
「やっぱりマナイタっていうか、72っていうか。こういうのって洋物のティーン系とかでは何回か見たことあったけど……。うぅん……。改めて見ると……。うん。ずいぶんとスッキリっていうか、ちんまい分、触り心地はなかなか良い感じだけど。……これっていわゆる鳩胸体型ってヤツなんだろうから、これなら服きたら、見た目はあんまり小さくは見えないかもしんない……? でも、触ってみると、ひたすらフラットっていうか……。揉み応えは、アバラが当たって痛いって感じだし、これだと抱き心地も残念の一言だろうなぁ」
思い返せば、最初のキャラメイクの時にデフォルト設定だったボン・キュ・ボンなリビドー全開な豊満エロフなんてエルフじゃないわって感じだったから、ボディラインの調整ゲージ、思い切り左に寄せちゃったんだよね……。ついでに細くなりすぎた全体のバランスとるために身長のゲージもぐぐっと低くした覚えがあるし……。
その時の後先考えなかった愚行の結果が、この有り様ってことなのか。……ううう。なんたる幼女愛好家御用達な寸胴体型……。こんなことになるのなら、もうちょっと色々と盛っとくべきだった!
そんな今更ながらに色々と後悔とか残念感が押し寄せてきていたのだけれど。
……いや、そんな事よりも。
「そーだよ。こんなトコで自分の胸揉みながらタメ息ついてる場合じゃない」
ほんと、そーだよ。何やってんだ、私わ。
「何はなくとも、まずは服の確保!」
この妙な気持ちよさっていうか、奇妙な開放感は捨てがたいけれど、流石に今の体で裸でウロウロするような変態さんに進化はしたくなかったし、何よりも今の妙なテンションが落ち着いちゃって冷静になったら、たぶん恥ずかしくなって一歩も動けなくなりそうだったから。だから、何はなくともまずは服の確保を優先する必要があった。
「インベントリの中身は、っと……」
慣れた仕草でいつものように収納空間を開くと、そこには……。
「愛用の弓。愛用の短剣。矢は50本くらい」
とりあえず武器については問題なさそう。
「あとは、古代龍のレザーアーマーシリーズ一式に各種アクセサリ一式」
なんか城攻め中にだけ頭上に被さるはずの城主の証なティアラとか、いつも身につけてたLV10ギルマス印な立派なサークレットとかの装飾品まで持ったままみたいだし、単純に装備が強制解除されてただけだったのかな……? ここに飛ばされる前に身に着けていた装備品は、どうやら一通り揃ってるっぽいし。
「あとは、お金も特に減ってる風でもないし……。って、あれ?」
このゲームはインベントリの収納可能アイテムの総数と重量とかに色々と制限がある代わりに、系統別にタブで仕切られていて、適当に放り込んだアイテムとかでも自動で各タブに分類されたりするといった、なかなかに便利な機能が搭載されていたりした。
そんな事情からインベントリを開いた時に、たまたま最初に表示された装備品の欄をチェックした後にタブを切り替えて、消耗品の欄を開いたのだけど。
「……からっぽ?」
城攻め戦中だった事もあって、重量制限ぎりぎりまで回復アイテムをもってたはずなのに、なぜだか、そこには何一つアイテムが入っていなかった。
どうやら主だった装備品と捨てることが出来ない類の道具類、お金といったアイテム以外の消耗品系のアイテムが、何故だか綺麗さっぱりなくなっているらしいのだけれども。
その代わりと言っては何だけど、日用品などという見たこともないようなタブが新しく増えていたりして、そこには何処か懐かしさすら感じさせられる布製の服とサンダルが収められていたりした。
「これって、もしかして……。って、やっぱり。うっわー……。なつかしー」
見覚えのあるデザインのアイコンを見た時に、何となく予感っぽいのはあったんだ。
そこに入っていたのは、このキャラがゲームの開始地点である『エルフの村』に降り立った時に着ていた初期装備品の服とかサンダルとかの初期セットで……。
「おおう。これって服と下着、ちゃんとセットになってたんだ」
ちょいちょいと指で選択するとサクッと装備される。……うん。感触からして下着の上下もちゃんと着てるっぽい。これで何処からどう見ても、レベル一桁代のエルフの戦士だ。
予想以上にぴったりフィットで着心地の良い服に、多少なりとも不思議な感覚を感じながらも、なんとなくあの頃に着てた服なんじゃないかな~って感じてもいる。それは、我ながら何とも不思議で不可解な感覚だったのだけど、そんな予感がしたのだから仕方ない。
「まあ、とりあえず下着と服、靴は、これで確保完了かな。これで露出狂の変態さんに超進化ルートは回避出来た訳だけど。次は……」
それなりに見れる格好になったら、次は当然のように武器。さっき見た時に、メインの装備品一式は揃ってたはずだけど。
「メイン武器に弓、サブ武器に短剣。アーマーはコレで良いとして、アクセは……」
いつもの装備を手早く装着……。
「あっれぇ?」
訳が分からないのだけど、何故か鎧もアクセサリも装備出来なかった。
弓とか短剣は、普通に装備出来てるみたいなのに、何故……?
原因を探るためにも日頃は邪魔になるからって非表示化させてあったシステムメッセージ欄を視界に表示させると、そこには妙な文言が。
【レベルが不足しているため、そのアイテムは装備できません。】
そんな警告文らしき言葉がずらーっと並んでいた。
「そんな馬鹿な」
私はメイン/サブともにカンスト状態な、いわゆるデュアルクラスで、もうじき三クラス目もカンストしそうになっていたのに? それなのにレベルが足りないって……。どういうことなの……?
「……そんなことって……」
猛烈に嫌な予感がして開いたステータス欄に表示されていたのは……。
NAMEs:アルシェ(♀)【弓兵】
CLASS:エルフ戦士(Lv1)
GUILD:シャーウッド(Lv10)
STR:85(+65)→150 / INT:40(+10)→50
DEX:60(+60)→120 / WIT:35(-05)→30
CON:80(-20)→ 60 / MEN:40(+50)→90
「……なに、これ……」
そこには、やたらと見覚えの有る部分と無い部分が妙な具合に混在していた。
まず、NAMEs。……なんで複数形? まあ、それ以外は問題なさそうだけど。
名前はちゃんとアルシェって書かれているし、性別も……。まあ、問題なしっぽい?
……中の人は、ホントは♀じゃなくて♂なんだけどね。
あと、その後ろの【】もプライベートシンボル。自称の称号も問題なし。
この部分もこんなことになる前のままで何も変わっていなかった。
次に、CLASS。……そう、ここが問題なんだ。
なんで初期レベルのエルフ戦士のLv1に戻っちゃってるの?
ここは『デュアル(アーチャー/スカウト)/ エンチャンター(Lv80)』って表示でないと色々とおかしいはずなんだけど。……というか、その表示でないと私のつぎ込んできた二年間が吹き飛んでしまうじゃないかとか、色々と言いたくなる。
まあ、その下のギルド名『シャーウッド』は問題なかったし、ギルドのレベルもMAXになったままだから、完全に二年間の成果が吹き飛んだ訳でもなかったんだと思うけど。
その後ろのステータスの表示にも+の数字とか色々と凄いのが付いてるから、明らかにいろんな補正値とかの『加護』がついたままになってるはずだし。
ちなみに私がやってたゲーム、ギルドにも一応は成長の概念らしきものがあって、レベルを上げると所属員全員に特別な特典が自動的に付与されていたし、いろんなゲーム内イベントとかクエストとかモンスターレイドとかで名声値を貯めていって、それを消費することで特別なスキルを追加で習得できたりもしていた。……当然というか勿論というか。私達のギルドは、早々に全スキルコンプした訳だけれども。
そういったギルドのスキルの他にも、特定の大型ボスモンスターを撃破したときに戦闘に参加していたパーティーのメンバーにランダムに付与される『加護』ってヤツもあるんだけど……。まあ、それについても一応はコンプ済み。もっとも、こっちについては色んな意味で、あんまり良い記憶もないものだから詳細については割愛で。
そんなこんなで色んなスキルとか加護を手に入れてきた訳だけれども、それらは単体では『インベントリの重量制限をほんの少しだけ緩和する』とか『非戦闘エリアでの回復速度を少しだけ早める』とか、あるとちょっと便利かなーって程度の効果があるだけだったりする。他には僅かなステータスとか確率計算への補正効果とかね。
……まあ、補正効果の方は正直、効果は雀の涙ほどしかない代物ばっかりだったんだけどさ。でも、そんな一桁な固定値UPとか確率変動の1%アップとかであったとしても、それらをがっつりと数を集めて効果をひたすら重複させていってやると段々と凄いことになるんだって事を証明して見せていたのが、こういった常軌を逸した+補正の正体だった訳で。
このステータス欄に輝くわけ訳分かんないレベルの補正が入った数字とか、ここには出てきてないけど、いわゆる見えない補正であるダメージ+3とか+5とかの固定値の+補正とか、特定条件時でのみ自動発動したり使えるようになったりする特殊なアレコレとか、そういうあれやらこれやらをおおよそ全部身につけている我が身が、このゲームにおける廃人の巣窟の代名詞であり、自他ともに認める廃人集団だった私達のギルド『シャーウッド』を率いていた代表者をやっていた証でもあったんだろうし?
そんな私達がサーバ全体のプレイヤーを敵にまわしちゃったせいで色んな意味で『みんなの悪役』扱いだったのは必然だったのかなとも思うし、それが何年間も色んな利権を独占し続けてきた結果だったのかもしれないなぁ、って……。
「……って、遠い目してる場合じゃない」
そんな事よりも、一番の問題が残ったままじゃないか。私の二年間を返してって抗議して直して貰わないと……。あと、出来れば元の位置に戻しても欲しいし……。
「あれ?」
なんで……。
「なんで、システムメニューがないの!?」
各種コンフィグとかの設定欄はおろか、肝心要のGMコールとかのサポート機能、おまけにログアウトすらもメニューに存在していない。というか、システムってメニューそのものが消えてしまっているように感じられる。
「レーダーはある」
視界の隅にあるとっても便利な広域レーダーには、今もリアルタイムで色んな光点が光っている所を見るに、どうやら森のなかの獣が反応しているようだ。
そこに意識を集中すると視界いっぱいに拡大表示されて、自分を中心としたかなりの広さに点在している無数の生き物達の詳細な分布状態が三次元表示で分かるようになっていた。
「ワールドマップは?」
上級プレイヤーなら購入必須とされていた、いわゆるリアルマネーで公式こと運営会社から買った『世界地図』。子供落書きレベルの曖昧な絵だけで描かれていたゲームの標準マップと異なり、かなり詳細な地図で各種施設や村といった情報、街道なども明記されているし、各地の名称なども書き込まれていたはずなのだけど……。
「……うう。これはひどい」
そんなプレイヤーに必須だった課金地図(250円)は、なぜだか白紙の地図になってしまっていて。そこに載っているのは大陸らしき線で描かれた全体図と主だった街道らしきものだけ。後は、山とか谷とか川とか海とかのおおざっぱすぎる地形程度の情報だけで、村やダンジョンといった最重要情報が綺麗さっぱりと抜けてしまっていた。
そして、今。私が居るらしき結構大きな森が中央に表示されていて、そこには『惑わしの森』などという、いかにもそれっぽい名前が描かれていた。
「……確かに、色んな物に惑っちゃいそうだけどさぁ」
つーか、こんなとこに森なんてあったっけ……? それに惑わしの森なんて、聞いたことも見たこともないエリア名だし、大陸とか山とか川とか、基本的な地形の形もなんか変ってるっていうか、ぜんぜん見覚えない形してるんですけど……?
……まあ、そのへんは深く考えないでおこう。
深く考え始めると色々な意味で現実が見えちゃって冷めちゃいそうっていうか、色々と怖くなってくるから。……そうやって、考えないようにはしてるんだけどね。……でもね。それでも、色々と兆候が見え隠れしてるせいで、段々と背筋のあたりを冷たい何かが這い登って来ているわけで……。
「つまり、インベントリ、ステータス、レーダーとかの基本的な機能は使えるけど、マップの方は妙な機能制限がかかってる状態で。システムに至ってはまったく使えませんって状態ってことか。……GMコールはともかくとして、ゲーム内掲示板とかまで全部封じられちゃったってのは、ビミョーに痛いなぁ」
そして、私は時間をかけて鍛え上げてきたメインとサブのデュアルクラスを両方とも失って、新しいサブクラスとして育てていて、育成も最終段階に入っていたはずのエンチャンターのクラスすらも失ってしまった状態で、こんな場所に放り出されましたとさ、と。
「おおよそ考えうる限り、最悪の状態だ……」
なにしろ密やかな自慢だった廃神装備の数々は、当然のようにLv制限も高くて。というか、Lv制限が最上位の装備品ばかりであって、今の初期状態ではインベントリを無駄に圧迫しているだけのお荷物でしかなかったし、その代わりに装備出来るのは貧弱な初期装備品の防具と、装備にLvの制限がない代わりに性能もLvに比例するという性質をもつユニークアイテムである弓と短剣のみといった有り様で……。
「とっても厄介な事になってるらしい……」
それは認めざる得ないのだと思う。まあ、そんな私にとって不幸中の幸いだったのは、これまでのプレイで得た各種補正の数値や、覚えてないほどに倒しまくってきたあれやらこれやらといった有象無象なボスモンスターの数々からむしりとって得た『加護』の数々が生き残ってくれている事だったのだろう。
これらのお陰で、少なくとも普通の初期キャラではありえない常軌を逸したステータス構成になってしまっているわけだし……。
「まあ、やり直すこと自体は、やぶさかじゃないんだけどね……」
というか、育てる意味がなくなってしまって、最近ご無沙汰だった一番のお気に入りクラスであるアーチャーをもう一回最初からやり直せ等と言われて心の何処かで喜んでしまっている時点で、私は紛れも無く……。そして言い訳の余地なく『廃人』なのだろうと思う。
「でもさ……」
多分、そろそろ諦めて『現実』ってヤツを見つめないといけないんだろうなぁと思いながらも。それでも、何処か「ここはゲームの中ではないようだ」と素直に認めたがらない無駄な足掻きをしている自分が居て。そして、現実って奴は、往々にして容赦なく、そんな甘ったれたヤツに襲いかかってくるように出来ているものであるらしい。
──ターゲット『コドモ=オオトカゲ』。
視界とかの基本的な情報を与えてくれる感覚に色々と制限のあったVRMMOだけに、背後とかの見えない位置の情報が表示されているレーダーを常に意識したままで居るというのは、この手のゲームにある程度慣れたプレイヤーなら必須ともいえる基本スキルだったせいなのだろうと思う。
敵が射程に入る頃には、特に意識しないままにターゲッティングを終えていたし、ごく自然な動作でもって攻撃モーションにも入っていた。無意識なままに、流れるような動きで手した弓につがえられた矢が、次の瞬間には魔力によって形成された弦をしならせていて。
ヒュッ。
ろくに狙う動作すらなかったが、次の瞬間には一瞬で間合いをゼロにして。矢が、木々の隙間から飛び出して来ようとしていた緑色の肌をした生き物の眉間に音もなく突き刺ささって。
グバンッ!
そして、その次の瞬間には、緑色の生き物の上半身を綺麗に吹き飛ばしてしまっていて。
「……うぇ。血なまぐさ……」
流石に、それを突きつけられると、嫌でも認めざる得なかったのだと思う。
──どうやら、ここはVRMMOの中じゃないらしい。
モンスターが、やたらとグロい死に方をすることが。その死体がいつまでたっても消えないことも。そして、ゲームの時みたいに通貨やアイテムの類をドロップしなかったことも。それら全てがこれまでと違っていて。そんな中で、極め付きが目の前に広がった血みどろの死体と湯気を上げている内蔵であり、その圧倒的なリアリティとでもいうべきものが“それ”を私にに教えてくれていたのだった。




