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23.

「ふぅ、ようやくひと段落したな」



 俺は深いため息をつきながら職員室の自分の席に腰を下ろした。ガゼルやケイオス先生の襲撃もあったがエルトリンデの視察は無事に終了し、学校は通常の日常を取り戻しつつあった。緊張の連続だった数日間が嘘のように、今は穏やかな午後の陽光が窓から差し込んでいる。



「アスト先生、お疲れ様でした! さすがですね、まさか襲撃を逆手にとって罠に仕掛けるとは」



 明るい声とともにロザリー先生が紅茶の入ったカップを持って近づいてきた。彼女の目は興奮で輝いているのがわかる。



「俺だけの力じゃないですよ。アーノルド先生やエルトリンデ様が力を貸してくれたおかげですって」

「ああ、なんでもアーノルド先生も大活躍だったみたいですね、そのおかげか、また教師に戻るらしいですよ。なんだかんだ人望があったようで彼の授業を受けたいって人も結構いるみたいです。あんなに性格悪いのに……」



 ロザリー先生が肩をすくめる。確かに俺達への対応はどうかと思うが、イザベラのように彼を慕う生徒は何人かいたようだ。

 それよりもだ……



「まさか……ケイオス先生があんなことをするなんてね……」

「そうですね……まだ信じられません」



 顔をうつ向かせるロザリー先生になんといえばいいかわからなくなる。半年やそこらの付き合いの俺とは違い彼女はずっと付き合いが長いのだ。相当ショックだったのではないだろうか?



「優しそうな顔をしていたくせにあろうことかエルトリンデ様に危害を加えようだなんて……!! 呪いましょう!! 尋問中に下痢になる呪いをかけてやりますよ!!」

「さすがに可哀そうだからやめてあげてください……いや、別に可哀そうじゃないな……やっちゃいましょう」



 そっちだったかーーー。うふふふと物騒な笑いをうかべているロザリー先生を制止しようとしたが大切な義妹を攻撃した罰である。王族に手をかけたのだ。もう終わったようなものだが、社会的にも死んでもらおう。



「そういえば、エルトリンデ様が私の呪術研究に興味を示してくださったんですよ!信じられますか? あの冷血姫が直接私の名前を覚えてくださったなんて!」



 ロザリーは両手を胸の前で握りしめ、まるで少女のように顔を赤らめていた。彼女の熱狂ぶりに思わず苦笑してしまう。

 そういえば魔王の呪いに関して調べるためにもロザリー先生に声をかけたって言っていたのを思い出す。推しに頼られて本当に嬉しそうでなによりだ。



「それは良かったですね。ロザリー先生の研究は本当に素晴らしいから、認められて当然ですよ」

「もう、アスト先生ったらそんなに褒めないでください。照れちゃいます」



 彼女は照れくさそうに髪を耳にかけた。その仕草には、普段の教師の面影はなく、純粋な喜びに満ちていた。



「それにしても、アスト先生とエルトリンデ様、なんだか不思議な雰囲気がありましたね。まるで昔から知り合いだったみたいに」



 ロザリーの鋭い観察眼に、一瞬言葉に詰まる。やはり何かを感じ取られていたのか。


「そ、そんなことないですよ。たまたま視線が合っただけで...」

「そうですか?でも、エルトリンデ様があなたの授業を見学された時、なんだか懐かしそうな表情をされていたんです。私、エルトリンデ様のファンとして、あの方の表情の変化は見逃しませんから」



 ロザリーの言葉に冷や汗が流れる。どうごまかそうかと悩んでいると意外な助けが入った。


「アスト先輩、お疲れ様でした。視察の報告書は提出されましたか?」



 突然、背後から冷たい声がした。振り返ると、アンビーが無表情で立っていた。彼女はいつの間にか職員室に入ってきていたようだ。



「あ、アンビー先生。まだなんだ。これから書こうと思っていたところだよ」

「私が手伝いましょうか? 私の故郷では、報告書の遅延は恋文を返さないクズ男と同等の扱いをされます」

「え?」



 職員室が一瞬静まり返った。アンビーは何も気にしていない様子で続けた。



「冗談です。しかし、エルトリンデ様への視察報告は重要です。特にアスト先生の授業をよく見てらっしゃいましたからね」

「ああ……わかってるって……」



 すでにエルトリンデの想いも知っている俺としては彼女に何をかけば正直悩ましいというのが現状だ。というかリンドに直接言うんじゃダメかな? うん、ダメだよね。


「ところで……」



 アンビーの鋭い目がロザリー先生に向けられた。



「ロザリー先生、アスト先生の肩に触れる頻度が高すぎると思いませんか?私の観察によれば、過去24時間で7回の身体的接触がありました」

「え?そんなことないですよ! それに、それを数えているあなたこそ不審じゃないですか?」



 ロザリー先生が顔を赤らめて反論した。



「私は単に観察しているだけです。アスト先生の安全は私の最優先事項ですから」

「安全? 何から守るっていうですか? まさか、あなたの方こそ、アスト先生が気になっているんじゃ……」



 二人の間に緊張が走る中、教室のドアが開き、テレサが息を切らせて駆け込んできた。



「アスト先生! 約束の補習の時間ですよ! この前の実習で色々と聞きたいことが増えたんです!!」



 テレサが満面の笑みで俺の机に近づいてきた。彼女の手には魔法の教科書と練習用のノートが握られていた。

 囮にも近い実習に付き合ってもらう対価というわけではないけれど、彼女の個人授業に一度付き合うと約束していたのである。



「ああ、そうだね。教室に行こうか。では、俺はこれで……」



 よくわからないことでもめているロザリーとアンビーに別れを告げて、立ち上がる。



「あの、よろしければ私も見学させていただけませんか? アルト先生の実践的な魔法の使い方に興味があるんです」

「女子生徒との単独指導は危険です。私も同行します」



 ロザリー先生には俺の正体をちょっと怪しまれているし、アンビーは余計なことをエルトリンデに言いそうだしどうしようと悩んでいるとテレサが満面の笑みを浮かべた。



「わあ、ロザリー先生とアンビー先生もきてくれるんですね。お二人の魔法についても教えてください!」

「ええ、喜んで。最近開発した感情増幅の呪術なんて、きっと興味を持つと思いますい。思春期の悩みにも役立つんですよ」

「感情増幅の呪術は危険です。私の故郷では、そのような魔法は厳しく規制されています。感情を操作された兵士が味方を殺害するという事件が…」

「ここは学校だよ。そんなことはおきないから安心して……」



 物騒なことを言い出したアンビーにテレサがびびってないか心配になったが「感情を増幅……それって好きになってもらえるのにも使えるんじゃ……」とかつぶやいているので大丈夫そうである。





 四人で実習室へ向かう道すがら、ロザリー先生とテレサは魔法理論について熱心に議論を始めた。アンビーは少し後ろから、まるで警備員のように周囲を警戒しながら歩いていた。

 実習室に入ると、テレサが早速準備を始める。ロザリー先生も手伝いながら、彼女に質問を投げかけていた。



「テレサさん、ここまで魔法に興味を持ったきっかけは何なのかしら?」

「それはですね、アスト先生の授業を見た時なんです! 先生が魔法を操る様子があまりにもかっこよくて……」



 テレサは熱心に語り始め、ロザリー先生も興味深そうに聞き入っていた。アンビーはノートに何かを書き留めている。




「なるほど。私も最初に見た時は感動しましたね。アスト先生の魔法には独特の優雅さがあって……まるでエルトリンデ様の詠唱と似ていたような……」

「そういえば……アスト先生ってエルトリンデ様と親し気でしたよね……まさか何か関係があるんですか?」



 二人の視線が一斉に俺に向けられた。冷や汗が背中を流れる。



「アスト先生もエルトリンデ様のファンらしく……ストーカーのように真似をしたのではないでしょうか?」

「あ、ああ、そうなんだ。実は昔にエルトリンデ様の魔法を見たことがあってね、それをまねしたら癖になったみたいなんだ」

「ああ、わかります、エルトリンデ様の詠唱って素敵ですもんね。私もつい真似をしてしまいますもん」



 笑ってごまかしながらアンビーに視線で抗議するが彼女は満足そうに頷く。くっそ、「ナイスサポートしたぜ」みたいな顔をしてるのがイラっとするな。



「俺の事は置いておいて、テレサみせてもらっていいかな?」

「はい、任せてください!!」



 一生懸命練習するテレサを見守りながら、魔法の練習は続いた。アンビーでさえ、時折微かな笑みを浮かべることがあった。窓の外では、夕暮れの空が徐々に赤く染まり始めていた。

 この穏やかな日常こそ、俺が今、大切にしたいものだった。エルトリンデを救ってこの日常に戻るのだ。俺は改めて誓うのだった。





「ただいま、リンド」

「お帰りなさいませ、ご主人様」


 疲れた様子で帰宅した俺を、リンドはいつもの笑顔で出迎えてくれた。



「今日はどうでしたか?」

「ああ、エルトリンデ様との視察も終わって落ち着いた一日だったよ」

「そのわりには随分と遅いお帰りでしたが何かあったのですか?」

「ああ、生徒の居残り授業をしていてね」


 上着を渡すが、一瞬その手がとまりちょっとすねた顔をしているのが目に入る。



「なるほど、今日もテレサさんと居残り授業だったんですね。本当に熱心な子なのですね」

「ああ、将来が楽しみだよ。このままいけば宮廷魔術師にもなれるかもしれないね」



 冗談半分で言うが彼女の才能はかなりのものだ。平民出身だから基礎ができていなかったが最近の上達は目をはるものがる。



「なるほど……それで、頭を撫でたり、同僚の先生とも親し気に魔法について盛り上がっていたのですか」

「え? どうして知って……」

「私はご主人様の奴隷ですからね。何でも知っていますよ」



 そういえばアンビーが何かメモをしていたと思ったが、また余計なことを言ったのだろうか?

 リンドは小さく微笑んだが、その笑顔は目に届いていなかった。



「やっぱり……ご主人様はいつも女性に対して優しいですからね」



 ため息をついた後に彼女は顔を赤らめながらおねだりをしてくる。



「私も家事を頑張ったので頭を撫でてくさい」

「ああ、いいけど……いつも家事をありがとう、リンド」



 彼女の頭を撫でると幸せそうに微笑む。そういえばエルトリンデの頭を撫でたのはいつくらいだろうか? 

 魔王を倒し彼女が王家になったときから、王女に返り咲いたこともあり距離ができていたのだ。

 だから、今はリンドの時は思いっきり甘えているのかもしれない。



「えへへ、幸せです」

「俺もだよ」



 そんな甘いやり取りをしてから自室にもどった俺は別れるときにアンビーからもらった報告書に目を通す。

 その紙には呪いに精通している人物が書かれているので、エルトリンデの呪いを解くために訊ねようとしているのである。



「え? まじかよ……」



 その中に知っている名前を発見し、俺は思わず驚きの声をあげるのだった。



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